森に紛れて 2
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ひのくに本国はもうそろそろ秋を迎えるであろうこの時期。開戦から数か月が経過した現在、北米大陸ではカナダ-アメリカの地味な攻防戦が続いており、それぞれが敷いた強固な防衛線を前にして互いに攻めきれない状態にあるらしい。大胆に攻めるようなこともせず、消耗戦まがいの砲撃合戦と微妙な規模の銃撃戦が散発的に発生している。
もともとカナダも人口は国土の広さと比較してそんなに多いものでもなく、出せる兵力には限界がある。少なくとも、単体でアメリカ本国への攻撃を行うのは無謀じゃないかって言われている。そしてアメリカも太平洋とヨーロッパ双方に兵力を派遣することになっており、本国での戦闘に残せる兵力もそれほど多くはない。
この二カ国に関しては、特に互いへの敵愾心やライバル意識が強いわけでもなく、カナダ的にはイギリスの敵だからアメリカと戦っているわけで、アメリカ的にもカナダがイギリスに与しているから仕方なくカナダと戦っているって状況。
考えてみれば、こんなに隣接している国同士が別の大陸で戦争してるってのは結構不思議な構図だ。そのうち、特にアメリカなんかは太平洋方面のゴタゴタが片付き次第カナダへの陸路・海路での侵攻もあり得そうだとは思うけれど。
そしてヨーロッパに関しては、ようやくアメリカの応援が到着したことで北連の一対四状態が解消されつつあるらしい。だがこれまでに北連側が失った領土は大きく、デンマーク全域に加えベーネル湖・ベッテル湖まで含んだ南側のエリアをイギリス側に抑えられてしまった。現状戦線は膠着状態にあり、イギリス側も新しく参戦したアメリカの戦力を伺っている様子と聞く。
幸いにして民間人(デンマーク人含む)の被害は少なく抑えられており、北連政府主導の計画的避難と焦土作戦がうまく機能しているのだとか。家や建物を焼き払っておいて戦後はどうなるのかと心配になるが、今はそんなことを気にしている余裕もないのだろう。実際、敵は物資の輸送や防寒対策にかなりの労力を割く羽目になって攻撃も停滞しているわけだし。
なんでもデンマーク攻略の最中に大きな番狂わせが起こって、早急に攻略するつもりがかなりの犠牲と時間を払う結果になっったって聞いているけれど。
……そういった状況を差し引いても、今の戦況は芳しくないように思える。俺は戦争のプロでもないし世界情勢を見る目も持っていないけど、もしここでひのくにの足が止まって太平洋での戦争がズルズル長引く結果となれば、北連は落ちるんじゃないかって、そう心配してしまう。
そして、ここ。俺たちが現に戦っている太平洋戦線――正確には、ルソン島に関して。
費やした犠牲は少なくなかったものの、ひのくに軍による南進は順調に進み、凡そ開戦時の計画通りと言って良いレベルのペースでニュージーランド軍を撃退しつつあった。この間俺たちは主力軍に混じって戦うことが多く、徳長曹長や霧雨曹長を除いて”普通の歩兵”としての戦闘経験が多く積まれることになった。
この間に気づいたが、遠目に敵を銃撃したところで敵に命中したかどうかってのは結構わからないものだ。まっすぐに狙っても必ず狙いの中心に弾が飛んでくれるとは限らないし、そもそも敵の軍服がこの地域の森林によく溶け込んでいて、今撃っているのが本当に敵兵なのかも判別が難しい。
敵はこちらの占領区域に踏み入ったり、頻繁に夜襲をかけてくるといったこともなかったのだけれど。なんだかんだで、係争地のエリアでは得意の森林戦・隠密行動も含めて結構しぶとく防衛してはいるのだ。
これはつまり俺達にとって、『自軍陣地に居れば安全かもしれないが、敵地に向かえば即危険が待っている』という事実を殊更に実感するもので。敵地というのが山や森林という”異界”――自然が色濃く残っており、様々な未知の脅威や危険が待ち受けている場所――であることも手伝って、何とも言えない恐ろしさと不気味さを感じる。自然の脅威に人の脅威が加わり、そこに向かうって思うだけで本能と理性の両方が危険信号を発してしまう。
でも、留まることは許されない。この戦争は恐らくヨーロッパで決着がつく、そういう意味で太平洋の戦いは時間との勝負。できるだけ早いタイミングでニュージーランド‐オーストラリアの脅威を押さえつけるため、今日も最前線へと赴くんだ。
* * *
――オーストラリア シドニー 首相官邸 応接室
「敵の侵攻は止められませんでしたな」
「あぁ、序盤戦は失敗に終わったと言える」
両国の首相たるオーウェンとサイモンは、相変わらず杯を交わしながら戦況について語り合っていた。フィリピン戦線の情報は本国へと随時報告されており、最初に放った斥候部隊が誰一人帰ってこなかったこと、虎の子の迫撃砲部隊が壊滅したこと、その後敵の侵攻を防ぎきれずジワジワと戦線が後退していること。すべて伝わっている。
……そして。
「ビリー中尉も、行方不明だとか」
「……そう、だな。正確には、向こうさんで捕虜となっていると報告もあったが」
「なるほど。それは痛い」
オーストラリアで新たな英雄になる”はずだった”男、ビリー・ランパルド。新兵器の使用による華麗な敵進撃の撃退は失敗に終わり、新たな英雄の伝説は最初の一ページから台無しになってしまった。
それだけではない。ニュージーランドでは友軍の著名な軍人を守れなかったという敗北感が、オーストラリアでは英雄候補の将校を失ってしまったという虚無感が、国内世論でも軍内でも渦巻いてしまっている。出鼻をくじかれてしまったという事実は、両国の戦意を鈍らせてしまった。
「一念発起、むしろ取り返してやれ!という声もあるにはあるんですがね……」
「それも無理だろう。何度か救援を試みたが、結果は全隊員の未帰還。何せニンジャの国であるからな、ひのくにというのは」
「甘く見ていた」
「だな」
そう言って沈黙するサイモン。対してオーウェンは、徐にジョッキへと目いっぱい酒を注ぎ、これまた意を決したように一口に飲み下す。
「もはや、出し惜しみは許されまい」
「……では……?」
「うむ」
敵が勇ましく進み、味方は後退していくこの”流れ”。戦争はあらゆる面で”勢い”が重要であり、勢いのある側はその状態の維持を、ない側は敵のそれを削いでいくことが必要となってくる。故に、オーストラリアとニュージーランドにおいては――特に、国力が比較的大きいオーストラリアに関しては――ひのくにの勢いを殺す何らかのキッカケが必要となってくる。
「誰だって死ぬのは怖い。その恐怖心を、ここぞとばかりに煽ってくれようぞ。……”ディンゴ”を出す」
「なるほど。では、我々も戦い方を一工夫するとしましょう」
こうして、国のトップ間による戦争計画のすり合わせは完了した。もうすぐでアメリカの太平洋部隊もやってくる、敵がこの勢いを保ったままだと、たやすく防衛線が攻略されてしまうことは火を見るよりも明らかだ。
だが、この時二人の心は決して焦ってなどいない。ニュージーランドとオーストラリア、両国が認める最強の精鋭を最も効果的なタイミングで使うという決断に、むしろ安堵すら覚えている。
「目的があるから、計画があるからダメな時もある。”ディンゴ”は、決して攻略できまい……」




