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ひのくに戦記1913 -戦火の世界-  作者: 茂野夏喜
第一章 
63/134

森に紛れて 1

 ニュージーランド軍の被害、5000人以上。オーストラリア軍の被害、100余名。そしてひのくに側が失った人員の数は、敵の倍を数える規模であった。


 だが、追撃戦によるこちら側の戦果は目を見張るものがあり、未整備の敵拠点複数と物資の数々を奪い去ることに成功した。戦闘は翌日明けまで続き、一時的に小康状態へと突入した。



 ……そして。


 その晩、ニュージーランド軍は小さな軍事行動を画策した。




 

*   *   *




 「気付かれぬようにな」

「了解」

複数名のニュージーランド兵が、闇夜に紛れて山道を進み敵陣を目指していく。十余人で構成された彼らは皆”志願兵”であり、夜目の効きと少人数での戦闘に自信を持つ者達。


 「情報が本当であれば、奪還の可能性は高い。皆、ビリー中尉の救出を”最優先”と心せよ」

「了解」

「友を見捨てるな」


 彼らの目的は、囚われた友軍の指揮官――オーストラリアの英雄を父に持つ男、ビリー・ランパルド中尉――の救出。何とか送り込めた斥候の情報と捕虜から聞き出した情報をもとに、既に彼を捕らえている敵拠点の場所は割り出していた。


 更に、当該拠点が敵の制圧エリアに存在することも相まって、比較的軽微は手薄であることも確認済み。それでも潜入する人員の数を抑えているのは、決して敵をナメているからではない。むしろ、絶対に敵から気づかれないために縮小できる人数に絞り込んでいるのだ。


 全員、装備はライフルではない。山に囲まれたエリアを襲撃するということもあって、比較的取り回しのいいカービン銃を装備している。いざ戦闘となったとき、大ぶりな武器は役に立たないものと判断してのことだ。



 「……ここだ」

彼らの指揮官は、目的の拠点に到着したことを皆に伝える。友軍指揮官救出のために集めたメンバー、それも士気の高い志願者達。急ごしらえの救出部隊ではあるが、目的を同じくした面々はよくまとまって行動している。無駄口をたたかず、一人一人が周囲をよく見はり、足元に気を付け、聞き耳を立てている。


 「あの建物でしょうか」

一人が示した先には、比較的大きな木製の小屋。周りには敵の兵舎らしき建物が複数と、その中心には指揮所と思われる幕舎も確認できる。


 ビリー中尉はオーストラリア軍でも特別扱いをされている、将来を約束されたエリート軍人。ならば、たとえ敵であってもそれなりの扱いをする可能性は高い。少なくともこの場所から目視できる中で、あの小屋以上に立派な軟禁施設はなさそうだ。


 「……見張りは」

「確認できません」

「油断しきっているのか、或いは……」

「時折、拠点内を巡回している者がいる。あれで十分と判断しているのでは」

そう、見渡す範囲に配置された敵の見張りは極端に少ない。それも、都合よく小屋の周囲を避けるようなコースで歩き回っている。その頻度も低く、潜入は誰の目にも容易に見える。



 「恐らく、小屋の中に敵が潜んでいる。だからこんなにも手薄なんだろう」

「油断はできないが」

「分かっている」

手短に意見を交わし合い、最終的に指揮官の判断で『敵のパトロールが過ぎた瞬間に突入する』ということで結論が固まった。皆銃の安全装置を見直し、いつでも射撃できる状態にあることを確認。小屋のサイズは、部屋が4つもあれば十分程度の大きさ。何人の護衛役が中に詰めているのかは分からないが、深夜の不意打ちであれば負けることはまずないであろう。


 「……今だ!」

敵のパトロールがこちらと反対側に向かって歩き出し、それに合わせて彼らは森から飛び出していく。一応は敵に見張られている可能性を考慮し、各建物や物陰を丁寧にクリアしながら進んでいく。足音を大きく立てないように気を付けつつ、できるだけ固まって影を通るようにし、拠点内に複数置かれた明かりに照らされないように気を付けて進む。



 ……結局、小屋の陰に隠れるまでに敵に見つかることもなく。彼らの移動は速やかに、そして成功裏に完了した。後は、機を見て小屋からビリー中尉を救出するのみ。


 

 「中から物音はするか?」

「……いや、特に聞こえない」

「よほど頑丈な板でできてるんだろうよ」

「流石に、無人とは考えにくい」

改めて入り口を伺ってみると、普通にドアが設置されているのみ。これが倉庫か何かならサイズが小さすぎるし、そもそも入り口を小さくしている時点で”人の出入り”を前提としていることは間違いない。


 加えてこの頑丈さ。最悪ビリー中尉が居なくても、同じくレベルで価値のある敵指揮官を発見できるかもしれない。その時は……



 「軍服で判断できる。敵なら、誰であろうと殺せ。オーストラリアの軍服なら、何があっても撃つことは許さん」

「了解」

「了解」


 彼らは、実に綺麗に行動した。鮮やか、とは言えないが、綺麗に行動した。建物の陰から間髪入れず素早く飛び出し、入り口に到達し、戦闘の者が扉をけ破る。一連の動作を、十余名の隊員達が示し合わせたようにキッチリ行う。


 ……そして。


 彼らは、



 「……!?」

「ウグッ」

「ヴッ」


 落下した。




 たった一人、落下を免れた隊員は唖然とする。目の前の突発的事態に対応できず、この展開を前にしてなにをすればいいのか分からなくなっていた。


 順調に潜入し、敵の見張りが薄いことを確認し、成功しか見えないレベルの救出作戦とタカをくくっていたのに。


 目の前にあるのは、巨大な落とし穴――建物の入り口周辺とドアから少し入った部分までをカバーする巨大な穴――、そしてその奥底に仕込まれた木製の杭のようなものに貫かれて死んだ戦友たちの姿。一目でわかる、救出作戦の失敗及び部隊の全滅。



 「……君さあ」


 背後からの声に振り返ると、眼鏡をかけたひのくに兵が一人。そして、その背後に複数名の同国軍兵が、こちらに銃口を突き付けている。


 「本当は、みんな死んでると思ったけど。生き残ったんなら助けてあげるよ」


 その余裕綽綽な声に、底知れない不気味さを感じる。


 「どう?武器を捨ててくれないかな?」



 ……その声を聴いた男は、震えながら銃を手放す……いや、取り落す。ニュージーランド軍自慢のよく手入れされたカービン銃は、敵地で一発の弾丸も発射することなく使用者を失った。


 「うん。それでいいよ。君は助けてあげる」



 罠のスペシャリスト、光峰欽二。彼は敵に抵抗する意思なしと判断したのか、無理やり地面に伏せさせたり手を上げさせたりすることもなく、まるで弱った友人に付き添うような態度で捕虜を連行する。残りの兵員たちは、これから罠の”後処理”をするための作業に取り掛かる。


 その中の一人が、誰に言うでもなく呟いた。

 「ほんと、エグイことするぜ」




 この日の救出作戦の失敗は、”救出部隊のメンバーが誰一人帰還しない”という事実、及びひのくに軍が生半可な潜入作戦では動揺しないことと共にニュージーランド陣営に認知されることとなる。思えばひのくにも森林に囲まれた島国であり、気候の変化を除けば森林戦に弱いはずもないと、今更ながら思い知らされたのである。


 この日を境に、ニュージーランド軍によるひのくに陣地への計画的な潜入工作は鳴りを潜めることになる。




 とはいえ、彼らの隠密行動――ニュージーランド軍、オーストラリア軍にとっての得意戦法――自体がなくなったわけではない。むしろ、彼らの戦い方はより”効果的”なものへとシフトしていくことになる。

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