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ひのくに戦記1913 -戦火の世界-  作者: 茂野夏喜
第一章 
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奇襲 2

 「……来るぞ!」

ヴィンストル上等兵の叫びに、ハリス伍長、デラトマ上等兵が即座に反応。彼が示す先に――全豪の曲がり角付近――に、敵の姿が見えた。


 まずは、デラトマ上等兵が一発。敵は倒れ、その後ろに続いてきた者もハリス伍長の銃弾で倒れる。だが敵の勢いは留まらず、更に何人もの敵が突進してくる。敵の銃剣を受け止めたハリス伍長とヴィンストル上等兵、その後ろにいるデラトマ上等兵は誤射を恐れて銃が撃てなくなってしまった。



 「……クソが!」

ヴィンストル上等兵は、敵の銃剣をライフルごと跳ね除け、無防備になった敵の胴体に向かってマチェットを振り下ろす。敵兵は、体に真っすぐな赤いラインを描いて後ろに倒れこんだ。


 「死ねやぁ!」

続けざまに、ハリス伍長と鍔迫り合いになっている敵にも一撃を加え、その首を勢いよく叩き落す。



 しかし、敵はまだまだ数がいるらしく、間髪入れずに次の敵がやってきてはまた二人と格闘戦を開始する。デラトマ上等兵は格闘戦に夢中な敵をサッサと撃ち殺してしまいたいと考えるが、生憎もつれ合って格闘する二人の味方に当たらぬ保証がない。


 ――くそっ!



 そうこうしている間に、敵の人数は一人、また一人と増えていく。それを撃退するたび、前衛を張るヴィンストル上等兵とハリス伍長の傷も増えていく。そして、バッヘレ二等兵はいまだ心ここにあらずといった様子。とても戦力として数えることはできそうにない。


 バッヘレ二等兵以外の面々は既に覚悟を決めており、脱出した中隊長が無事に後方へ避難するだけの時間稼ぎをすること、それだけのために残った力を振り絞ることにした。



 「……うっ……」

ハリス伍長の胴に、敵兵の銃剣が突き刺さる。呼吸が止まるような衝撃に自らの胴を改めると、今まさに刺さっている銃剣のほかに数か所の刺突痕が確認できた。


 そうか。俺は、もう……



 そのままハリス伍長は血を吐いて倒れ込み、朦朧とした意識の中で自分の死を自覚しつつ最期を迎えることとなった。




 「くそっ!」

デラトマ上等兵は、慌ててハリス伍長のポジションへと走り――彼の遺体を踏まないように注意しつつ――たった一人で二人分の攻撃を受け止めるヴィンストル上等兵の横へとたどり着く。そして即座に、一人分の相手を始めた。


 自分の戦力をよく知る彼は、自らが決して敵を圧倒できるような技術の持ち主でないことを理解している。だから、これは自殺行為に等しい行い。


 だが、逃げられないし逃げたくもない。有能な味方を生かすことで大勢が救われると信じる彼は、ビリー中隊長とヴィンストル上等兵の重要性を誰よりも理解している。それだけに、こうしてヴィンストル上等兵が”捨て駒”として戦わされている現状を歯痒く思ってしまう。


 ならばせめて、ビリー中隊長だけは。


 ――そして。


 もはや戦力にもならない一人の若者の命も、できれば無駄にしてほしくはないと、そう思えた。



 「バッヘレ!」

目の前の敵の攻撃を退けるだけで手いっぱい。だから、一々言葉を選んでいる余裕などない。


 「逃げろ!」

振りかざされる銃剣を銃身で受け止める。

「何にもできねえならサッサと行け!」

敵の刃が滑り、二の腕に切り傷が入る。

「黙ってねえで何とか言えよ!」

痛みを堪えつつ、再び突き付けられる敵の銃剣を何とか弾き、

「死ぬだけだぞ!!!」

また、押され気味の鍔迫り合いにもつれ込む。




 言葉を投げられる当人の耳に、その声は届いている。しかし聴覚が刺激を吸収しても、その意味を解することはなかった。


 バッヘレ二等兵は、友人の遺体を前にして現実逃避のような回想を繰り返しており、瞬きすら忘れた意識の中で過去を振り返っている。


 『俺は軍に志願する、お前はどうする?』

故郷で亡き友にかけられた言葉。どんな返事を返したっけ。記憶が曖昧だ。


 『俺はみんなを守りたい、この国を救いたいんだ』

……あぁ、そうだったね、ジョン。お前は凄く熱い男で、その熱意に感化されて俺も志願したんだっけ。


 『オーストラリアは不滅だ、イギリスにも打ち勝った誇り高き独立国なんだ!』

当時は、そんなことも言ってたね。開戦当時はアジア人と戦うことになったって、それなら一層負けることなんてありえないと、そう言ってたね。


 『お前は国に、家族に、仲間に、誇りを持てるか?』

……。どう、だろうね。家族もみんなも大好きだけど、俺に人を殺せる覚悟なんてあったんだろうか。


 『もし俺が死んでも、お前が生き残って戦うんだ』

そうか、ジョン。君は、自分が死ぬ可能性までちゃんと見据えてたんだな。なら、こんな死に方も受け入れるつもりだったのかい?


 ……。



 ジョン。俺は、お前みたいにはなれないよ――。




 ふと、我に返る。相変わらず視界は亡きジョン二等兵の遺体に向けられたままで、気が付けばヨダレが垂れていた。


 騒がしい方に顔を向けなおすと、親しい伍長が倒れ、頼れる二人の仲間が敵と戦っている姿が目に入った。そのうちデラトマ上等兵の方は、軍服に血を滴らせながら一歩も引かないでいるらしい。



 そうか、ハリス伍長は亡くなったのか。此処にはあと三人、敵は沢山いる。じゃあ、俺はここで死ぬんだろうか。それとも、敵に捕まるのか?




 あぁ、捕まれば死なないのかな。命くらいは助けてくれるかもしれない。こんなにやる気のなさそうなのを殺さない程度には、敵にも情けはあるかもしれないな。


 じゃあ、こうして黙ってじっとしていれば……。




 「サッサと逃げろっつってんだろ!馬鹿が!」

デラトマ上等兵の声。我に返ったバッヘレ二等兵の耳に、初めて理解される言葉。

「俺の命を何だと思っている!?サッサと行け!」

傷を負って、押されながら、敵の殺意と正面から向き合いながら。彼は、自分を気遣っている――?



 「早く、行け!!!」


 数瞬躊躇したのち、バッヘレは決断する。


 脅えた顔で、恐怖に染まった顔で、戦う二人を置いて逃げることを考える。ここは危険だ、残れば死にそうだ。だったら、逃げるしかない。どの道、もうここは敵に占領されてしまうのだから――。




 駆けだす足音で、戦う二人は新兵が逃げたことを知る。同時に、自分たちが最後の戦力であることも――はなからバッヘレ二等兵に一人前の戦力としての価値を見出していなかったが――理解。


 「クソがぁ!」

「くたばれ!!」

なおも、最後の抵抗を継続する。そのうちデラトマ上等兵が運よく敵を一人倒すと、間髪入れず別の敵が突進してきた。



 ――え、女?


 ――丸腰?



 理解が追い付かない。敵軍の軍服を身にまとった小柄な若い女が、銃も刃物も鈍器も持たずにやってくる。



 だが、職業軍人としての本能とでも言うべきか、彼はその女を敵と認識し、一方的に持った得物で遠慮なく殺害することに躊躇いを抱かなかった。


 「このっ……!」


 直線的な突進に対し、一直線上に銃剣を突き立てる。槍のように構え、一突きで効率的に処理しようと態勢を整える。



 来た。突いた。



 ”握られた”。



 ――え?


 女は突進するスピードを落とすこともなくごく自然に刃先を握り、振り払い、そのままデラトマ上等兵に肉薄し――その体格からは想像もできない勢いで、デラトマ上等兵を前方に投げ飛ばす。



 投げ飛ばされたデラトマ上等兵は、塹壕の壁に背中を強打。息が止まるような衝撃に一瞬悶えたのち、敵の誰かが放った弾でそのまま射殺されてしまった。




 

 

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