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ひのくに戦記1913 -戦火の世界-  作者: 茂野夏喜
第一章 
59/134

奇襲 1


 *   *   *




 「どうなっている!?」

鳴りやまぬ銃声と怒号の数々が、突如としてあたりを覆う。ビリー中尉は、ただただ事態を把握するので精いっぱいだ。


 「敵襲!敵襲!」

「規模は!?どこから!……いや、どうなっている!?」

「くそ!」

「いつの間に!」


 錯綜する情報、恐慌する部隊。人数が人数とは言え、突然の奇襲にオーストラリア軍は慌てふためく。



 ……くそ!なぜ敵がここに!?それもこんな数!?


 前面の敵は既に押し出し、側面に回った敵も叩き潰している真っ最中のハズ。仮にここへ奇襲をかけるとして、やってこれる人数なんてたかが知れているはずなのに……!



 「中隊長!敵の数は数十人規模、中央及び右方から侵入してきているようです!」

報告はあるが、それをもとにどう判断すればいい?ここにいる連中は迫撃砲で戦う専用の部隊、自衛用の火力も最低限。


 ――迷っている時間はない。どうする、どうする。今は何を優先すべきなんだ?



 「中隊長!」

既に事態を把握し、しかるべき戦闘に備えたヴィンストル上等兵。片手にやや大ぶりのマチェットを携え、上官へと進言する。

「退くべきだ!……これじゃあ、すぐにやられちまう!」

「だが……」

「ヴィンストルの言うとおりだ!」

ここで、更にデラトマ上等兵が進言を重ねる。


 「ビリー中尉、今ここで為すべきことは、被害を最小限に抑えることです!俺らは態勢が整っていない、応戦よりも死なないことが重要と考えます!」


 敬愛する中隊長に対し、彼は真剣な目つきで、


 「何より、貴方が失われるようなことがあっては。貴方はご自身の重要性をご承知なのですか!」


 そう言った。



 それはつまり。『最悪、中隊長一人になってでも逃げ延びてくれ』というメッセージに他ならない。今ここで、こんな形で、未来の英雄を失うわけにはいかないのだ。




 「……」

不甲斐ない。情けない。こんなことで、こんなところで。この戦いは、あくまで未知の兵器で敵を圧倒し、追い返す形で決着させるはずだった。ある程度のところまで敵を押し込め、敵の攻め手を鈍化させ、少しでも時間を稼ぐための者だったはずなんだ。



 「……私は……お前たちを、置いて……」

「中隊長」

更に、ハリス伍長も。

「念のため、中隊長には避難をしていただくだけです。我々にも銃がある、銃剣がある、シャベルがある。目にもの見せてやる覚悟はできております」

そう、後押しする。


 この非常事態に、部下たちは為すべきことを理解している。正常に、極めて常識的に、失ってはならない人物を守ろうとしている。



 ――俺は。




 「……ハリス伍長!ここにいる全員で……ここを守備せよ!」

「了解!」


 そう言って、数人の護衛を伴ったビリーは場を去っていく。側近の兵たちは、ビリーが走る邪魔にならない程度の距離を保ちつつ、彼に1発の弾丸も掠らぬように”盾”のように動く。指揮官を潰して部隊を壊滅させるのは、戦いの基本である。


 ……逆に言えば、彼さえ生きていれば立て直しは効く。彼の命はそれほどまでに重要なのだ。



 

 「……つうわけだ。俺たちは、ここで戦う」

ハリス伍長は、中隊長が去るのを見届けて部下に語り掛ける。

「死んでも、ここを守る。いいな?」

彼の部下たちは、一様に『了解!』と威勢のいい返事を返した。



 「……俺達、勝てるよな」

班員一の臆病者、バッヘレ二等兵は震える声で友人に問いかける。

「当然、数は俺たちの方が上だ」

ジョン二等兵は、できるだけ自信に満ちた声でそう返す。



 二人の年若い部下たちのやり取りを見て、ハリス伍長は心を痛める。まだ20年と少ししか生きていない彼らに、ここで戦えと命じた意味。


 敵は、雑ながら効果的な奇襲を仕掛けてきた。数では勝っているこちらも、即応体制が取れずに人数を減らし、塹壕は徐々に制圧されつつある。ここが最後の防波堤となる、この先にはほんの数人が控えているだけだ。



 ……つまり。


 敵がこのエリアまでやってきたとき、ここにいる部下たちに”ここで死ね”と命じているようなもの。覚悟ができている者も、できていない者も。”戦える”者も、そうでない者も関係ない。誰だって、純粋に上官よりも”優先順位”は低いのだ――。



 ヴィンストル上等兵はマチェットを構え、デラトマ上等兵はライフルを塹壕の敵側に向け――二人の年若い兵たちもそれに倣い――、ハリス伍長も拳銃を抜く。


 ……戦いの音は、すぐそこまで迫っている。敵は遠くない、この塹壕が順当に攻略されつつある。もしかすると、壕の上から敵がやってくることだってあり得る。もう、いつ敵と遭遇してもおかしくない。



 「……くそ!」

敵の位置、敵が来るタイミング、敵の様子、敵の強さ。あらゆる情報が曖昧だ。祖国防衛に情熱を燃やす年若き志願兵は、敵の様子を伺おうと塹壕から頭を出した。


 「ジョン!」

何人かが同時に、彼の拙速をたしなめようとする。だが、遅かった。



 ジョン・ブレディ二等兵。情熱と覚悟をもって戦いに自ら身を投じた新兵。彼は、その勇敢さによって自らの頭を吹き飛ばされる結果となった。





*   *   *





 「……一人、片づけた。油断しすぎだな」

「お見事です」

「……うむ」


 刻峰たちがいた場所とは反対側の森に身を隠していた勇田上等兵、白楼上等兵、嶺善班長。彼らは、味方達が敵塹壕に突っ込む様子を伺いつつ、そこから逃げる敵兵や頭を覗かせる敵兵を始末している。


 主に、勇田が狙撃で対応し。取り逃がした敵は白楼が片づけに行く段取りであったが、勇田上等兵の的確な射撃の前に取り逃しなどあり得ない。



 「……おっと?」

スコープで逃げる敵を追っていた勇田上等兵は、気になる人物を発見した。

「どうした、勇田」

「服装も、階級章も、他の連中とは違うのが一人」

そう言われて勇田の示す方向に目を凝らすと……

「あぁ、あの男か」

数人の護衛を伴い、必死にこちらへと逃げてくる敵将校の姿を確認できた。


 「捕ります?」

「……そうだな。貴重な情報源だ」


 敵の新兵器、気になるところではある。それについて知るには、少しでも階級の高い――つまり持っている情報量の多い――敵を捕虜とすることが最善策。実物も研究のし甲斐がありそうだが、捕虜自体も人質として機能するかもしれない。


 「勇田、護衛を始末しろ。白楼、生かした状態で……当然、五体無事で捕えてこい」

「了解っす」

「了解」

勇田は再び狙撃を再開し、白楼はスタスタと敵の方へと進んでいく。


 「……」

嶺善班長は、目の前の塹壕戦に目を遣る。距離はあるが、中で格闘戦が行われていることは十分に伝わってくる。あの中で戦っているであろう班の各員が、無事に帰還することを”確信”しつつ。しかし、刻峰二等兵の安否には多少の懸念を抱きながら、彼はただ眺めていた。




*   *   *




 「……」

親しい仲間の死の瞬間を目の当たりにしたバッヘレ二等兵は、恐怖と絶望で硬直していた。頭をのぞかせ、吹き飛ばされ、灰色とピンク色の柔らかい何かを撒き散らしながら倒れこむ友人の遺体をただただ見つめ……身を震わせている。


 「くそっ!」

貴重な戦力をむざむざ失った事実に、ハリス伍長は苛立ちと焦りを覚えている。たった数人の戦闘員、一人とて無駄にはできないというのに――。



 「ジョン……ジョン……」

バッヘレ二等兵は、うわ言のように亡き友人の名を繰り返し口にするばかりであった。



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