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ひのくに戦記1913 -戦火の世界-  作者: 茂野夏喜
第一章 
58/134

降り注ぐ_4

 正直、彼は自分の指揮官を過信していない。ビリー中尉は確かに努力家で才覚も十分だが、どうにも父親の――あの高名な軍人の――影に足を引っ張られているように思える。世間や仲間たちからの大きな期待が、その過剰にも思えるプレッシャーが、彼自身のアイデンティティや判断の自信を奪っているように思えてならない。


 それでも。


 今回ばかりは、ヴィンストル上等兵というこの部隊一番の天才に判断を委ねることが最優先であろう。この初防衛戦での勝敗は、今後の戦いに向けた士気の高さを左右する。絶対に負けるわけにはいかないのだ――。


 それに、今回の勝利はビリー中尉に自信を与える結果になるかもしれない。聡明な彼が、『自分以外に判断させた』ではなく、『最適な判断ができる人材の意見を取り入れることができた』と判断できれば、ここに未来の英雄が誕生する……かも、知れない。




 「よし」

黙々と思考を続けていたヴィンストル上等兵の脳内で、ようやく砲撃のプランが完成したらしい。それとほぼ同じタイミングで、全部隊の砲撃準備が完了したという報告も入る。


 「ビリー中尉、進言いたします。こういうのは、いかがでしょう?」

そう言って手渡されたメモと地図には、現在敵がいるポイントと、各位置にいる敵が更に移動しそうなポイント――さらにはその大まかなタイミングまで――、それに沿った各分隊への指令内容までがシンプルに記載されている。



 「あぁ、ご苦労。……これを、各分隊に伝えてくれ」

伝令役の数人は威勢よく『了解!』と応え、それぞれの担当区域へと駆けて行った。



 「……そろそろ、か」

懐中時計を眺め、攻撃開始の号令を待つ。自分の判断ではなく、もっと優秀な部下の判断。それにこの場の全てを委任することは、決して悪い選択ではないだろう。


 本心からそう思うと同時に、『これで勝てても、俺の手柄ではないな』と自嘲する。


 時計の針が動く。ヴィンストル上等兵の指定した時刻まであと3秒、2秒……。


 「砲撃、開始!」


 その号令の直後、横一列の塹壕内から一斉に迫撃砲が発射される。その独特の発射音と敵地の方向から聞こえる爆発音は断続的に鳴り響き、敵味方の双方へその脅威を伝えることとなった。




 一人のニュージーランド兵。彼は、塹壕の外から来る脅威に備えつつも友軍の砲撃に見とれていた。単純な仕組みで効果的な攻撃を繰り返す新兵器を見事に扱うオーストラリアの兵士たちは、共に戦うニュージーランドの兵たちの目に、頼りがいのある存在に映った。


 今日は、ここが落とされることもないだろう、と一安心。敵の中にはこちらの陣地に忍び寄る連中もいたと聞くが、この強力な兵器で叩きのめしたうえで、更に味方の歩兵達が残党の排除に向かっているという。正直、ここが襲われることはないと思う。


 だが、友軍が精一杯役割を果たしてくれている側で任務をサボるわけにもいかない。彼らの誠意に応えるには、自分も任された役割をキッチリ全うせねばならないだろう。


 そう思い直し、塹壕から肩より上を乗り出した状態で周囲を広く観察する。もしかすると、付近に紛れ込んだ野生動物でも見つかるかもしれない。



 ……?


 今、そこの草木が揺れたような。


 野ネズミか、或いは蛇か何かだろうか。目を凝らし、その草木の隙間に潜む何かの正体を突き止めようと、好奇心を燃やしてじっくり観察を始める。




 ……数秒後。


 彼は、目の前から発せられる数々雄叫びにも負けないくらい声を振り絞って、



 『敵襲!!!』



 と、そう叫んだ。




*   *   *




 敵の砲撃が始まってしばらくで、突撃の号令が掛かった。それに合わせて威勢よく飛び出し、周囲の仲間と同じように怒声を上げて敵陣へと突っ走る。


 駆ける。


 駆ける。


 大声で叫びながら、駆ける!


 こういうのって、何の意味があるのかと疑問に思っていたが。沢山の声が重なって聞こえれば戦力を大きく見せることができるだろうし、敵に恐怖を植え付ける効果も期待してのことなんだろうと、冷静に考える。



 ……ただ、それだけじゃなくて。なんというか、不思議と恐怖感が薄れていくのが実感できるんだ。



 複数個所からの同時攻撃に、敵の見張りが驚きの表情を浮かべているのが分かる。他の場所は分からないが、俺のいた場所は敵の塹壕にほど近い。敵弾を受ける前に一気に接近し――先陣を切った滝隅上等兵が見張り役のそいつを真っ先に銃剣で突き刺して始末し――、そのままの勢いで塹壕内へとなだれ込む!


 迫撃砲の扱いに夢中だった敵連中は、目に見えて慌てふためいている。即座に武器を取れる者は少なかったようで、狭い塹壕内で次々と銃弾と銃剣の餌食になっているようだ。



 目の前で敵と戦っていた仲間が倒れ、俺の目の前には大きなシャベルを持った敵。そいつは俺の姿を認めると、得物を構えて突進してくる。腰だめ状態で構えていた銃をそのまま撃ち、これを倒す。


 ――この至近距離で銃殺するのは初めての経験だが、この戦場の空気に呑まれた俺は今更何の感想も抱かない。いかに斃し、いかに勝つかだけに意識を集中させる。


 素早い動きで次弾を装填し、さらに奥の敵へ一発。更にもう一発、もう一発。首尾よく4人を銃撃できたが、最後の四人目は死なずに俺の体へと突進してきた……!



 俺に突進してきたそいつは、腹のあたりから血を流しつつも目いっぱいの力で俺を切りつけ……それを間一髪のところで受け止める。


 敵の銃剣と俺の銃剣がつばぜり合いし、純粋な腕力の追いつけ合いが開始。


 「……クソッ!」


 目の前で対峙している敵兵は、それほど大柄ではない。だが十分に鍛えられた体感と筋肉で、とても力勝負では勝てそうにない。


 敵兵の鬼の形相、弾丸を撃ちこまれてそれでも精一杯の抵抗を見せるその姿に、一瞬呑まれそうになる。恐怖で負けを確信してしまいそうになる。


 ……大丈夫だ、敵は手負い。冷静に戦えばまず負けない。だが俺たちがやっているのは奇襲、敵が反撃の態勢を整える前に片をつけなきゃ意味がない。どうすればサッサと斃せる?考えろ、考えろ、考えろ。


 敵は頭に血が上っているらしく、ひたすらに俺へと向かって力を向けている。――思い付きに近い形で、力を加える方法を正面から即座に右下方向。それに反応しきれなかった敵は態勢を崩し、つばぜり合いの状態が解消された。


 ――うまくいった!


 多少不自然な態勢ではあるが、今こそ好機。俺は銃剣の先端を敵の方向に向け、そのまま突き刺した。『ウグッ』という嗚咽と共に、敵の動きが止まる。銃剣が突き刺さったままの敵を右足で蹴り倒すと同時に銃剣を引き抜き、敵が倒れ切るのを確認。


 敵は倒れたまま動かない。生死を確認している暇はないが、もう脅威とはなりえないだろうと判断。



 足元に転がるいくつもの死体に足を取られないよう気を付けつつ、先へ先へと進んでいく――。



 

 途中、倒れている味方を発見。生きてはいるが、呼吸の音がおかしい。よく見ると、首と腹それぞれに大きな傷を負っているようだ。


 彼は、立ち止まった俺の方を見る。声も出せない状態のようだが、苦痛に満ち、必死に痛みと死の恐怖へと抗う壮絶な表情の中に、『俺に構うな、サッサと行け!!!』という叫びを見た。


 ――。



 俺は、進むことを選んだ。今この時、敵地のど真ん中で、敵との白兵戦の真っ最中。余計な時間はとれないし、”今戦える者”の数は一人でも多く確保すべき。


 ……それに。俺には、この人の負傷を治せるような技術も知識も道具もない。


 人を救うことに関して、目の前で倒れる仲間を助けてやることに関して。俺は無力なんだ――。    

 

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