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ひのくに戦記1913 -戦火の世界-  作者: 茂野夏喜
第一章 
57/134

降り注ぐ_3

 *   *   *




 敵が射撃をやめ、迫撃砲を担ぎ始めるさまを、俺と滝隅上等兵は葉陰越しにずっと見つめている。彼らの指揮官はこちらの方角をしきりに気にしている素振りを見せていたが、さすがに俺たちの姿を見つけることはできなかったらしい。


 「撤退しているんでしょうか。アレ」

「そんなわけないだろう、馬鹿か?」

滝隅上等兵は、敵の様子を丁寧に観察しており、そして行動パターンを分析しているようにも見える。


 「恐らく、ここにも敵が来る。しばらく銃声が止んでいるとはいえ、あんな制度の低い攻撃で全滅なんて期待できないからな」


 「……だな」

!?


 やや後方から発せられた突然の応答に、心臓が飛び出るかと思った。


 「全く、面倒なものを拵えたもんだ」

「神吉、曹長……いつの間に?」

「ん?先ほどからここにおるが」

「気付いてなかったのか……?」

知らぬ間に敵陣観察に混じっていたご老人と滝隅上等兵の反応、これじゃ俺が勘の悪い男になってしまうわけだが……。


「えぇと、全く」

ごく自然体で話す二人を見ていると、事実その通りなのだろうと思ってしまう。



 「……そんで、他の連中は?」

「当然……」

そう言って後ろを振り向く神吉曹長の合図に合わせて、信濃原一等兵、徳長軍曹、黒桐伍長が姿を現す。


 ……よかった。他の人たちもそうだけど、信濃原一等兵も無事であったことに安心した。


 「現状、敵がいる気配はない。嶺善班長に付いていった三人も、霧雨曹長もこの辺りには居ないと思うが」

「ほんと、あんたの勘は凄いよね……。あぁ、一応俺もコレ構えて警戒してたから」

そう言ってライフルを見せびらかす黒桐伍長。今になって気づいたが、彼のライフルは照準器が改造されていたりストックの形状も微妙に違っていたり、結構個性的だ。きっと、道具のカスタマイズが好きなタイプの人なんだろう。


 「おうおう、頼もしい」

「それで爺さん、この後は」

「勿論、追いかけるぞ。ここに居ても仕方ないでな」

一応、各3人の中では滝隅上等兵と神吉曹長が階級も上だし、リーダー役になるのは当然の流れ。二人の合意をもって、この6人での潜入続行が決定した。



 ……改めて森の中を進む道中、信濃原一等兵に何をしていたのか聞いてみた。予想通り『怪我していた人たちの手当てを』との回答だったが、その表情には若干の陰りが伺えた。




*   *   *




 ――この時、ひのくに主力軍は確かに敵の猛攻に攻めあぐねていた。的確に配置された遮蔽物、天然の要害、そして空から降り注ぐ未知の脅威。少なくとも、こんなにハイペースで撃ちこまれる砲撃は誰も予想だにしていなかった。


 それも、正面への攻撃を担当していた中にはヴィンストル上等兵の分隊も含まれている。木々が全く遮蔽物としての役目を果たさず、逃げる先逃げる先で執拗に襲い掛かる砲弾の雨で数多くの人員が命を落とした。


 だが、彼らは諦めない。粘る選択肢を取らず、極力被害を抑えられそうなポイントまで後退し、それでも戦闘を継続する。彼ら自身の練度も決して低くはない、純粋に数の力でいえばこちらが優勢。


 あとは、別行動を取る”味方”の動きを信じるのみ――。




 無事に敵の新しい陣地へと接近した俺たちは、敵が改めて迫撃砲の設置に取り掛かる様子を静観している。


 「……暫し待たれよ」

「うむ」

神吉曹長の許可を得て、徳長軍曹は森の中へと姿を消す。


 「あちらさんも、それなりに時間がかかりそうじゃ」

前線付近の塹壕へとたどり着いた敵の部隊は、長い塹壕に沿って迫撃砲の設置と弾薬の配置を進めている。先ほどの陣地は比較的広めの窪地だったが、今回は戦闘用に拵えてある普通の塹壕。横一直線に展開せざるを得ないのだが、時間はかかるし指揮の伝達も面倒そうだ。



 ……?


 後方から、銃を撃ち合う音が聞こえてくる。先ほど展開していた味方の残りと、掃討しに来た敵とがぶつかり合っているのだろう。


 「……」

信濃原一等兵は、一発一発の銃声にどんどん表情を険しくしていく。先ほど俺たちの方向へ飛んできた砲弾の数々、ここにいる面々は運よく無事だったが……。


 「残った人たちも、いるのかな」

「……はい」

普段は明るい信濃原一等兵だが、状況が状況。負傷者の手当てをしてきたとのことだったが、こんな環境で必ずしも満足な手当てができるとも思えないし、怪我人の全てが回復可能ってわけでもない。彼女が腰に下げているポーチが少しへこんでいるのを見て、相応の医薬品とか包帯とかを消費してきたことは間違いない。


 ……一番危惧すべきなのは。重傷を負ったり足をやられたり、自力じゃ動けなくなった人たちのこと。特に軍隊において、救助や治療に”優先順位”があるのは間違いないし、全員が全員仲間の肩を借りるってわけにもいかないんだ。



 「……来たか」

神吉曹長と滝隅上等兵は、同時に後方に顔を向ける。それに倣って後方を見ると……。数秒のタイムラグがあって、カサカサと草木をかき分ける音が聞こえてきた。


 「連れてきた」

徳長曹長の声。やがて彼が姿を現し、更にその後ろからも味方の兵が続々と姿を現す。結構な数、何十人いるんだろう。


 「48名、十分かと思う」

「うむ」

「……それじゃ、頃合いか」

そう言って、滝隅上等兵はライフルに銃剣を装着し始める。


 「……あそこに、攻め入る」

敵の様子を伺いつつ、ゆっくりと腰を浮かせる滝隅上等兵。それに倣って、全員が移動できる態勢を整えた。


 敵陣には、見張り役がチラホラ見受けられた。塹壕に一定間隔で見張りが置かれ、迫撃砲部隊が攻撃に専念できるような状態をキープしている。迫撃砲を操作しているのがオーストラリアの連中、そして見張っているのがニュージーランドの連中か。


 異国の人間に背中を預ける、か。本当に絆が深いんだなって、そう思った。



 進みながら。まるで伝言ゲームのように、ごく小さいヒソヒソ声で目標エリアと突入の合図の連絡がなされる。敵に気づかれないように近づけるのは、数か所。敵からは見えづらい角度にある小さな窪み、都合よく刈り損ねてある近くの茂み、等々。各々目標のエリアに到着し、待機。


 少しでも油断させるため、敵の砲撃開始から少し経ってのタイミングで突入を開始するらしい。


 手に汗握り、生唾を飲み、脈拍の高鳴りを覚えつつ、。嶺善班の面々及び数人の仲間たちと共に、ただその時を待っていた。




*   *   *




 「あと、どれくらいだ」

「確認します!」

ビリー中尉は伝令へ次々に連絡を回しつつ、既に発射準備を終えて地図を眺めるヴィンストル上等兵の様子を伺う。この細長い塹壕の中、的確に指示を出すのは困難であろうというのは分かりきっていること。各分隊への指示は、できるだけ簡潔で分かりやすいものにしなければ、と考える。


 「……」

地図に没頭するヴィンストル上等兵の邪魔はしない、結論が出るまでは口を出さないようにする。それはここでの最高指揮官ビリー中尉だけでなく、彼の側で戦う面々も同じだ。



 「……これ、さ。どれくらいの被害を出してるんだろう」

バッヘレ二等兵は、迫撃砲をしみじみと眺めつつ率直な感想を漏らす。

「戦果、だな。計り知れないが……ヴィンストル上等兵の読みじゃ、明後日の方向に撃つことないだろう」

「お前が思っている以上に殺せているのは間違いない」

ジョン二等兵とハリス伍長は、シンプルに極めて現実的な回答を口にする。


 「……」

そして、寡黙に何かを考えているもう一人の男、デラトマ上等兵。皆の様子を静かに観察し、ひとまず『バッヘレは目の前の敵を殺せまい』との感想を抱く。そして、この塹壕で”もしものこと”があった際、自分は何をするべきなのかと想像を膨らませる。


 正直、自分がここでやれることはあまり多くない。正確には、ヴィンストル上等兵以外はただ彼の指示通りに動けばいいだけ。頭を使う必要は全くない。



 だからこそ、自分にできるのはこういう懸念の類なんだろうと、そう思っている。


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