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ひのくに戦記1913 -戦火の世界-  作者: 茂野夏喜
第一章 
56/134

降り注ぐ_2

 *   *   *




 「思い通りだな」

ヴィンストル上等兵は、自らの手で迫撃砲を操作しつつ地図を眺め、時折何かを書き込んだり、その内容をグチャグチャに塗りつぶしたりしている。


 「……そろそろ、こっちかな」

そう言って、砲身の向きを微調整。間髪入れずに射撃を再開し、また同じように発射と地図とのにらめっこを始める。


 彼が参照しているのは、まず手元の地図。敵と味方の配置が懸かれており、地形も大まかに記されている。それに加えて彼自身の私見も所々に書き込まれ、独自の記号と略称で敵の隠れそうな場所や逃げ込みそうなエリアが一目で分かるようになっている。


 「……次、向こうの人たちはここに撃ちこんでください。そんで、あっちの人たちはこの部分に。そして、100発ほどぶち込んだら今度はこっちに……」

「あぁ、わかった。そう伝えよう」


 彼が側にいる――いやむしろ、彼のそばに控えている、とすら言える。迫撃砲部隊の長たるビリー・ランパルド中尉は、彼に従っている伝令役の部下にヴィンストルの話す内容を復唱している。



 「……」

ヴィンストル上等兵は、まごうことなき天才である。オーストラリアにとっての秘密兵器である迫撃砲、それを専門に扱う新設部隊に配属されただけでも相応の能力があるとみなされているが、彼の才能はそんなものではない。


 彼はこの部隊に配属されてこの方、誰よりもこの兵器と真剣に向き合ってきた。暇さえあれば整備し、弄繰り回し、その特徴と使い方を誰より細かく研究してきたのである。


 訓練の合間を縫っては物理や数学に関する書物を読み漁り、射撃時の角度、滞空時間で受け得る外的要因、そして落下時にどの程度の精度を期待できるのか、などを独自に学んだ。そして非番の時でも、何度も何度も射撃練習の許可を取り、実際に発射の経験を繰り返してはこの兵器の扱いに慣れていった。


 更にはここフィリピンでの戦闘が予測された段階で派遣先の地形図や気象条件などを徹底的に調べ上げ、風向きから気温・湿度に至るまで細かい気象条件もすべて頭の垢に叩き込んである。



 その全ての条件を勘案してくだされた彼の決定は、今現在ものの見事に敵を翻弄している真っ最中だ。




 「お前は……凄いな」

ビリー中尉は、素直に感心して誉め言葉を漏らす。

「いやいや、考えるのが好きなだけなんで」

それが凄いって言ってるんだぞ、とは敢えて口に出さない。彼の作業を見守りつつ、そして味方からの報告に耳を傾けつつ、必要な指示を出しながらも彼の思考は別のところにあった。


 現在の戦況?敵兵を効率的に倒す方法?いかにして効果的に友軍を支援するか?そういったものも嶺芸ではないが、もっと別のこと――彼本人が今ここにいる意味、自分がここまで出世してきた事実について、その経緯を振り返っている。



 彼、ビリー・ランパルド中尉は、軍に入隊する前とある民間企業に勤めていた。そこはオーストラリア人ならだれでも知っているくらいの有名な大手商社で、そこに勤めていること自体が大きなステータスになるほどのもの。


 ある程度順調な出世を成し遂げた彼だが、ある日退職を決意する。時折重要な職務や役割を与えられることはあったものの、それが必ずしも自分でなければできない仕事だとは到底思えなかったからだ。



 海外の大手企業との取引を上手にまとめる、とか。部下を適切に管理して何かしらのプロジェクトを成功させてみる、とか。或いは数字に追われながらも皆で協力し合って目標以上の売上金額を達成するとか、それだけではどうしても満足できないのだ。


 脳裏に過るのは、偉大な父親の背中。彼はオーストラリア陸軍で名の知れた名将であり、ニュージーランドとの紛争が発生した際にはいつも大勢の部下を引き連れて戦場へと赴き、そして必ず期待以上の戦果を残して悠々と凱旋してきたものだ。



 しかも、いざニュージーランドとの和解や急接近が実現したのも彼の父親の功績によるところが多い。彼は強く、ニュージーランドの国民や軍隊に恐れられた存在でありながら、最終的には両国の団結と友情を象徴するような人物として名を残している。



 彼は、心の底から父を尊敬している。そして、周囲から向けられる羨望のと期待の眼差しに応えようと、それなりに努力してきたつもりだった。



 ………。


 ……。


 …。



 「中隊長!」


 !?


 「あぁ……どうした」

 伝令役からふいに声を掛けられ、目の前の戦いから意識が遠のいていたことを自覚。心中猛省しつつ、用件を聞く。


 「友軍からの報告によりますと、敵主力が十分に後退しつつあるとのこと。追撃を行うため、前線を上げるよう要請がきております」

「そうか……」

そう答えて、チラッとヴィンストル上等兵の方に目を向ける。それに気づいたヴィンストルは、『いいと思います』と小さく頷いて見せる。



 「分かった。友軍の前進に合わせて進むと、そう伝えろ」

「了解!」

伝令役が友軍の陣地へと走ったのを見届けて、ビリー中尉は部下たちに号令をかける。

「撃ち方、止め!総員、前進に備えろ!」




 「やけにあっさりしてるね……」

バッヘレ二等兵のつぶやきに対する、ジョン二等兵の返答は至ってシンプル。

「そりゃそうだ、あいつらは俺たちの戦力を知らない。想定外の被害に度肝抜かれたのさ」


 「……あまり油断するのは感心しないがな」

今しがた弾薬箱を運んできたばかりのデラトマ上等兵は、その作業がいかに疲弊するものであるかを伝えるような声色で警告。


 「あぁ。だが、俺たちの仕事は上官を信じることだ。行くぞ……ヴィンストル、お前も急げ」

「了解っ」

彼ら直属の班長ハリス伍長の号令で、一同サッサと移動の用意を始める。ここは防御・攻撃ともに最高の立地であるが、彼らの主力兵器である迫撃砲は敵との距離に応じて精度が低下してしまう。


 特に、ヴィンストル上等兵の拘りとして「少しでも精度が保てる条件で戦う」というものがあり――折角敵の位置を予測できても狙い通りに攻撃唾棄なければ無意味だ――、実質的に彼の指揮で戦うこの部隊においては敵との距離を500m以内に抑えるという不文律が存在する。


 ゆえに、敵の後退に際してこちらが前進するのは当然の動き。無論、こちらの主力であるニュージーランド軍が”盾”として前面に控えているという前提の話であるが……。



 「……ただし、側面にまだ敵が残っている可能性がある。友軍の部隊を捜索に当てるそうだが、我々も不意の接敵には十分気を付けて動く。いいな?」

了解!、の大合唱と共に、各員移動の準備を進める。



 ビリー中尉はこの部隊の動き方に関して、数いる部下の一人であるヴィンストル上等兵の判断に全てを委ねている。無理もない、この男は自分よりも迫撃砲の扱いに長けており、察しもいい。自分などよりも的確かつ正確に、敵への攻撃を行えるのだろう。


 ……だが。


 心中渦巻くものの中に、一つの小さな不安の火種が燻っている。側面に展開した敵の小規模部隊は、いったいどこへ消えたのか。こちらの迫撃砲は正面のみならず側面に対しても撃ちこまれ、特に森林の中で戦闘が終わってからこっち、長いこと敵が居座っていそうな地点へ重点的な攻撃を仕掛けた。


 ……が、彼らの脅威が消えたという確証もない。たとえ少人数でも敵に多大な被害を与えられることは、ゲリラ戦を得意とするニュージーランド軍、オーストラリア軍共に熟知している。もし万が一、生き残った敵連中が撤退でなく攻撃を選んだとしたら?


 それも、攻撃の対象が我々だとしたら?



 余計な心配をしても仕方がないが。


 嫌な予感は、よく当たるものだ。



 移動の準備を終えつつある部下たちに発破をかけながら、彼は自身が想定する最悪の展開が来ないことをひたすら何かに祈っていた。

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