心機一転 4
島の中心部よりやや北側に位置するこの場所は、そのほぼ全域が鬱蒼とした木々に包まれている。今両軍はニュージーランド軍が作った短めの無人地帯を挟んで衝突しており、防衛するニュージーランド側が事前に設えた塹壕を使用しているのに対し、ひのくに側は天然の要害と木々に頼った状態で布陣している。
……戦力でいえば、正直数で押せるひのくに側が優勢。しかし戦場への輸送能力にも限界があり、なおかつこの地域で過大な戦力を投入しても犠牲に見合った戦果は得られそうもない。現状、この戦いの趨勢は兵の練度と”奇策”の成否にかかっていると言える。
「慎重に進め、半端な位置にいて敵に見つかれば死ぬ意外に道はない」
「はいっ!」
「了解です」
滝隅上等兵の発言は一々怖い言い回しだが、確かにそのとおりだと思える。今、俺たちは主戦場から少し離れた位置――無人地帯の途切れた場所、彼我の行き来に遮蔽物を利用できる箇所――を、時に木々に、時に雑草に塗れながら慎重に進んでいる。
「……止まれ」
その合図で、信濃原一等兵と俺は歩みを止める。滝隅上等兵は体を静止させたままで首と目だけを動かし、周囲の様子を観察する。
「いるぞ」
そう言って、静止した状態からゆっくり、ゆっくりと腰を落とし、膝をついた状態になるまで姿勢を低くする。意図を察したであろう信濃原上等兵と、とりあえず真似する以外に選択肢のない俺も同様にする。
「迂回する。向こうは気づいていないはずだ」
そのままゆっくりと滝隅上等兵、信濃原一等兵、俺の順番で移動を開始。俺には敵の姿も見えないし気配も感じられないが、確かに「ここを無防備にしているはずもないだろう」という予感だけは持っている。
相変わらずの銃声を遠くに、時に少々近い距離で聞きつつゆっくり進む。細かい枝葉が服に引っ掛かり肌を傷つけ、命懸けの状況とは言えストレスに感じてしまう。しかし先行する二人はより辛いはずだ、甘えてる場合じゃないと自分を鼓舞しつつただただついていく。
二人が進んだ足跡をなぞるように、時折後ろや横を警戒しながら進む。
「……いたな」
先行する二人と同じ方向を見てみると、ここから20mほど先に敵3人が同じ方を向いて銃を構えているのを確認できた。
なるほど、敵が侵入することは想定済みか。彼らは一様にひのくに軍が布陣している方向を向いており、どうやらこちら側が素直に直進してくるものと考えている様子。
「俺がやる、待っていろ」
そう言って、滝隅上等兵は一人草木をかき分けて進んでいく。白楼上等兵を見たときもそうだったが、いろんなものが生えたり落ちたりしているのに、服がこすれる音や何かを踏み折るような音をさせずに進んでいく。何かコツでもあるんだろうか、と少し不思議に思う。
それから一分も経たず、滝隅上等兵は敵のすぐ近くまで接近。この距離からだとあまりよく見えないが、敵兵の口が小さく動いているように見える。俺たちの存在に気づかず、雑談でもしているのだろうか。そこに滝隅上等兵が忍び寄り、手の届く距離まで接近――。
そして、まず一人を片付ける。一番後ろにいる者の背後から近づき、片手で敵兵の口を塞ぎつつもう一方の手に持ったナイフ――銃剣とは違う、やや刃の短いもの――を背中のやや左下に一突き。二つの動作を一瞬のうちに終わらせ、突き刺し終わった瞬間に直ぐ刃を引き抜く。たった1秒足らずの動作で、敵兵の絶命を確信したらしい。
続いて二人目に近づき、今度はナイフの柄で思い切り敵の後頭部をぶん殴る。ヘルメットをかぶっていはいなかったが、ここにもギリギリ聞こえるくらいの鈍い音を立てて敵が倒れる。それに気づいた最後の一人が振り向いた瞬間、声を出させる間もなく腹部に拳を叩き込み――めり込ませ――、間髪入れず顔面上部を掴んで地面に叩きつける。そして、倒れた敵の首を踏みつけて止めを刺す。
……一連の行動はすべて綺麗につながっており、まるで上質にプログラムされた殺人ロボットのデモンストレーションでも見ているかのよう。
滝隅上等兵がこちらに目をやり、手招き。それに応じて、俺たちも一応は警戒を解かないままに移動。
「ここにいるってことは、他にもいるはずだ。そして遅かれ早かれ、こちらの侵入は気取られる」
「ですね。早めに動きましょう」
「了解、です」
この場所は、主戦場から数百メートル離れたポイント。主力軍が敵を引き付けている間に、できればこちらの策が敵に知れ渡る前に奇襲を成功させられるのがベストである。
「こっちだ」
そう言われ、改めて行動開始。場を離れる直前に敵兵の死体に一瞬目を遣ると、うつ伏せに倒れた二人と対照的に首を潰された一人は仰向けに倒れていた。彼の目は大きく見開かれ、眼球が多少飛び出ており、口からは小さく血が零れている。
……考えるな。見るな。
俺は彼らから目を背け、先へ進むことだけを考えることにした。
* * *
ニュージーランド軍の陣営、そこで待機していた友軍オーストラリア軍ビリーの中隊は逐一前線からの報告を聞き、各員が攻撃開始のタイミングをうかがっていた。
……いや、正確には一人の男が決断する時を待っているのだ。
それはニュージーランド軍の幹部連中でもなく、この中隊の隊長でもなく、この部隊に所属している一人の一兵卒。ヴィンストル・レグリオス上等兵の攻撃開始の判断を、この場の全員が待っている。
「報告、敵の攻撃が本格化しているようです!Bラインまで突出している敵部隊複数……」
「報告、敵は我々の側面にも回り込んでいるようです!人数は小規模なようですが……」
それが中隊長に報告されるたび、そのすぐ近くで聞き耳を立てているヴィンストル上等兵は自ら手を加えた地図とにらめっこしながらブツブツと何かを呟いている。それは数字であったり単語であったりしたが、迷いを表す感嘆詞は一切含めれていない。
「報告、敵のほぼ全軍がBラインにまで前進!友軍は予定通り僅かに後退しました!」
その言葉を聞いた瞬間、ヴィンストル上等兵は唐突に報告役へ声をかける。
「そりゃ確かか?」
「無論、友軍から直接聞いた」
「よし」
ヴィンストルは、地図を手に持ったまま中隊長に向き直り
「この通りに攻撃しましょう」
と、”進言”した。
「……ああ、それで問題ない」
「了解しました。それじゃあ……」
ヴィンストル上等兵は、走り書きのメモを近くの兵に渡す。
「君らはこの座標に、そんで君らはこっちに頼むよ」
メモを受け取った二人の兵は、彼に頷いたのちそれぞれの持ち場へと走る。ヴィンストルも直ちに持ち場に付き、自分の計算した座標めがけて兵器の向きと角度を設定する。
「攻撃……開始!」
彼らの所持する兵器、軽量勝つ単純な仕組みで作動する効果的な遠隔攻撃のできる合理的な兵器。筒身が鈍い輝きを放つそれは、それぞれの目標地点に向けて照準を完了させる。
そして今度は誰の指示を待つまでもなく、一発、また一発と乱雑に弾を発射する。
「敵のいる場所は全部予測済み。これから逃げ隠れする場所も大体わかるし、抜かりない」
ヴィンストルは、自信満々なセリフとともに次々と弾を発射していく。筒の入り口へ弾を外向きにセットし、手を放す。方針に沿って落下したそれは、筒の底に衝突した瞬間に発射薬が発火し、狙い通りの地点へと飛んでいく。その先で待っている敵の悲鳴までは、ここに伝わってこない。
ハリス・ジョージ伍長は地図と兵器を扱うヴィンストルを交互に見つめ、デラトマ・バンカーデイ上等兵は折を見て弾薬を補給しに向かい、ジョン。ブレディ二等兵とバッヘレ・ルデミア二等兵はヴィンストルに渡す次の砲弾を準備している。
「本当に、敵にあたってるのかな」
そう呟くバッヘレ二等兵に、ジョン二等兵は一切の不安を感じさせない声色で応える。
「問題ないさ、この人の計算は絶対に狂わないぜ」




