心機一転 3
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明朝、夜明け前に行動が開始される。急ごしらえに近い形ではあるが、一応は早期の攻撃を想定しての準備も進められていたため、このタイミングでの作戦実行にも特に支障はなかったらしい。
主力は開けたルート(俺が輜重部隊隊員として進んだルート)を進み、前線の駐屯地に向かう。そこで短時間休息を取ったのち、早速敵地への侵攻が開始される流れである。――もちろん、道中の警戒は怠らないとのこと。
一方嶺善班は、敵が潜んでいる可能性、或いは敵が潜んでいた痕跡が発見できる可能性を考えた上で敢えて足場の悪い森林地帯を進んでいくことになった。当然主力軍よりも歩みは遅いものになるため、より早いタイミングで行動を開始。
足元に気を付けつつ、慎重に進んでいく一行。道中、不自然に折れた枝木や目印のようなもの(石ころが3つ重ねて置いてあったり、木の枝が地面に突き刺さっていたり)が複数見つかり、神吉曹長によると『不自然は文字通りに自然でないものを言い表す。人が自然へと踏み入れば、何かしらの痕跡を残すことになる』、『人為的なものはすべて敵同士の合図と思え。罠を表しているか、目印を作っているか、だ』とのこと。
それ故、より一層警戒を強めつつ進んでいくものの敵には遭遇しないし、特に罠らしい罠もみつからなかった。
……それでも、この森のどこかに敵が潜んでいる可能性は否定できないが。とにかく、無事に主力軍との合流視点である前線の駐屯地まで到着。この頃、空はすっかり夜が明けており、気温の高さに加えて太陽が無遠慮に肌を焼き始めていた。
これから小休止を取ったのち、いよいよ戦闘開始。敵もこちらの動きを呼んで防衛線を張っているらしく、こちらの主力と敵の防衛部隊は正面から戦うことになると説明された。
そしてその間、嶺善班含む一部の部隊が敵陣地への侵入を試みる。何しろ広い森の中、敵の防衛網の合間を縫ってコッソリと敵地へと入り、主力軍の侵攻を妨げる敵を叩き潰すという算段。
ただ、どういう戦い方を仕掛けてくるかはわからない。相手はこちらの戦い方を知っているかもしれないが、こちらにはニュージーランド、オーストラリアの戦い方を一部しか知らない。その点、攻撃側はやや不利じゃないだろうか……?
攻撃開始までのひと時、そんなことを考えながら過ごしていた。
* * *
「昨日、友軍の斥候部隊が壊滅した」
凡そ100人規模の部下たちにそう告げるのは、オーストラリア陸軍中尉、ビリー・ランパルド(37)。ニュージーランドとオーストラリアは合同で戦線を張っており、彼の部隊はニュージーランド軍を支援する目的で最前線に送り込まれている。
「誰一人帰ってこず、敵地でどういうことになったのかは知る由もない。……だからこそ、こうやって守りを固めるのが最も手堅い戦術となる」
敵は、アジアで二番手の戦力を誇るひのくに軍。しかも島国であり、海軍力ではこちらが劣勢。戦いの最序盤で船を犠牲にするわけにはいかないという判断で易々と敵に上陸を許したが、それは森林戦においてこちらが有利に戦えると踏んでのことでもある。
それが、昨日。森林戦のエキスパートである友軍の斥候部隊が帰還しない――つまり、一人残らず制圧されてしまった――。敵に手練れがいると、彼はそう判断している。
「友軍が敵の侵攻を食い止め、その間我々は釘付けになっている敵を”削る”役割を担うことになる。皆、心しておけ。敵は手強い」
「敵さん、台湾でイギリス相手に快勝したんだってな」
オーストラリア陸軍ジョン・ブレディ二等兵(21)、自ら志願して入隊した士気高き一兵卒。敵の脅威を具体的にイメージできていないが、敵たるひのくに軍は世界最強の軍隊を擁すると言われるイギリスを破った実績を持っていることは重々承知している。この国の歴史上イギリスに与すること自体に懐疑的であるが、いまさらそんなことを考えてもしょうがない――。
「……そう、だね」
同軍二等兵バッヘレ・ルデミアは、同輩の言葉にそっけなく返事をする。同じく軍隊に志願した彼だが、あまり先のことまで考えていたわけではない。とりあえずお国のために、世間体のためにと戦う道を選んだものの、臆病な彼にとって命を懸けた闘争など雲の上の話。どうにも現実感を持てない。
「それが何になる。荒野での戦いに長けていようとも、我々よりもこの森で上手に戦えるとは思えんな」
同軍上等兵デラトマ・バンカーデイ(31)。彼は自他ともに認める文民向けの人間だが、それだけに即物的で合理的判断を重視する。ひのくにの国土も緑に覆われていることは承知しているが、彼らは本土での戦いをそれほど経験していないはず。ゆえに、森林戦のアドバンテージは自分たちにあると踏んでいる。
「それに、こいつもいるしな」
「……」
水を向けられたヴィンストル・レグリオス上等兵(24)は、特に応じることもしない。ずっと周囲を見回し、なにか考え事をしている様子。
「焦ることはない」
彼らを率いる分隊長のハリス・ジョージ伍長(30)は、塹壕で待機する部下たちの私語を諫める。
「ニュージーランドは優秀だ、引けを取ることはない。また、我々も負けない。ランパルド中隊長の元で敗北などありえんさ」
そして、
「あの方も、イギリスを破った勇者の血を継いでいるからな」
と呟く。
彼らが布陣しているのは、最前線から少し離れた位置にある塹壕の中。塹壕というよりは、広く抉れた土地に若干手を加えただけの陣地であり、そこに複数の”兵器”を置いて戦闘開始の合図を待っている。
「分隊長、もう一回地図を見せてくれ」
「あぁ」
ヴィンストル上等兵は、手渡された地図の中に書き込まれた敵の位置と、味方の布陣する場所をまじまじと観察する。先の集会の前、彼はずっと最前線の森の地形を観察し、目に焼き付けていた。
「これ、結構正確に書いてるみたいですね」
「…そりゃーな」
「よくわかりますよ。俺が見たのとぴったり重なりますから」
簡単に謝礼を述べ、彼は再び地図に目を落とす。そして、特に許可を取ることもなく自前の鉛筆で地図に何かを書き込み始める。
「ここと、ここ……。そんで次は……このあたりかな」
* * *
戦闘開始までの待機時間は、長いようで、短いようで。俺自身の経験としては二度目の戦い、心の準備ができる少し前に出撃の命令が下された。
「では、我々はいつも通りの独立行動だ。先ほど命じたメンバーで動くように」
これが、嶺善班なりの戦い方。数人ずつで別れ、時には個々人が勝手気ままに動くこともあるという。誤射とか同士討ちとか怖くないのかなって思ったけれど、お互いの軍服の色があまりに違うからそういう心配も薄い……のか?
「……いくぞ」
「はいっ!」
「了解です」
俺と一緒に行動するのは、信濃原一等兵と滝隅上等兵。主に滝隅上等兵が先導役を務めるらしく、俺は後方を警戒しつつ進む。主力の攻撃開始に合わせて動けるよう、あらかじめ森の中へと侵入していく。
「……頃合いだ」
滝隅上等兵の一言とほぼ同時に、近くで銃声が鳴り始める。散発的だが、敵の方からも無数の発砲音が鳴り響き、お互いが弾の届く距離で撃ち合いを始めたことが理解される。
先日のものとは異なり、正式な形で始まった戦闘。恐らく今日が公式な開戦日ってことになるんだろう。これが敗北の幕開けとなるか、勝利の序曲となるのかはわからない。
「……とうとう始まった」
おもわず漏れる、弱気な言葉。頼れるのは班員二人、そして手元に抱えた1本のライフル。黒桐さんのご厚意でかなり入念に整備してあり、信頼性は十分である。
……響き渡るすさまじい数の銃声を前にして、俺は手にした唯一の相棒を強く、強く握りしめる。
「当たり前だ、行くぞ」
そう言って先へ先へと分け入る滝隅上等兵に、ちょっとばかりの怖さを感じつつも着いていく。




