心機一転 2
「キッザミッネさんっ!お久しぶりですっ!」
続いて飛んできた黄色い声。信濃原一等兵も、新参者へと律義にあいさつへとやってきた。
「信濃原……一等兵、さん?」
「なんですか、その不思議な呼び方?由紀、でいいですよ。そっちの方が気楽なので……」
「えっと、……それじゃ、由紀、久しぶりだね」
一応、ここは軍隊で。そんで、階級は信濃原一等兵の方が上なんだけれど。ついでに、軍歴もここでの戦歴も彼女の方が上ってことにはなるんだけれど。彼女の発する気安さは、まるで大学の後輩とでも話しているかのようだ。
「ぶっちゃけ、入隊するって聞いた時も驚きましたよ!刻峰さん、このタイミングでマジかぁ……って」
極めて常識的(?)かつ素朴な疑問を口にする信濃原一等兵。……本当に、階級が上の軍人さんと話しているとは思えないが……。
「……まぁ、それなりに色々考えた結果って感じで。あくまで、俺の意思で選んだことだから」
「そうなんですかぁ。……今日も危なかったですけど、あまり無茶はしないようにしてくださいねっ!いざお怪我そしたらちゃんと治療はしますけれども」
……あ、そうだ。
「そうだ、ところでシナノハ……由紀」
マジで呼び捨てにしてていいんだろうか。周りが感化してるってことは別に問題ないんだろうけど、時と場合によっては普通にお叱りを受けそうな気もする。
「確か、敵兵の治療もしてたよね。彼らって……その、大丈夫、だったの?」
「はい、両名ともに、命に別状はありません。一人は徳長さんに気雑させられたのみ。当たり所次第では危ないところでしたが、大丈夫でした。もう一人は勇田さんの狙撃を受けましたが、致命傷は負わないようにしてましたので問題ないですよ」
「そう、か……」
敵軍に捕まった兵士。この世界における捕虜の処遇がどういうものか、俺は知らない。そして、仲間たちを殺した敵に対する感情は、結構複雑なものである。
不思議と、憎しみとかはあんまり湧いてこない。俺が敵を撃った際にも、怒りとかそういうんじゃなくて、割と冷静に『撃つなら、今だ』と結構冷静に判断してたように思う。最後に敵を絞殺した時も、仲間の仇だとかそういうことを考えていなかったし――もっとも、あのときは頭が真っ白になってて殆ど思考がはたらいてなかったからってのもある――。
戦いの場では殺すべき対象、だが今は武器を持たぬ圧倒的弱者。一応仲間を殺した一味ではあるものの、少しだけ、彼らの処遇が心配になってきた。
「ちなみに彼らって、その、拷問とか……」
ストレートに聞いてみる。
「いえいえ、ないですよ!我が軍はちゃんと交戦規定を守っていますから!……一応っ!」
一応って表現に引っ掛かりを覚えるものの、どうやら捕虜としてマトモな待遇を受けているらしい。野蛮な扱いをしていないというだけで、いろんな意味で安心する。
「隊の仲間たちを手にかけられて辛いお気持ちは分かりますが、さすがに虐待なんてひどいことはできませんからね~」
……え、そういう意味で質問したと思われてる!?
「いやいや!なんつーか、むしろ良識ある軍隊で安心したっていうか、敵とはいえ酷い扱いは良くないとは思ってるし……」
必死の弁明。
「なんだ、そういう意味だったんですね!」
思いは通じた!
「あんまり期待はできませんが、情報の一つや二つ吐いてくれることを期待しましょう!」
あー、そうか。捕虜を取るって、当然そういう期待もあるんだよな。人を生かす、それも見張りや警戒を厳にせねばならない敵兵を捕らえて管理するって、実際は結構なコストがかかることだし。
ただその軍隊が人道に沿ってるってアピールするだけじゃない、敵の投降にかかる心理的負担を軽減するだけじゃない。勝利するために使えるものは使うんだって意思もそこにはあるはずなんだ。
「……あまり厚遇する必要もないと思いますけどね」
横からそう言ってきたのは白楼上等兵。詳しい事情は分からないが、彼女は敵兵に対して並々ならぬ憎悪を抱いているらしい。
……あまり不確かな詮索をしても意味はないけれど。その一貫した味方以外への”人間不信”とでも言うべき態度から、恐らくそのような考え方に染まる何らかの”体験”があったのだろうなんて、そういうことを邪推してしまう。
「刻峰二等兵、確かにあなたはある程度の熱意と能力をお持ちのようですが。戦争に参加するってことの意味と、あなたが為すべき任務と、そして自身の身の丈をよくよく考えることをお勧めします」
……今の俺には、結構グサッとくる言葉。
「そう、ですね」
実際、彼女の言い分はかなり真っ当なものに思えている。敵を殺して放心していたという失態、敵が攻撃を始める前のタイミングで仲間たちにもっと強く進言できていればという後悔。棘のある言い回しにも思えるけれど、たぶんこれは彼女にとって普通の言い分なんだろう。
「気弱、ですね」
心にグサッと、再び。
「貴方はおバカさんじゃないですし、考える頭は持っているはず。どうすれば勝てるのか、どうすれば殺せるのか、どうすれば生きられるのか。ちゃんと考えてくださいね」
それだけ言って、彼女はどこかへ行ってしまう。
「……まぁ、なんだ。魅夜の奴は、お前のことを心配してんのさ。後ろ向きに考えんな。な?」
それは薄々感じているところだ。
「そうですよ!魅夜さん、刻峰さんのこと結構気にかけてるみたいですよ?」
「え、そうなの?」
普通に友軍の仲間、現在の班員を気遣うってこと以上に何かあるんだろうか。
「えぇとですね……確か、『刻峰二等兵は春宮翡翠司令が直々に、特殊な経緯をもって入隊を認めた人物です。だから、あっさり死なれては困ります』、みたいなこと言ってました!」
「あぁ、そうなんだ……」
確かに、”特別視”はされていたようだ。……しょうもない期待は一瞬で地に伏した。
……それにしても。そうか、俺は嶺善班のメンバーになって、これからはこの人たちと一緒に戦うことになるのか。
ぶっちゃけ、俺には何の特技もない。極端に頭が回るでもなく、腕っぷしに自信があるでもなく、射撃の天才とか第六感が優れているとかそういう事情もない。数か月前まで普通にのんびり、ダラダラと青春を浪費していた一大学生でしかなかったわけだし。
そんな俺が、癖の強いこの班に入ったという事実。嶺善班長は俺に『素質がある』、白楼上等兵には『考える頭は持っているはず』と光栄な評価を受けているわけだが、謙遜とか自虐とか一切抜きにしてそういう実感はまるでない。
この班の各員は何かしらに特化している、或いは一部の問題を抱えている者の総合的に優秀な連中ばかりだ。俺は素直に、自分が”浮いた存在”だと認識している。
「そんなしょげた顔すんなって!そら、酒があっから軽ーく飲もうぜ」
「だめですよ!明日は早いかもしれないんですから!勇田さん、お酒弱いですし……!」
そんな風に、お気楽に見える班員たち。彼らは、戦うことに慣れている。だからこそ、こういう風に”日常”って感じの振る舞いができるのだろう。
内心どういう思いなのかは知る由もないが、俺のように微かな疎外感、不安の情を抱いてるって雰囲気はまるでない。俺も、いつかはこんな感じで自然体で振舞えるようになれるんだろうか――。
そしてその晩、嶺善班長より通達が為された。事前に話していた通り、明日の明朝より敵地侵攻が開始されるとのこと。この班は前線の主力部隊とは別行動を取るという趣旨と、全軍の作戦計画も簡潔に説明された。
『早めに休め』という指示に従い、説明が終了したのち俺は早めに床へと入る。
今日一日、色んなことがありすぎた。仲間を失い、初めて戦い、そして所属する班も変わった。考えたいこと、思い出してしまうことは山ほどあったけれども。
精神的疲労と肉体的疲労がどっと押し寄せ、それは強烈な睡魔に変化。俺はそれに逆らうことをやめ、その晩の意識は早々に途切れることとなったのである。




