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ひのくに戦記1913 -戦火の世界-  作者: 茂野夏喜
第一章 
49/134

転属 3

 「言っておくけど、これ本当にヤバいからね」

「ええ。そりゃ、衛生状色々と問題がありますし……」

「うん。こういうやつ、たまーにあるんだよね。井戸とか飲み水とかにぶちこんじゃう手口さ。大腸菌とか色々と病原体の塊みたいなもんだし、冗談でも飲んだらシャレにならないからね。気をつけようね」


 光峰一等兵の言うところによれば、人糞を利用するのは太古の昔から敵の水を汚染するための常套手段なのだとか。誤って汚染された水を摂取した場合、深刻な体調不良を引き起こし人事不省一直線なのだとか。



 「……これが、戦争なんですね」

意外過ぎる敵の策に驚きつつも、俺は比較的冷静に現状を分析している。荷物に仕掛けられたいくつもの罠、敵はこちらの動きを本気で滞らせようとしているのだろう。


 この地味で陰湿な敵の”やりかた”の数々が、自分たちが有利に戦うためにあらゆる策を講じるぞ、手段は選ばないぞというメッセージにすら思えた。



 「そうだね。戦争って、こういうこと」




*   *   *




 結局、水についてはすべて処分することになった。汚染されたから仕方がない、見た目に違和感がない缶についても敵が何かを仕掛けた可能性は否定できない、とのこと。


 建築資材については神吉曹長と光峰一等兵の手で罠がすべて処分されたが、どの道この人数では全てを運搬できない。これはいったんここに放置し、後々回収しに来るということで決着がついた。


 その後、この資材を運んでいた部隊でたった一人の生き残りになった俺は、嶺善班のメンバーと共に一旦後方の駐屯地まで戻ることなった。




 駐屯地へと到着したのち、嶺善班長に付き添われて上官の元へと報告に向かう。目的の幕舎を発見し、

中へ入る。


 「失礼します……今、よろしいでしょうか」

幕舎の中へ入ると、目的の人物がそこにはいた。そして、ついでにもう一人見知った人物がいるのも確認した。

「ん?刻峰か。……荷物を運んでいたのではないのか?」

上官は、いぶかしげに俺の顔を見る。

「はい、その任務の途中だったのですが……」


 俺は、上官に対して事のあらましを説明する。もしかすると取り込み中だったのかもしれないが、俺の顔を見て”何かあった”と察したのだろう。彼の隣にいる赤成中佐(ちょくちょくお世話になる、帽子の似合ってて髪の薄いおじさん)も、真剣な面持ちで俺の話を聞いている。



 「……そうか。他の隊員は全滅、か……」

「申し訳ありません。完全に油断していて……」

「いや、いいのだ。むしろ、よく生き延びてくれた。その報告がなければ、敵の手の内を把握するのがもう少し先になっていたかもしれん。よくぞ、生き延びた」

「……恐縮です」


 これで報告完了だ。任務は失敗したが、それを上に伝えるって役目は終えることができた。仲間を失い、荷物を失い、たった一人生き延びて、ここにいる。


 ……そして。

 「それは、辛かったろう。よく生き残った、刻峰二等兵」

中隊長は、俺を気遣いつつも、

「……しかし、なぁ。そうなると……」


 言われずとも分かる、察する。俺の仲間たちは全滅、俺の隊は事実上壊滅したのである。もはや、俺の所属すべき部隊は存在しないも同じ。


 輜重部隊は他にもあるが、俺という存在を受け入れられるかは甚だ疑問である。他の兵からすれば俺は同じ国で育った者でもないし、同じように”祖国を守る”って気持ちをもって戦えるのかも分からないわけで。そんな俺に背中を預けて、命を預けて、一緒に任務にあたることができるのかって話。


 それくらい、俺の立場は微妙。


 ……どうなるんだろう。今まさに赤成中隊長さんは、たった一人生き残った俺の処遇を決めあぐねているのだろうけれど。



 「中隊長」

このタイミングで、嶺善班長が口を開く。

「……何かな?」


 「彼を、私の指揮下に置くことはできませんか?」




 「……どういうことだ?」

俺の上官はそっちのけで、中隊長と嶺善班長の話し合いが始まる。ついでに言えば、俺も口を開けないでいる。嶺善班長は何を考えているのだろうか。


 「彼は、今や所属する小隊が存在しません。であれば、私の元で戦わせても問題はないでしょう」

「それはそうだが、な……。一応は君も私の指揮下であるし、そうすること自体は可能……」

「私は、彼を使える自信があります」

「ふむ……」

赤成中隊長は、どうにも決めあぐねている様子だ。


 「彼は、たった一人で生き残り、敵をその場にくぎ付けにし、森林戦に手慣れている敵兵を何人も仕留めています。戦いに向いている」

ここでちらっと俺を顧みる嶺善班長。本気で言っているのか、世辞が混じっているのかは判断できない。

「そうだな、それは事実だ。だが、回すべき配属先はいくつもある」

……あぁ、そういうこと。中隊長の口ぶりと態度から、嶺善班長の提案を承諾する”決定打”が欲しいのだと、今やっと察することができた。


 「彼、刻峰将平一等兵……当時は一民間人ですが、台湾にて彼を保護したのは私の班です。その時のことは中隊長もよく覚えていらっしゃるでしょう」

あの時、中隊長は『とりあえずお前に押し付けるわ』的な態度だったような。

「……ふむ。この男をよく知るからこそ、共に戦えると?」

「そういうことです。いかがでしょう」



 扱いに困る逸れ者、それを受け入れんとする嶺善班長。中隊長からすれば、これは結構魅力的な提案に思えるんじゃないだろうか。事実、彼は少し考えたような顔をした後でどこか納得したように『うむ、うむ』などと目を閉じ首肯して見せた。


 ……演技じゃ、ないよな?



 「よかろう。輜重部隊の方には私から話を通す」

そう言って、遂に中隊長は俺の嶺善班転属を認めることとなった。



 「あの、嶺善さん」

「何だ?……あぁ、俺のことは班長とでも呼ぶと良い」

「あぁ、えっと、嶺善班長。俺を班員に加えるって、マジなのですか?」

「マジ、だ」


 改めて、嶺善班長は俺の方に向き直る。目を見据え、綺麗な目で誠実に答える。

「お前は戦える、その才能がある、俺はそう判断した。それ以上の理由はなかろう」

「そう、ですか……」


 そもそも、俺が輜重部隊に配属されたのは『危険な前線でさっさと死んでしまうことを懸念してのこと』だったように思えるが。


 ……今更、か。




 「拒否権はないが、一応聞いておこう。俺の元で戦う気はあるか?」

この状況で、むしろ拒否できる人間がいるのだろうか。彼の言い様と眼光は貫禄たっぷりで、とてもじゃないけれど逆らえる気がしない。


 「……はい」


 俺にできる唯一の返事を口にした。




 「決まりだな」

俺と嶺善班長のやり取りが終わったのを見計らい、中隊長が発言。

「行政的な諸々の手続きは私がやっておく。嶺善少佐は刻峰一等兵を連れて班員の元へ向かうと良い。顔見知りとは言え、”馴染ませる”必要はあるだろう」

「承知しました。……刻峰、行くぞ」

「了解です」


 そういうわけで、俺と嶺善さんは幕舎から退場。正式な戦闘部隊への配属がなされたわけだけど、俺にはまだ現実感が湧かない。




 「……まぁそういうことだ、彼は君の指揮下から外れた。それでいいね?」

「……はぁ」

刻峰一等兵の元上官は、一連の話に納得しつつもこう漏らさずにはいられなかった。


 「私の立場は……」



 「まぁ、まぁ、それよりさっきの続きだ。今度はこことここ、それから荷物を送り損ねた分も含め明日中には運搬を完了させてくれ。頼むぞ」

「はい……」


 つくづくこの男には逆らえない。そう思いつつ、彼は明日以降の輜重部隊の動きについて頭の中で計算を始める。確かに、刻峰の報告は有用であった。護衛の数とその態勢について、確実に見直しが必要である。


 既に指揮下を離れた元部下に対し、彼は心の中で感謝した。

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