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ひのくに戦記1913 -戦火の世界-  作者: 茂野夏喜
第一章 
48/134

転属 2

 そののち、俺が撃った他の連中の様子も見に行く。明確に撃った人数はあと三人、更に生死不明だったのが一人。


 俺が射殺した敵兵の内、二人は撃たれた場所、倒れた姿勢そのままでこと切れているのを確認した。そして一人は、森の方へと這いずったような跡を残して死んでいた。



 二人は、どちらも一撃が致命傷になって死んだのだろう。その点、もう一人の方は俺が撃ってからもしばらく生きていたらしい。


 死因は、被弾した下腹部からの多大な出血。広場の端に残るのは、死を覚悟しつつも、必死に生きようともがいた証。砂地に擦り跡をつけ、血糊を押し付け、それでも生き延びて仲間の元へとたどり着こうとした証。俺という一兵卒からの無慈悲な銃撃に必死で抗い、一人の人間としてその生涯を引き延ばそうとした証が、そこにはあった。



 そしてその手には、何か紙切れを持っている。恋人とのツーショットとかではなく、家族との集合写真らしきもの。ピカピカの軍服を着て、年下であろう兄弟と肩を組み。その横で、両親らしき人物がこちらに笑顔を向けている。その横で遠慮がちに身を竦めている母親そっくりの若い女性は、きっと彼の姉妹。


 彼は、本当に”人間らしかった”。最後の最後まで、人間らしかった。そんな彼は、もう二度とこの家族の元へは帰れない。



 俺が殺したから。


 俺がこの手で放った銃弾で、命を絶たれてしまったから。



 ……言いようのない自己嫌悪と、それに対する自己弁明が、俺の中で無意味な論争を続けている。




 そして、森へ隠れた敵の元も探ってみる。森へ入って一歩、二歩、三歩……間もなく、その亡骸を発見。着弾個所は尻に一発、足に一発、そして背中に一発。どうやら背中への一発が致命傷になったらしく、弾丸が背骨を破壊しているのが確認できた。


 姿を見失ってから複数発でたらめに撃ちこんだが、そのうちの殆どが命中していたということ。初弾で仕留められたのか、それとも尻と足に痛みを覚えたのちに止めを刺されたのか。或いは、神経に甚大な被害を被った挙句に苦しみながら死んでいったのか。



 ……やめよう、無意味だ。考える必要はない。




*   *   *




 そして、遂に俺が隠れた側の森へと踏み入る。俺が最初に隠れた場所を経由し、敵に遭遇した藪の近くへと歩みを進める。少し迷いかけたが、しばらくで見覚えのある枝気を発見。


 ――二つの太い木の枝が、交差するように置かれたこの地点。もしかすると、何かを意味するランドマークだったのかもしれない。


 そこからは先ほど進んだのとまったく同じルートを辿り、ほどなくして現場へと到着する。俺が、敵を絞め殺した現場に。



 彼は、そこにいた。



 すっかり血の気の失せ切った顔で、そして特徴的な臭気を発しながらそこに横たわっている。恐らく体液やら排泄物の類が漏れているのだろう、率直に言って非常に臭い。


 血の気と一緒に、表情まで失せ切っている様子。彼は何も主張せず、ただそこに眠っている。呼吸もせず、血液の巡りさえも永遠に止めたまま、そこに眠っている。



 恐る恐るその手を触ってみる。思ったよりもゴツゴツしているが、日焼けも薄いその白い肌からイメージされる以上の冷たさを感じる。この熱帯雨林気候の中だと、特にそう思えた。



 しかし、その手のひらは奇妙に屈折したまま凝り固まっている。……死後硬直というやつなのだろうか。専門家じゃないしなんとも言えないけれど、現状彼の手は凝り固まったままその屈折を維持している。


 まるで、俺の手を引きはがそうとした形そのままに、彼の最後の抗いを体現しているかのように。



 「……確かに、目立った傷はないな」

「……はい」


 そう、首筋に残る痣と絞め跡以外、彼の体には傷一つない。ド素人にでもわかる、単純な絞殺死体。そして、その犯人は紛れもなく俺自身。




 「最後まで、悲しい目をしていました。まるで、俺に殺さないでくれって懇願するような……」

「……そうか」



 敵兵だ。殺し合う存在だ。お互いに一々礼を尽くして、その死を悲しむような間柄でもない。少なくとも、今はその時でない。


 それでもこの時俺は、心の奥底で何か、兵として殺意をむき出しにして”当然のことをやった”者として似つかわしくない何かを、彼の亡骸に訴えていたような気がする。




 ………


 ……


 …。




 「やはりな。いつの時代も、賢い奴ぁ皆こんなことをしやる」

老兵は置き去りにされた荷車を弄りながら、感心しているのか呆れているのかよくわからない調子でそんなことを言う。


「面倒な小細工だなぁ……。あ、ここにも開けた後。これはもう使えませんねえ」

老人と共に作業をする眼鏡の男。俺と嶺善班長が広場へ戻ったとき、光峰一等兵と神吉曹長は二人がかりで何やら荷物の中身を改めている様子だった。



 「何か、あったんです?」

恐る恐る聞いてみる。二人が弄繰り回しているあたりは、たしか敵兵が何やらゴソゴソと小細工をしていたのか、或いは荷物の中身を確認していた箇所だったように記憶しているが……。



 「おぉ、若いの。無事でなによりじゃ。……これを、みてみい」

そう言われて、彼の示す個所を観察してみる。ここに積まれているのはテント設営に使用する資材だったはずであるが……。



 ……あ。


 そういうこと。



 「手榴弾……」

「ご名答」

注意深く見れば、何も難しいことはない。資材の間に埋もれるようにして隠匿してあるそれは、中途半端な角度で維持された資材の間に、安全ピンを抜きレバーだけなんとか保持された状態で埋もれていた。


 「動かしたり、資材を取り出せばレバーが外れる。カチンッと音がして数秒、何も気づけない者はそのまま顔面を吹き飛ばされとるかもしれんな」

「……」



 「刻峰二等兵、こっちも見てく?」

今度は光峰一等兵のお誘いを受けてそっちを見に行く。神吉曹長は、先ほどの罠を手早く解除し、次なる罠を探し始めている。


 「ほら、これ。お水なんだけどさ」

水。各兵員の生命を維持するために必要な、シンプルに重要な物資。それでも質量としてはなかなかのもので、日本の自宅で蛇口を捻れば簡単に出てくるこいつを態々荷車で運搬するってのは、結構複雑な気分である。


 ……つくづく、文明って偉大だなと思う。



 「これ見てみ。ほら、これ」

示された箇所を見てみる。水の入ったドラム缶の……蓋?

「何なんでしょう、分からないです……」

「よく見てみ。蓋の絞め方が中途半端じゃない?」

「……あぁ、言われてみれば、確かに」


 水の入った容器。零れるのを防ぐために、結構硬めに蓋がしてあるはず。にもかかわらず、これは中途半端というか、微妙に斜めの状態で無理やり絞められた様子。

「敵さんさ、この辺でなんかゴソゴソやってたんしょ?なら……」

光峰一等兵はふたを開け、中身を確認する。


 「……ほら、やっぱりね」

何かを見つけたらしい。

「何があったんですか?」

「中をのぞいてごらん」

そういわれて、比較的小さな口の部分から内容物を改めてみる。中には水がたくさん入っている、暗いからあまりよくは見えないけれど……。



 ……!?


 「え、これって……」

「うん、君が想像している通りのものだよ」


 そこにあったのは、黒だか茶色だかの、微妙に細長い何か。一瞬、これを見たとき、小学生の悪戯か何かを連想したが……?


 「……文字通りの糞ですね」

「ご名答」


 人間のか、その辺の動物のかは分からない。戦闘からこの荷車に細工をするまでの時間を考えると。都合のいい場所に放置されてた獣糞なのだろうと思うが。


 ……さすがに、戦闘直後、敵がまだ残っている状況で呑気に用を足せるような兵隊はいないだろうと思う。わかんないけど。



 「……飲めたものじゃないですね」


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