戦うってこと 2
残弾を撃ち尽くしたのち、すぐにこちらへと敵弾が飛んできた。さすがに何発も撃ってれば位置もバレるのだろう、奥に隠れていた敵兵は仲間が撃たれている間にも注意深く俺の位置を探していたに違いない。
俺のいる場所へ正確に撃ちこまれるわけではなく、あくまで周辺に弾が飛んでくるってレベルではあるが……まぐれ当たりで死んだり、跳弾で怪我をしては堪らない。かといって下手に動くと本格的に俺の居場所が割れてしまうので、ゆっくりと、腹ばいになったまま後方へと下がる。
しばらく後退したのち、今度は左の方へと進んでいく。ゆっくり、ゆっくりと。そうこうしているうちに銃声は収まり、ひとまずは敵が俺を見失ったことが理解できた。
息つく暇もなく、更に進む。さっきとは違う位置に移動しなければ。この黒地に赤線の入った軍服は、土の条件も合わないと簡単に見つかってしまいそうだ。
………
……
…。
手ごろな隠れ場所に到着。そして息つく暇もなく、周囲の様子を伺う。人間の五感は命の危機に瀕して最大限まで研ぎ澄まされるというが、緊張が高まりすぎて全くそうは思えない。
人を殺したって実感は、そこまで強くない。多少距離はあったし、敵の顔や表情はそんなに良く見えなかった……気がする。
周囲は静けさを取り戻し、ただただ自分の鼓動が聴覚と触覚を刺激し続けている。嗅覚も土と草木の臭気に支配され、残った視覚で必死に情報を集めようとする。
……草と木と土しかない。
このままじゃらちが明かない、時間ばかりが過ぎてしまう。こちらも敵を何人も葬った、それで十分じゃないか?なんて、今更弱気な思考が脳裏をよぎる。
……弱気、なのだろうか?
冷静に考えれば、俺一人で残りの人数さえ分からない敵を全滅させるのは無理な話である。先ほどは不意打ち気味に、運よく敵を倒せたに過ぎない。実戦でまともに敵を撃ったのも初めて、きちんと当たってくれただけでも幸運だった。
今この時、俺がすべきことは何か。この状況を、一刻も早く友軍に知らせることではないのか?敵が密かにこちらの陣地に侵入していること、攻撃の手口、そういった情報を伝えることが先決なのでは?
仲間の敵討ちに燃えている場合ではない、一人でそんな無茶をするのは現実的じゃない。俺は狙撃の天才でもないし、勘に優れた人間でもない。サバイバル術の心得もなければ、隠密行動のスペシャリストでもない。
……逃げよう。
俺は、この場から生きて逃げ延びることを選択した。殺された仲間たちの顔が浮かんだが、今の俺にはどうしようもないだろうと思う。彼らの弔い合戦は、後からでも遅くはない。
撤退の決断さえできれば、あとの懸念は道を間違えないこと、そして敵に遭遇しないこと。敵の全容を掴めていない以上、一切の油断はできない。先ほどの敵も俺が見ていない間に移動したかもしれないし、なんなら先ほど襲ってきた連中以外にもこの森の中に潜んでいる敵がいるかもしれない。
道順はなんとなく覚えている。今この場所へ移動してきた道のりも、なんとなく覚えている。それで確実に戻れるかは分からないが、今は自分の記憶と直感を信じて動くしかない。俺がこうしている間、別の味方がやられているかもしれないんだ。
まずは先ほどのポイント近くへと移動したいが、元の場所は敵に見張られている危険がある。そこを大きく迂回していくような道順で進むほかないだろう。
相変わらず、這って移動を開始する。かなりノロノロしたペースだが、こうでもしないと見つかる危険が大きくなる。できるだけ木々に干渉しないように注意しつつ、まずはゆっくりと後退する。どうしても体を上げないと進めない場合には、最低限身を低くし中腰状態で移動。
……あれ?こっちの方が効率よくね?
身を低くし、忍び足で一歩一歩静かに進んでいく。問題ない、比較的背の高い茂みを選べば敵に見つかる心配もない。
それに、一刻も早く移動してしまいたいってのもある。咥えて匍匐状態で敵に見つかれば、まず逃げることも応戦することも難しい。
多少発見されるリスクは高まるだろうが、このまま進んでいくことに決めた。
進む。ひたすらに森の中を進む。動くものは殆どなく、時折その存在に気付いた昆虫たちも上手に擬態しているのがわかる。足元で蛇が動いたりして思わず声が出そうになったが、必死で堪える。周囲で音はしないが、またどこかで待ち伏せしているのにばったり遭遇する可能性は常にある。進行方向だけでなく、左右にも気を配りながらゆっくりと進む。
途中、目の前の大きな茂みの中で何かが動く音がした。心臓が跳ねるような思いをしたが、落ち着いて腰を落とし、片足立ちの態勢になって音のした方向を見る。銃を構え、敵が飛び出して来たら即迎え撃てるように準備。本来ならナイフや銃剣で応戦して銃声を出さないようにした方がいいのだろうけど、そんな自信俺にはない。
頼む、野生動物か何かであってくれ。人であってくれるな。
ひたすら、そう願う。
何かがガサガサと音を立てて飛び出してきた。反射的に銃口を向け、そのまま引き金を引こうと……
……撃たなくてよかった。
果たしてその正体は、大きな蛇であった。草木を押し倒し、落ちた小さな枝木をポキポキ折りながら進むのである。その蛇は、俺の存在を無視するように俺の真横を通り過ぎていった。
安堵した俺は、目をつむり、大きく深呼吸した――もちろん、呼吸音も抑えたうえで。極限までの緊張は、体の感覚を忘れさせてしまうらしい。手の甲を見てみると、今まで見たこともないほど強く鳥肌が立っていた。汗も顔の周辺を伝い、顎から水滴となって地面を小さく濡らしている。
落ち着け、落ち着け。とんでもない藪蛇だったが、これは好都合。なるほど、こういう茂みの周辺を移動すれば敵に見つかる可能性は低いだろう。自然の生き物に学べ、少しでも生き延びる確率を高めるんだ。
移動を始めてしばらく、恐らく今の俺は先ほど隠れていた位置の近くまで来ているはず。ここからは更に一回り迂回し、なんとか最初に逃げ込んだあたりまで近づければ帰路の目途はつく。もう少し、もう少しだ。
そう考え、ひとまずは藪の方向へと一歩一歩進んでいく。草木が濃く生い茂り、反対側の様子は殆ど伺えない。敵の隠れ場所にもなり得るのだろうが、それは俺にとっても同じこと。こういう場所を転々と移動すれば、比較的安全に移動できるだろう。
さて、まずは手ごろな位置にある藪の方へと移動し、その周りを回るように沿って歩き……
!?
足音に気が付かなかった。
きっと、それは相手も同じ。
濃い藪の影を回ろうとしたその時、丁度曲がり角に当たる部分で敵とバッタリ遭遇してしまったのである。
敵兵。服装は濃い緑色。同色の帽子をかぶり、顔には緑だか茶色だかのドーランを塗りたくっている。手にはライフル、俺のより短い。銃剣は、俺と同じく装着されていない。
相手は俺より少しばかり高身長だったが、そんなに大きな差はない。目線はほぼ同じ、よって一瞬目が合う。ドーランを塗りたくっていても、敵が目を真ん丸に見開き驚愕の表情を浮かべたことは瞬時に理解できた。
そして、俺も同じ反応をしていることも相手に伝わったはず。
その距離、わずか数十センチ。お互いの目玉の色がハッキリと見えるような至近距離で、お互い何の心構えもなく、目の前に敵と相対してしまった。




