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ひのくに戦記1913 -戦火の世界-  作者: 茂野夏喜
第一章 
42/134

開戦 4

 「このままじゃヤバい、敵さん倒さねえと……!」

「でも、どうやって!?敵の位置が分からない!」

「……くそっ!」


 唯一まともに応戦できる位置にいる俺たちも、敵の位置を特定できないでいる。敵の位置が分からないことには、どんなに訓練を重ねた射撃技術も意味をなさない。現状生き残っている面々はなんとか手ごろな遮蔽物に身を隠したり、或いはその場に伏せて敵のいる方向へ発砲し始めている。


 それが敵を捕捉しての射撃なのか、でたらめな威嚇射撃なのかはわからないが……。



 「……あっ!あそこだ!」

敵のいる方をじっと見ていると、銃声と共に閃光が発するのを確認できた。すかさずその位置に撃ちこむ。


 ……当たったのか、当たらなかったのか。手ごたえなんて分からない、続けざまにその近辺へ数発撃ちこむ。くそっ!射撃のたびにボルト操作が必要なこと、連射できないことにいら立ちを覚える。



 「射撃を止めるな、こっちは元々丸見えなんだ!いそうなところにぶち込め!」

そう言いつつ、後藤も隣で射撃を続けている。俺も必死で撃ち続け、どうにか敵を追っ払えないかと必死に頭を回していた。



 ここは広場の中、敵は森林の中。こちらは敵から丸見えで、敵は遮蔽物だらけの環境からこちらを狙い撃ち。どうやら機関銃の類は持ち合わせていないようで、俺たちと変わらないくらいのスピードで連射を続けている。


 俺たちがいるのは荷車が密集している場所、完全に身を隠せているわけではないし、時折こちらにも敵弾が飛んでくる。荷車の当たったり近くを掠めたり、車輪に当たって特長的な金属音を鳴らしたり。後藤も俺も未だ弾を食らってはいないが、このままでは遠からず狙撃手の餌食になることは間違いない。



 逃げる?


 降伏する?




 逃げてどうなる、ここから道を逆戻りして走ってみるか?道中で襲われない保証はどこにある?そもそも細道までは十メートル以上の距離がある、ここを安全に走り抜けられると?


 それとも荷車を盾にしながら逃げるか?足元はがら空きになる、そこを撃ち抜かれたら移動すら困難になる、無理だ。



 ……ならば、降伏するか?



 両手を上げて出て行って、それで殺されないだろうか。無抵抗の意思をこの場で示すことが、すなわち敵に攻撃されない状況ってわけじゃないんだぞ。そもそも捕まったとして、俺はどうなる?味方の状況を引き出され、仲間たちを不利な状況に追い込むのか?そんなことが許されるのか?



 ………馬鹿かよ。何考えてる。


 そもそも何のためにここに来たんだよ、俺。危険があることなんてわかってる、そんなの百も承知でここに来たんだぞ。逃げる?降参する?あり得ない。



 そうやって心の中で強がるけれど、恐怖は消えない。俺の命を一瞬で消し去るのに十分すぎる威力を持った銃弾が、すぐ近くをどんどん掠めていく。咄嗟に身をひるがえすと、さっきまでわき腹があった位置に敵弾が命中。思わず「ひぃっ!」って情けない声が漏れる。



 「しっかりしろ!ビビってる場合じゃねえぞ!」

俺の肩を強めに握り、後藤が言う。俺は表情を誤魔化せないままに「……あぁ」と応じ、泣きそうになりながら敵の方へと銃を向けた。



 ……その瞬間。



 隣で、”嫌な音”がした。




 バシュッ。




 恐る恐る隣に目を遣る。丁度、後藤がいる場所。



 恐れていた最悪の事態が起こっているのをこの目で見た。




 大きく目を見開いて。


 口を、間の抜けた感じで中途半端に開けて。



 後藤は、首に大きな穴を噴き出して倒れていた。首の穴からは止めどなく血が溢れ出ている。つい数秒前まで彼の体内を循環していた鮮やかな赤色の液が、雑草交じりの乾いた砂地に吸い込まれている。



 「ぇ……」



 俺も、彼と寸分変わらぬ表情を浮かべていたに違いない。あまりの衝撃に目を見開き、叫ぶように口を開くこともなければ閉口もできない。ただただ顔の筋肉が、続いて体中の筋肉が弛緩していくのを感じている。


 悲しみも怒りも覚えることなく、ただただ”彼だった物”を見つめ、思考を停止させている。




 頭は回らないが、どうにか頭と視点だけは動かしてみる。とっくに銃声は下火になり、振り向いた先で俺以外の最後の一人が射殺されるのを目の当たりにした。



 見えない敵に襲われ(最悪包囲されているかもしれない)、苦し紛れの応戦を行い。その結果俺は、この部隊の中でただ一人の生き残りとなった。




 ………


 ……


 …




 数秒間、俺は動けなかった。台湾の時とは違う。ずっと一緒にいた、見知った仲間が目の前で殺されたのだ。訓練でうまくいかないときはアドバイスをくれたり、当初微妙に馴染めなかった俺と真っ先に仲良くなってくれた後藤二等兵。




 そして更に数秒、俺の思考は復活した。この間敵から弾が飛んでこなかったのは、俺が死んだと思われたからか。或いは、俺が完全に戦意を喪失したと踏んだからか。我ながらとてつもなく愚かだ、たぶん通常なら俺はとっくに撃ち殺されている。馬鹿だ、隙だらけだ。



 俺の脳内で、絶望は瞬時に怒りへと取って代わった。仇を取る。俺はこの状況を生き延び、そして敵を倒す――殺さなければならない。この、あまりに不利な状況で。


 まず、真っ先に場所を変える判断。敵が撃ってきた方向はおおよそ見当がつく、その方向からの弾が避けられるように位置取りを変える。移動は数歩で完了する場所を目的地に――ちょうどいい場所を見つけた、跳ねるように地面を蹴る。


 思った通り、数瞬遅れて敵弾が襲来。一発は地面に当たり、もう一発がそのすぐ近くで鈍い音を立てる。音だけでわかる、弾は”肉”に当たったんだ。……すまない、後藤。だが、それ以上に心の中で詫びる余裕はない。



 正直、少しばかり場所を変えたところで完全に敵弾が避けられるかは分からない。しかも、ここに居ても同じこと。こんな場所で満足に応戦できるとは思えない。銃は片手に持っている、銃弾は腰のポーチに数十発入っている。どちらも嵩張るが、絶対に手放せない。



 俺はそのまま走り――荷車が射線を切ってくれていることを願いつつ――、敵と反対側の森の中へと飛び込んだ。




 この蒸し暑い中長袖を強制されている理由が一つ分かった。細かい枝葉の茂る中進むと、露出した皮膚がダメージを負うのだ。本能的に銃を持ってないほうの片手で顔をガードするが、それでも掌の隙間から出た細かい枝葉が頬を擦り、防いだ掌にも飛び込んだ勢いと相まって擦過傷が残る。



 うつ伏せに飛び込んだ俺は、そのまま這って移動する。掌に走る痛みを堪えながら、そして頭上や近くの木々に銃弾が飛び交うのを極力意識しないようにして、そのまま「大丈夫、大丈夫」と自分に言い聞かせつつ進む。



 しばらく進んだ先で10秒待つ。相変わらず散発的な射撃音が聞こえるものの、俺のすぐ近くに弾が飛んできてはいないことを確認。


 すぐにでもこのまま森の奥へと逃げてしまいたい気持ちを抑え、極力音をたてたり木々に触れないよう注意しつつ方向転換。そしてゆっくり、ゆっくりと、広場の方へと這いずっていく。目を皿のようにしつつ、森林と広場の”境界”を探す。




 

 枝葉が薄くなってきたところで止まり、僅かな隙間からその先をのぞき込む。果たして、その先にはさっき見たばかりの光景が広がっていた。放置された荷車の数々と、戦友たちの屍。誰一人として動かず、ここから見える範囲では皆一様に肌から血の気が失せている。



 俺は、ここでしばらく身を潜めることにした。

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