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ひのくに戦記1913 -戦火の世界-  作者: 茂野夏喜
第一章 
41/134

開戦 3

 周囲は深い森、そしてなんとか設えられた細い道の中腹にある広場。広場と言っても、面積でいえば25mプールを3つほど並べたくらいの広さ。そこに荷車を雑多に並べ、護衛の兵も半分ずつ交代で休みをとることになった。


 腰に下げた水筒を取り出し、水を飲む。勿論保冷機能なんてないので常温のまま飲むのだが、我慢せざるを得ない。本能レベルで水分を求める肉体へ水分を補給する感覚、水とはかくも有難いものなんだと実感せずにはいられない。



 ……そして、同時にずっと胸騒ぎを覚えている。



 「刻峰、そんなとこにいたのか」

仲のいい隊員が話しかけてくる。俺は無意識に荷車が密集している箇所にとどまり、その中で周囲に生い茂る木々の様子をずっと眺めていた。

「あぁ……うん。なんかさ、落ち着くもんでさ」

「落ち着く、ね。まぁ、みんな日陰に座り込んでるしな」


 そう、俺以外の殆どの者は木の下や、或いはすこし離れた場所にある大型荷車のすぐ近くで日除けしているのだ。


 「なぁ」

「なんだ」

「……あのさ、ここって安全なんだろうか」


 俺の中で、嫌な予感はどんどん膨らんでいる。俺は森林の歩き方も戦場で生き残るコツも知らないし、植物学にも明るくない。だから、この場における俺は誰よりも素人に近い立ち位置の人間。俺の勘が当てになるとは限らない。むしろ、軍隊畑を歩いてきたみんなの方が”正しい判断”ができるに決まっているんだ。


 「そりゃ、まだマジでドンパチは始まってないからな。ここは敵の占領下にもないし、むしろ俺らが陣取ってる地域だ。護衛も一応警戒してるし、大丈夫だろ」

特に不安そうな様子もないみたいだ。



 ……でも。


 「……なんか、長居するとマズイ気がするんだよな」

新兵の勘が口を出る。

「ここさ、周りは木で覆われてるし、そこに何か隠れてても中々気づけないよね」

護衛の兵隊たちへ目を向ける。多くはライフル、中には散弾銃を提げている者もいるが、一応森の方に目を向けつつ近くの連中と雑談しているようだ。



 「隠れてるって、敵兵か?それともここ、虎とか熊とかいんのか?」

「あぁ、うん。勿論、野生動物もそうかもしれないけど」

そういや、この島の自然条件をあまり知らなかった。野犬とか虎とか、それこそヒグマみたいのが普通にいるなら結構危険だ。この任務が終わったら一応確認しとくか。


……ただ、今警戒すべきは。

 「敵兵がその辺で待ち伏せてても、俺らには中々分からないわけだ」




 「でもよ、まだ戦いは始まってない。前線で押し合いへし合いやるもんじゃないのかね」

「……俺は、この世界の常識とか戦争とかまだわかってない部分があってさ。杞憂なら良いんだけど、もうとっくにお互い宣戦布告は済ませちゃってるわけで。今ここで襲われる可能性だって全然あると思うんだけど」


 一応、俺なりに警戒はしていた。すぐ近くに自分用の小銃も置いているし、近くの荷車も遮蔽物として申し分ない。広場の外は木々で覆われ、そこに何があるのか確かめることも困難。そんな未知の領域に俺はずっと警戒心を抱き、皆のように寛ぐことはできなかったんだ。



 「心配しすぎだと思うけどな。あんな森の中を進んできて、そんな運よく俺らを見つけられるのかね。それによ、そんな大勢で来てんなら流石に分かるだろ」


 「……そうか」



 「まぁ、そんなに不安なら一緒にいてやんぜ!」

後藤宗助二等兵。俺と年齢はあまり変わらないが、こうやって気さくに話しかけてくれたり、何かと面倒見の良い俺にとっての先輩みたいな隊員。階級は同じだが、少なくとも隊にいる期間は彼の方が長いのである。俺の懸念を過ぎたものだと思っているらしいが、それでも一応は銃を近くに寄せて隣に座ってくれた。ついでに雑談や、身の上話なんかを聞かせてくれた。




………


……


…。




 しばらくして、「そろそろ交代だ」との掛け声が聞こえてきた。それに呼応して護衛役の中で銃を握っていたものはサッサと近くの木陰で横になったり木にもたれかかったりし、休憩中だった護衛役の者は手元の銃を一応手に持ったり、荷物の近くに銃を置きっぱなしだった者はダラダラと銃を回収しに移動を始めた。



 しばしの休憩で、気が抜けている者が多かったらしい。緊張感は殆ど失せており、警戒態勢も形式だけのものになりつつある。真剣に周囲の様子を伺っているのは俺と、あとは数人の護衛役のみ。その他の者は敵よりもそこらにあふれる昆虫の方に気が回っているらしく、服や荷物に着いたアリだかクモだかを追い払っているようだ。




 ……?


 よくよく木々の様子を観察しているとき、気になる低木を見つけた。所々に低木や草の茂みはあるようだし、それ自体は別に珍しいものでも何でもない。ただし、その低木は葉が周りのものより大きめで、しかも根元の方まで割とギッシリ葉が生い茂っているのだ。


 その低木の上の方を見てみる。似たような葉が、森林の上の方に多く茂っているのを確認できた。もう一度先ほどの低木に目を移すと、やはり同じ形をした葉が生えている。



 ……偶然、なのだろうか。他にも似たようなものがないか探してみると、いくつか同様の茂みが確認できた。そしてそのどれもが、先ほど発見したものと同様根元までぎっしり葉を茂らせている。


 いや、これって。まさか。




 よくよく目を凝らす。似た低木の中でも、比較的葉の茂りが少ないものを見つけた。その根元の方へと目を向ける。




 !?


「……後藤」

”そこ”を凝視したまま、話しかける。

「なんだ?」

不思議そうに返事をする後藤。

「あのさ、あの低木見えるか?」

そう言って、”そこ”を示す。工藤はしばらく木々を観察したのち、俺の示した場所がどこなのか理解してくれた。


 「あぁ、あそこな。あれがどうした?」

「不自然だと思わないか?」

「どういうことだ?」

「あの葉ってさ、ほぼ上の方にしかないんだよ。それが図ったように、まるで何かを隠すみたいにその辺の地面を覆ってる」

後藤は森を天井のごとく覆う葉の数々にちらっと目を遣り、改めて先ほどのポイントを確認。納得してくれたらしい。


 「あれ、もしかして……」


 不自然。それってのはつまり、人為的な何かがそこに介在してるってこと。ここは既に一応の戦場、子供の悪戯には思えない。


 つまり。



 ……つまり。




 「敵だ!!!!!」


 後藤の大声が響く。護衛の者、運搬役の者も皆一斉に声の方、もしくは森の方へと目を向ける。どうやら後藤は、俺と同時に”疑念”が”確信”に変わったらしい。森林の中に人為的な何か。あれが低木だとして、なんで根元の方までびっしり葉でいっぱいなんだ。あそこには日光も届いていない、とてもあの木が育って行ける環境じゃないはずなんだ!



 そして後藤が叫んだ直後、森の中から一斉に銃声が鳴り響いてきた。そんなに多数ではないが、油断しきった輸送部隊を攻撃するには十分な火力。銃を手にしていた護衛役の数人が真っ先に撃ち抜かれ、続いて木陰にいた者たちが次々と倒されていった。



 くそっ!敵の位置が分からない!


 倒木の近くに潜んでいるのだろうが、敵兵の姿まで確認することができない。うまく隠れているのか、咄嗟に構えた照準の先には草木しか見当たらない。



 こうやってモタモタしているうちにも、次々と仲間たちが倒れていく。銃すら持たずに撃ち殺された者、銃を手にかけた瞬間殺された者、敵の位置が分からずモタモタしているうちに殺された者、でたらめに発砲したものの威嚇射撃にすらならずそのまま殺された者。



 わずか十秒も経たないうちに、この場の半分が地に伏してしまったのである。

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