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ひのくに戦記1913 -戦火の世界-  作者: 茂野夏喜
第一章 
39/134

開戦 1

 世界暦1913年。この年は、世界史に残る最も重大な出来事と共に全人類に記憶されるものと、誰もがそう考えていた。


 世界を跨いでやってきた俺、刻峰将平も例外ではない。ルソン島。確か、今のフィリピンを構成する大きな2島のうちの一つ。そこから順次南下するという説明を受け、いよいよ戦場へ向かうのだという意識が日々強まっている。今度は迷い込んだ民間人としてではなく、自分なりの役割を持った一人の兵として派遣されるのだ。


 ……殺し合いの現場に向かう不安感と、それでも皇国ひのくにのために働けるとの思いが同時に心を突き動かす。その思いに突き動かされ、訓練や自主的なトレーニングへの集中力も高まるばかりである。



 日本にいたころと比べて、随分体つきも変わってきた。大学に入って以来鈍っていた体を徹底的に鍛えた恩恵か、だいぶ筋肉質になってきているのも分かる。たった数か月ではあるが、多くの知識と技術も身についている。俺はモラトリアムをいち早く卒業し、職業軍人へと転身したのだ。



 「ルソン島、か」


 思わず独り言が漏れる。これまで色んな訓練を受けても未だ戦場に送られる実感が湧いてこないのは、この国で育っていないからか。この時代に生きていないからか。ここにはインターネットもないし、テレビすら一般的でないし、モールス信号(なんとそのままの名前と形式で存在している)と有線電話がメインの通信手段。


 とっくの昔にバッテリーが切れてはいるが、一応スマホは常に携帯している。これが唯一元の世界とのつながりを示してくれるもので、俺が日本にいた証だ。もちろん充電器もないし、充電できたところで通信手段としては何の役にも立たない。余計に嵩張るものは持たないほうが良いのだろうが、それでも

これだけは手放せなかった。



 「……大丈夫、かな」


 客観的に考えなくとも、弱気だと自覚できる一言。中々眠れない夜には、考え事をする癖がついてしまっている。早ければ明日にも宣戦布告が出される状況、いくら疲れていても寝付けないのだ。




 窓を開け、夜空を眺める。星には詳しくないが、俺にはその星空がとても美しいものに見える。暗雲立ち込める世界情勢にも関わらず、星々は雲一つない夜空で綺麗に輝いて見えるんだ。


 煙草を取り出し、咥え、火をつけてみる。思えばここに来てからというもの、喫煙の頻度が少し増えたようだ。無理もない、時代が時代なだけに娯楽の種類が少ないのである。21世紀の各種誘惑に毒されてきた俺にとって、喫煙は貴重な娯楽の一つになってしまっているのだ。



 紫煙を燻らせつつ、物思いに耽る。これから始まる戦いは、俺の知っている第一次世界大戦とは色々違っているんだよなぁ。開戦の発端はオーストリアとセルビアのイザコザじゃないし、どの陣営のどの同盟国もそれなりにやる気満々だし、おまけに国家同士の対立構造もまるで違う。そもそも、枢軸国の主役ドイツ帝国は存在自体が消滅している。オーストリアもイタリアも傍観位置にいるし、ロシアにあたるロマノフも参戦する気はないらしい。


 ……つまり、俺の知識は何の役にも立ちませんでしたと。悲しいかな、ここじゃ俺は異世界人、異世界の事情を知っていたところで、ここの情勢には何の予測も立てられない。これが単純なタイムスリップとかなら、多少は『現代知識でメチャクチャ重宝される!!』とかもあったかもしんないんだけど。


 世界恐慌とか色々予言できてたら、なんか得できるんだろうか。……とか、不毛な妄想にも走ってしまう。俺にできること、俺にしかできないこと、そんなもんあるんだろうか。



 ……ま、一兵士として役に立てたらそれでいいかな、と結論付ける。まずは任せられた役割を全うするのだ、それでいいじゃないか。


 無駄な思考、終了。ついでに妄想も中断。煙草も吸い終わったし、そろそろ寝るか。



 寝床に入り、明かりを消し、布団をかぶって目を瞑る。



 明日は忙しくなりそうだ。





*  *  *




 


 その夜、寝苦しさを覚えたのは刻峰だけではない。嶺善も、勇田も、白楼も、信濃原も、明日以降を思うと安らかに眠ることはできなかった。早寝早起きが板についているような職業軍人でも、来るべき大戦争を前に枕を高くして安眠などできなかった。



 一人、いつのまにか姿を消してしまう男も大戦争の予感を覚えている。”世界最強”と謳われる兵士霧雨撒炎、彼も独自に仕入れた情報から世界情勢を人並み以上に把握している。


 彼は、班員でさえもほとんど知らない彼の居住地にて、独り夜空を見上げていた。ただし頭にあるのは刻峰のような感傷的な感想などではなく、来るべき敵国との戦闘のこと。彼には彼なりの理由があって戦っている。当然誰しも命を懸けるにはそれなりの決意と思いがあるわけだが、霧雨撒炎の場合は他の連中とは少し違った心持ちで戦いに臨んでいる。


 彼なりの、絶対に負けられない理由がそこにはある。



 「……そろそろ、出向くか」


 彼は夜空に向かって、そう独り言ちた。





*  *  *




 翌朝、皇国ひのくに軍全ての将兵に訓示が出されることとなった。既に事情は軍人のみならず民間人にも知れ渡っており、主に新聞や雑誌などのメディアによって『開戦間近』『大戦争勃発か』『両陣営一歩も引かずの極限状態』などの謳い文句で続々と報道がなされている。


 ……ちなみに、若干の言論統制は存在するらしい。とはいえその四文字からイメージされるような厳しいものではなく、あくまでデマや過激な誹謗中傷については許可が下りないシステムになっているようだ。具体的にどんな形で審査しているのかはよくわからないが、ともかくそういう感じらしい。




 俺も、他の兵隊達と混ざって運動場へと向かう。服装と年齢、それに各々の表情や雰囲気が違ったなら、体育祭の開会式にでも映るような光景。だがそこに居るのは黒っぽい軍服に身を包んだ厳つい体格の連中が大半を占めているし、年齢もほぼ全員が成人以上。皆一様に気楽そうな表情など見せていないし、とてもこれから楽しいイベントが始まるような空気でもない。



 そして丁度生徒会役員が居座ってそうなところには、立派な階級章や勲章を身に着けた連中が鎮座しており、とても校長先生とは思えないような、厳めしい顔つきをした初老前くらいのこれまたゴツイおっさんが壇上に上がっていく。




 この人が嘉神元帥か。実際に見るのは初めてだと思う、もしかしたらどこかですれ違ったりはしているかもしれないけれど、ここまで風格のある男を見て一切記憶していないとも思えない。


 「一兵卒からのたたき上げ」


 「連戦連勝、負け知らずの名将」


 そんな評判は何度も聞いてきたが、この人の風貌を見れば自然と納得がいった。その厳格な表情に、重なった皺の一つ一つに、鋭い眼光に、これまで戦いに全てを捧げてきた男の生きざまが溢れているように思えるんだ。






  「最初に、言っておく」

いかにもハードボイルドって感じの声。場に一層に緊張感が漂い、その場から一切のノイズが消失した。


 「これから始まるは、人類史上未だ例を見ないほどの大戦争である。もはや一部の国や地域、そのような規模で語られる規模のものではない。これからの世界情勢を決定づけるであろう、国の威厳と存亡その全てを賭けた、筆舌に尽くしがたい程の壮絶な死闘となることだろう」

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