特別講習 4
「……今、何と言ったか?」
「は、はい……ご、ご不安な事情がおありなのかと、そうお聞きしました」
「誰に、だ?」
「ボナパルト閣下に、でございます」
「フランソワ・ボナパルト。それはいったい、どんな男だ?」
「はい、類を見ない軍事の天才です」
「……わかってるじゃないか」
短い応答ですっかり機嫌を良くしたボナパルトは、部下の肩を優しくポンと叩いて席に戻った。
「冗談だ。タレーランのやることに、私は不安も疑問も抱かないことにしている。こういうやり方も、それなりの考えがあってのものと確信している。問題ない」
その様子を見て、安堵すると同時に小さくため息をつく部下。そう、これは彼にとってあまり珍しくもないやり取り、いつものことだ。先ほどのように不満を垂れたり起こったりするもの半分以上は演技である。
称えられてうれしそうな反応を見せるのは、きっと本心からなのだろうが。
「むしろ、ちょうどいい機会だろうな。我がボナパルト家の呪いを払拭し、誰が一番の天才なのか世界に見せつけてやろうじゃないか。それに、ひのくにには嘉神元帥がいる」
陣営のしがらみさえなければ、ひのくにとフランスの中は至って良好である。そのため、陣営対立が激化する以前は色々な方面での交流が活発に行われていた。……無論、軍人同士でもそれは変わらない。
その間、ボナパルトは何度も嘉神と対戦してきた。チェス、将棋、机上の演習。どれも、あいまいな結果に終わってお互い勝利も敗北もしていない。
「サッサと北連を潰せば、或いはオージーランドの連中が不利となれば戦場でひのくに軍と相まみえることもあろう。嘉神元帥の無敵伝説は、私が打ち破る」
そう言って、ボナパルトは不敵に笑って見せた。
* * *
英仏西からの要求に対し、デンマークは一切の回答を出すことなく北連及びアメリカ陣営各国との同盟条約を締結。英仏西、それにポルトガルを加えた4国から、1週間以内の返事がなければ実力行使に出る旨が通達される。それに対し、デンマークは黙殺する姿勢を継続し国境付近の民間人の避難と北連軍の受け入れを進めていった。
既に両陣営の各国は1週間後の開戦に向けて本格的な準備と総動員発令の体制を構築。こうなってしまえば、もはやデンマークがどのような動きを見せようと大戦の火ぶたが切られることは既に決定事項も同然である。
アメリカは、欧州方面と太平洋方面それぞれに派兵する用意を完了させた。欧州方面はエイダ元帥が直々に指揮を執ることになり、イギリスとの直接対決も想定されることから選りすぐりの部隊が数多く割り当てられた。
太平洋方面に関してはマキシ中将率いるPR軍を設置し、その傘下には通常の戦力に加えて精鋭を集めたPARHEG(太平洋地域統合本部親衛隊)、そして勇猛果敢と名高いNB(Nativ Bravers)連隊を置くことで補強。海軍に関しては欧州方面よりも力を入れた編成を行い、ひのくに軍と連携しできるだけ早いタイミングで敵の主戦力を叩き、余剰人員を欧州方面へ投入するとの方針も決定済みである。
また、アフリカ地域の動向に目をつけ現在モハメッド帝国との交渉を継続する旨を各国に通達した。
北連は、救援到着までできるだけ長い期間持ちこたえることが至上命題となる。そのためデンマークの国土を含めた広範囲にわたって防衛線を設置し、無理なく戦闘を継続する方針が立てられた。また戦線が後退する事態も想定し、それに伴う住民の避難計画を立てている最中である。
ひのくには、アメリカのPR軍と協力しオージーランドの主力を可及的速やかに叩くことが求められている。そのため全兵力を対オージーランド向けに展開し、少なくとも半年以内に敵兵力の大幅削減と主要な島々を占領することが課題。その上で、アフリカ経由にてヨーロッパ地域への派兵を進め大戦終息に決定打を与える役目を担うことになった。
インドは、主に中華帝国の動向を警戒しながらの参戦となるため大規模な兵力投入は困難であると主張。協議を重ねた結果、インド軍は太平洋地域及び東南アジア地域に存在する英仏の領土を攻略し、最終的にはひのくにと協力しつつオージーランド戦線を抑え続けることが主な役割となった。
イギリスは、フランスと同じくアジア地域の領土を『時間稼ぎ』用の捨て石にすることを決意。ただし、北連合との戦闘がそれほど長引かないとの見通しから早い段階でオージーランド軍との合流を検討するよう現地軍に通達。
欧州へのアメリカ・ひのくに軍上陸を海軍陸軍総出で妨害し、特にアメリカ軍の戦力を再起不能な段階まで弱体化できるかどうかで勝敗が決まるものと推測。そのため、最高戦力たる精鋭部隊とコマンド部隊の派兵は一時保留するものと決定された。
フランスは、デンマーク攻めの主力として動くことを期待されているため、本国のみならずアフリカ地域・旧ドイツ地域からの募兵・徴兵も含めて最大の戦力を作り出すことに腐心している。より北の地域で上陸するイギリス軍と共に北連の国土を蹂躙し、最終的にはノルウェー・フィンランド地域を占領することが当面の目標である。
スペイン・ポルトガルは共にイギリス軍の動きに追従し、北連合を海路から攻め上陸することになっている。ただしスペイン女王の意向により、一部部隊をフランスのデンマーク攻撃に回すということで当面の戦闘計画が確定。北連を追い詰めた後には、来るひのくに軍やその他の敵援軍を最初に迎え撃つ役割も期待されている。
オーストラリア及びニュージーランドは、少しでも長くひのくに、アメリカ軍を太平洋地域に引き留めることが求められた。できるだけ主力を温存し、敵にとって脅威であり続けることが勝利の鍵となる。オーストラリア、ニュージーランドそれぞれ別の国家ではあるが、基本的に同じ役割を担うことと兵の心理的抵抗感がほぼ皆無であるため、必要があればほぼ常に共同戦線を維持する形で戦うことになる。
カナダについては、過剰なほどのアメリカ軍を極力北アメリカ大陸に引き付け、太平洋方面と欧州方面へのアメリカ軍派遣を極力足止めする動きが求められる。また実質的にイギリスの傀儡政権であるため、本国の意向次第でいつでも方針転換できる点を生かしアメリカにとっての”目の上のたんこぶ”的存在として動き回ることになると予想される。
この情勢に未だ加担しない大国は、モハメッド、中華、ロマノフの3国。その他の諸国は中立を堅持する国、どっちつかずの態度で勝ち馬に乗ろうとする国が混在している状況。その全ての国々が、両陣営の対立構造の行く末を様々な思惑の元で見守っている。
宣戦布告の連鎖まであと数日。ひのくにでも、即応体制を作るために春宮総司令の指揮下で人員の配置を次々と行っていく。進撃ルートの決定、送り出せる物資の計算、そこから派遣可能な人員と兵器の量を確定。オーストラリアとニュージーランドの国力や地理的事情から、敵側の戦力も大まかに想定。
首尾よく進撃できた際の行動計画はもちろん、敵の抵抗が強く作戦が停滞した場合の次善の策も予め練っておく。敵国の物資量や兵の数は大まかに知れるが、軍の質や兵器の多寡は把握しきれないものが多いために計画立案は難航。それでも、開戦に向けての人員配置は着実に進行していく。
そんな中、嶺善班も刻峰の隊も派遣先が決定。両方とも、主にニュージーランド軍との衝突が予想されるルソン島へと送られることとなった。




