特別講習 3
刻峰二等兵の射撃訓練が行われたこの日、北連に対しデンマークからの連絡が入った。その内容は、既に皇国ひのくにの嶺善少佐をはじめとする勘の良い者たちが予想していたものとほぼ同じもの。
スペインを筆頭に、フランスおよびイギリスが合同で通達した”脅迫状”。一国家として、相手が誰であろうとどうしても受け入れることのできないものであった。
――北欧連合 フィンランド地区オウル 某所
北連首相マティアス・レーヴェン、およびフィンランド地区行政長官グスタフ・ノーブルは、ちょうどレストランの個室内で会食していた時にこの知らせを受けた。両名とも、予想だにしなかった、とは思わない。むしろ、ついにこの時が来たのだと、避けられない”大戦争”の最後の一歩がついに踏み出されてしまうのだと、そう感じていた。
「……そうか、ご苦労」
マティアスは、報告に来た部下を下がらせる。
「首相、ついにイギリス陣営が動き出したのですな」
「……そうだな、グスタフ長官。そして、我々の盟友が今まさに蹂躙されようとしているようだ」
「脱走者を手引きした者の調査、逮捕、処罰、ですか。なるほど、表立っての理由としてはいかにもありそうな内容です」
「そのために”多数の人員を送り込む”……。しかも、人員の中には軍人も含む、とな。更に、有事の際には”協議の上で”駐屯地の租借や物資の供給も要求する可能性ありと。いや要求なんてものじゃない、デンマークの国家主権そのものを脅かす事態になりかねん」
「というか、事実上の占領状態です。一人の脱走者を手引きしたという疑いに対して、過剰に過ぎる脅迫です」
「だからこそ、デンマークは我々に助けを求めてきたのだろう。彼らは、自らの国土が戦火に晒されてしまう運命にあることを承知しているはずだ。たとえスペインに味方しようと、我々に味方しようとな」
「そのうえで、我々につくという決断を……」
「どちらにせよ、苦渋の決断に他ならない」
マティアスはおもむろにビールジョッキを握り、二口分ほど飲んだ。グスタフは、ジョッキが置かれるタイミングを見計らい一応の確認を求める。
「首相、考えをお聞かせください」
恐る恐る質問する。――もっとも、その答えはその場にいるグスタフでも、そして今この場にいない各行政長官の二名でももろ手を挙げて賛成できるような今更聞くまでもないものではあるのだが。
「……”脅迫”によれば、要求に従わなかった場合デンマークに対して武力行使するとのことであるな?」
「えぇ、その通りです」
「ならば、迷うことはない」
残ったジョッキの中身を一気に飲み干し、宣言する。
「我が国の貴重な人材を保護した盟友デンマーク、彼らに我が国の総力を挙げて軍事的協力を行う。我らの盟友に仇為す者たち、デンマーク国土に侵略戦争を仕掛ける不逞の輩はすべて、叩き潰すのだ」
「……私も、賛成です」
北連は、公正さと礼節を重んじる国。特に、受けた恩義に対する見返りだけは絶対に忘れてはならないというのが常識。助け合った三国が互いを信頼し、ついに1つの国家としてまとまった歴史からも、この姿勢は北連に住む全国民の誇りである。たった一人であっても、北連人を救ったという事実だけで十分すぎる恩義にあたる。それを返さない手はないのである。
……同時に、数か月前にスペインで殺された罪なき同胞たちの弔い合戦という意味合いもあった。理不尽な被害に対して泣き寝入りするなど、絶対に許容できない。
「では、至急デンマークとの交渉をお願いします。私はジクフリットとレーヴェンに連絡を入れましょう。……もし反対されても、私の名誉にかけて二人を説得してご覧に入れます」
「では、頼んだぞ」
それだけ言うとマティアスは即座に部屋を退出し、表に待たせてあった車に乗り込むと直ぐにデンマーク大使館へと向かっていった。その姿を見届けたのち、グスタフもさっさと会計を済ませ同じく車に乗り込む。
街の光に色あせた星空を眺めつつ、これからのことを考える。先ほどのやり取りと決断から、デンマーク国境における戦闘開始までの猶予はあと1か月とないだろう。軍備は整えてある、即座に大量の人員を動員できる用意もある、既に英仏西三国と戦うことを想定した訓練も十分に行ってきた。
……準備万端。あとは、同盟国にこのことを通達するのみ。ひのくにもアメリカもインドも、同時参戦できる手はずは整っているはず。どこか一国が火ぶたを切れば、即座に加勢するとの約束を全同盟国間で取り付けてあるのだ。
だが、開戦間もない時期は北連一国で戦うことになる。初手で躓けば、アメリカの到着を待たずに敗北してしまうことだろう。仮に援軍が開戦に間に合ったとしても、決して外国軍に依存してはならない。大切な盟友ではあるが、自力で戦い抜くだけの覚悟は必要である。自分にも、軍にも、国家にも、そして国民にも――。
この日のうちにグスタフは二名の行政長官とコンタクトを取り、説得の必要すらなく両名から賛成の意を表明された。首相と3人の行政長官の意見が一致した場合、議会や諮問機関の承認や審査を経る必要すらなく即座にその決定は『合法』かつ『有効』なものとなる。よって、この瞬間北連の『デンマークを守るための軍事行動』を起こすことが確定。
なおこの決定については。後に行われた事後承認においても満場一致で可決された。
またマティアスもこの日のうちにデンマークとの正式な同盟締結交渉を開始し、翌日中には内容を確定。北連とデンマーク合意の下で、早急に『デンマークへの北連軍派兵』及び『戦闘が予想される地域に居住する民間人の避難』を行う手続きが開始されたのである。
* * *
――フランス パリ フランス軍統合司令部
「あまり、気が乗らないな」
世界で最も名高い軍人の家系に生まれ、その有能さを世界中に知らしめる天才軍人フランソワ・ボナパルトは、快適な革製の椅子にだらしなく座りながら部下に対して愚痴を零していた。
「……と、仰いますと?」
「何もかもが気に食わない。私の家系は北国と相性が悪いのだよ。わかるだろう?」
そう、かつて彼の先祖達は雪国で何度も辛酸をなめた経験があった。ボナパルト家にとって、寒冷地での戦闘は言わば不幸のジンクスとして語り伝えられている。
「……それは、そうですが」
目の前でため息をつく若き天才に対し、忠実な部下でもかける言葉を見失ってしまう。
「やり方も気に入らない。かの我儘女王の言いなりになって罪なき者を襲うなど、一体どんな大義名分を立てられるというのだ」
「……」
フランソワ・ボナパルトは、戦争の天才である。ただし戦闘狂であったり毎度手段を択ばないようなタイプではなく、あくまで納得のいく戦いの中で全力を発揮したいという、そういうプライドを持った天才なのである。
「誰だって賊にはなりたくない、そうだろう?」
「えぇ、それはもちろん、その通りです」
「だろう?今の私には、これから起こるであろう”大戦争”への気持ちの入れ方が、どうしても分からんのだよ」
悩める天才。そのプライドの高さで、他国の私怨事情への加担を迫られるのはどうしても許せないことなのである。軍人たるもの命令があればその通りに動くものだが、事情が事情であればやる気も出ないものである。
「あの。ボナパルト閣下」
「なんだ」
「……不安ですか?」
その言葉を聞いた瞬間ガタンッ、と勢いよく席を立ち、やや怒りの表情で部下に詰め寄った。




