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ひのくに戦記1913 -戦火の世界-  作者: 茂野夏喜
第一章 
36/134

特別講習 2

 ………


 ……


 …



 「普通に、当てられるようになってきてんな」

「そうですね、教え方が良いんでしょう」

「……俺、あいつの筋は悪くないと思うけどな」

「それは、貴方みたいな狙撃手としてって意味ですか?」

「いや、なんつうか……天才じゃないけど、運動音痴じゃなさそうだ。そもそもよ、あいつ台湾でなんか張り切ってたんだろ?」

「ええ、無謀なことをしていました。大人しくしているべき時に、負傷者の移送を手伝ったり色々と」

「……根性あるじゃん?」

「幼稚なだけです」


 刻峰二等兵があれこれ教育されている間、彼の様子を眺めつつ会話が続く。なんだかんだ言って、二人ともそれなりに刻峰のことを気遣っている。


 勇田が刻峰個人を心配している一方で、白楼は春宮総司令の顔を立てるという意味合いでの懸念が強いのであるが……。



 「だがまぁ、輜重部隊だろ?滅多なことじゃ襲われないと思うけどな」

「……それは、これまでの戦いでの話です。経験則も大事ですが、それに囚われると痛い目を見ますよ」

「そりゃそうだ」



 ………


 ……


 …



 伏射、立射、座射、それに各種依託物の利用を想定した射撃。かなり時間をかけて一通り学んだつもりが、実際には丁度正午を回ったあたりの時間であった。練開始が午前7時頃。つまり、5時間かそこらで基本の射撃姿勢を学び終えたことになる。


 「とりあえず、一通りは教えた。あとは体に叩き込むだけだ」

「はい、ありがとうございます!」

どの姿勢でも、最終的に輜重部隊の他のメンバー同様の命中率を叩き出すことができた。


 「だいぶ、自信が付きました。あとは体で覚えてスムーズに構えられるようになればって感じですかね」

「そうだな。当然、射撃精度も高めていく必要がある。現実的に狙える距離が延びれば伸びるほど、戦場では有利になるからな」



 「刻峰二等兵、徳長曹長、飯時だ。一旦休憩といこう」

白楼、勇田両名と訓練を見守っていた嶺善さんの号令で、俺らは食堂へ向かうことになった。


 「ちなみにだ、刻峰。昼飯食ったら晩飯の時間まで訓練の続きだ」

マジか。

「了解です」

一応、ちゃんと返事。流石に撃ち疲れてきた感があるけれど……。


 「班長、確か、今日でできる限り”実際に戦えるように鍛える”とのことでしたな」

「その通り。徳長、しっかり頼む」

「了解」


 ……”実際に戦える”とは?気になるが、とりあえずは大人しく昼食タイムへと突入することにした。




*  *  *




 午後の訓練は、基本的にひたすら各姿勢での射撃を行うといった内容だった。そして、俺がひたすら射撃を繰り返している間に徳長さんは適宜アドバイスをくれたり、従軍に際しての心構えなんかを教えてくれた。



 「刻峰、お前は最前線に立たない職務だ。だが、だからと言って安心はできない。わかるな?」

「はい、だからこそ、今こうして戦えるように射撃の練習をしているわけですよね」

「そうだ。基本的に、軍隊は兵站無くして戦えないものだ。だからこそ、我が軍の輜重部隊というのは敵にとって格好の標的となる。それも分かるな?」

「はい、補給の重要性は白楼さんに、そして教官の方々にも座学の講義にて教わりました」

「よかろう。……ん、姿勢が崩れているぞ?」

「はい、直します」




 「ところで、刻峰。お前、人を殺したことがあるか?」

ちょっと、ドキッとした。いや、当然そんな経験ないんだけど。

「……いえ、ありません」

すこし、着弾点が逸れた。動揺してしまったのだろうか……?


 「軍人たるもの、戦いに際しての覚悟がなければ務まらないものだ。既に見て来ただろうが、台湾でも我々は皆躊躇なく敵を殺している。軍人として当たり前のことに思えるかもしれないが、実際にはこれも大変難しいことなのだよ」


 人は、そう簡単に人を殺せない。たとえ心底憎い人間が相手であっても、自分に対しそれなりの言い訳をして正当化しなければとても踏み切ることはできないんだ。


 「それは、まぁ……。」

ある意味、俺に対する教育の中で最もシビアなのがこの辺りの心構えってやつなんだろう。




 「人を殺せるってのは、才能なのだ」

照準器と標的を注視している俺には、徳長さんの表情が見えない。だけど、その声から、彼が現在いたって真剣な表情で説教しているのが良く伝わってきた。


 「我が軍に限らず、世界中のあらゆる軍隊でこの問題は存在している。たとえ敵を捕捉し、もう引き金を引くだけで倒せるような状況を作れたとしても、そこで撃てない兵はいるのだ。或いは、わざと当たらないように狙いを逸らして撃ったりな」


 想像に難くない。たとえ敵だとしても、そこにいるのは人間。人一人の命を奪うのに、何のためらいも持たない人間など稀有な存在に違いない。そこが戦場という過酷な殺し合いの現場であったとしても、やはり覚悟を決めきれない人間はいくらでもいるだろう。



 「勿論、そうならないように教育するのが軍隊だ。平時から敵国の人間や民族に対する敵愾心を煽ったり、或いはそもそも敵を人間じゃない何かだと認識するよう洗脳に近い教育を行う場合だってある。極端な例だと、文字通りの人殺しを訓練課程に加えたりだとかな」

「……」

さすがに聞いたことがないけれど。ただ、”ありえない”話でもないと思える。敵を倒せない兵士をまともな戦力として数えるのは難しいし、戦国時代の大合戦でも”真面目に”戦っていた人数は意外なほど少ないとは聞いたことがある。


 敵を倒せる人間が8割の軍隊と3割の軍隊があったとして、普通に戦えば勝つのは前者。まずそういう人間を少しでも多く作り出すため、戦争に勝利するという国家の存亡すら左右しかねない大仕事を無事達成するため、少々非人道的な策を取る。そう考えれば、理屈として何もおかしいことはない。



 「我が軍においては、そういう極端な教育を行うことはないのだがな」

少し安心する。

「ただ刻峰、考えてみろ。もしお前の隊が襲われたとして、なおかつ護衛も頼れないものとして。お前が敵を倒せなかった場合、どうなる?」

……。

「戦闘に負ける確率が、上がります」


 「確かに、そうだな。お前の部隊は戦力的不利を強いられ、お前が倒すはずだった敵の手によって味方が殺されることになる。無論、お前も死ぬことになるだろう」

「……」

そう、なんだよな。今は標的相手に撃っているけれど、いざって時には照星の先に人間がいるかもしれない。……むしろ、そうなるんだって覚悟しときゃいけないんだ。




 「俺は今日一日お前を指導していて、誠実な人間だと判断した。至って真面目で、人と強く争うことはあまりない環境で生きてきたのだろう。強く憎しみをぶつけ合うこともなく、殺人衝動を覚えることもなく、な」

また、弾が逸れる。的を外してはいないが、安定しない。


 「それに、お前はそもそもこの国で生まれ育っていない。正直、国家のために色んな覚悟ができるほどの人間だとは思っていない。どんなに恩を感じていたところで、その恩義が理性を超越することはなかろう。……国家という偶像に対しても、皇帝陛下に対してもな」

「そうかもしれません。この世界やこの国のことはだいぶわかってきましたけど……」


 「そこで、だ」

一息ついて、改まったように話し始める。



 「大きな偶像を前にしても強く忠誠心を持てないならば、まず周りの仲間たちのことを考えろ。我々もそうだし、今所属している部隊のメンバーもそうだ。それから、世話になっているであろう春宮総司令のこともな」

「……はい」

「お前は戦うための人材として入隊した。そのお前を助けてくれている多くの人間のことを敬い、大切に思え。そして、その各人に危害が及んだ時には……”最善の策”を取れ」

「……」


 「天秤にかけるのだ。お前にとって大事な人間と、大事な人間を殺そうとする者の命を。二つともは選べん、選べるのはたった一つだ。どんなにやさしい人間でも、後者を優先することはあるまい。わかったか?」



 ここに来て知り合った人たちを思い浮かべてみる。春宮総司令、嶺善班の各員、今居る部隊の面々。みんな俺にとっては数少ない顔見知りであり、大事でかけがえのない人たち。元の世界から飛ばされてきた俺にとって、自分の命の次かそれと同じくらいに大事な人たち。


 俺を、信じてくれた人たち。




 「……はい」

そう答えて、最後の一発を発射する。弾丸は、的の中央にキレイな弾痕を残した。

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