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ひのくに戦記1913 -戦火の世界-  作者: 茂野夏喜
第一章 
34/134

入隊 4

 「制服が似合ってきたな、刻峰」

「ありがとうございます。中身はまだまだですが」

この日は、久しぶりに嶺善少佐――軍人として、階級や役職で呼ぶ習慣が定着しつつある――と会うことができた。


 春宮総司令官からの指示ってこともあるんだろうけれど、彼は俺に対して多少なりとも個人的に気を使っているように思える。俺が輜重部隊に配属されて会う機会は減りつつあるが、それでも機会があれば積極的に話しかけてくれているのだ。



 「色々と話は聞いている。訓練は卒なくこなしているようだな。各教官からも、平均水準より学習が速いと評判になっているそうじゃないか」

「いえ、そんなことは。色々至らない点はありますし、他のみんなに比べてできないことも多いです」

「まぁ、そう焦ることはない……と、いいたいところなんだがな」



 そう言いつつ、いつものように煙草を吸い始める嶺善さん。俺は気にならないし自分も喫煙者だから別にいいんだけど、この世界、この時代観って禁煙とか分煙って概念が殆どない。軍隊だからって事情もあるんだろうけど。



 「俺は、もう数か月の猶予もないものと思っている」

「と、言いますと」

「……”噂”、なんだがな。だが、確度の高い”噂”だ。最近、イギリス陣営がデンマークに対して何らかの圧力をかけてるって話だ」


 デンマーク。丁度ドイツとスウェーデン(つまり北連)の間に位置する、北海とバルト海に挟まれた国。この世界においてもそこまで大きな影響力を持っているわけじゃなく、米英対立においても比較的中立の態度を堅持していると聞く。北連人のスペイン脱出に際して、デンマークはしらを切りつつ安全に通過できるよう陰で色々手配していたらしい。


 「俺らにもそんな話が出回ってるってことは、あちらさんにも筒抜けってことだ。少なくともスペインにとっては見過ごせない話であるし、開戦の大義名分を探しているイギリス陣営全体にとっても利用しやすい疑惑になる」

「なるほど」



 聞けば聞くほどひどい話だ。大規模な陣営対立に関わりたくないのが本音であろうに、スペインと北連のいざこざに巻き込まれたデンマーク。命からがら逃げてきた者を見捨ててしまうか保護するかで、どちらの陣営にも目を付けられる可能性がでてきてしまう。対外的に黙認する、勝手に通っただけだし知らないですよって態度を取ることでギリギリ中立を保とうとしたのだろうけれど、それでも結局助かったのはアメリカ陣営の北連人。


 そもそも対立陣営の間に位置しているだけでも中立堅持なんて困難だろうに、よくここまで両国のとばっちりを躱し続けたものだと、むしろデンマークの手腕に驚嘆してしまうくらいだ。



 「圧力……ですか」

「そうだな。例えば、物資を売れ、寄こせだとか。或いは逃亡者の経路調査などの名目で、”武装した”調査団を派遣させろとかな」

「それって、ほとんど脅迫に近いものだと思いますけど。前者はともかく、武装した連中を派遣するって……穏便じゃないですね」

「ああ。間違いなく、逆らえない状況になるな」


 『間違いなく』。あくまで噂ベースの仮定って前提のお話だけど、嶺善少佐の物言いにはかなり現実感が伴っていた。いったいどこでその”噂”とやらを仕入れたのだろう……?




 「仮にその話が本当だったとして、戦場はどのあたりになるんでしょうか。最近、訓練の内容が変わってきてるみたいですけど」

「大陸での作戦を想定したものに、島嶼部や森林での作戦を想定したものが追加された、と」

「そうです」

考えてみれば、他の部隊も戦場は同じ。俺の部隊でそうってことは、他の所でも同じような状況を想定した訓練が行われてるってことか。


 「……まぁ、何もおかしいことはあるまい。英仏の連中は東南アジアにも領土を持っている。そこを無視するわけにはいかんし、我々がそこへ派遣されるのならば当たり前に備えもするさ」

新しい煙草に火をつける嶺善さん。……実はヘビースモーカーなのか?それなりにチェーンスモークしてるっぽいけれど。


 「ただな。気がかりなのは、この訓練が一部の部隊だけでなく全軍挙げて行われてるってことだ」

……?

「それって、どういうことなんでしょう?」

「英仏の領土も、そんなに広いわけじゃない。なにも全軍挙げて攻め込むなんぞ、とてもじゃないが想定できない。つまり、だ」

……!

「島嶼部地域で、英仏以外の大国と戦う可能性があると」

「その通り」


 となると、候補など1つ……いや2つしかない。

「オーストラリアと、ニュージーランド」

「そういうことだ。公式に声明も連絡も未だ出ていないため何とも言えないが、そうとしか考えられない」

「でも、あの二国とイギリスは仲が悪いって聞いてます」

「あぁ、そのとおりだ。だがな、刻峰。国家ってのは、感情だけで動くものじゃあないのさ」




 思い出してみる。かつて犬猿の仲にあった国同士が手を組んだ実例。考えてみれば別に珍しくもない、それこそ日本世界での英仏はナポレオン戦争の頃なんかは明確な敵対関係にあったけれど、ドイツと戦う頃にはロシアも含めた三国協商で仲間になっていたじゃないか。


 そもそも中世や近世の欧州なんて、戦いのたびに敵味方が入れ替わってるってのもよくある話。規模が大きくなれば、感情的なしがらみよりも利益を重視するなんて当たり前のことだ。



 「……そう、ですね」

「まぁ確定した情報でもないがな。本当なら、そのうち上からお達しが来るだろう。オージーランドは敵になりましたってな」


 「ちなみに、オーストラリア、ニュージーランドってのは大きな脅威になりえるんでしょうか」

この世界のパワーバランスや国力はイマイチわかっていない。大国ではあるのだろうけれど。

「我が国と争った経験は殆どないからな。今の奴らがどの程度の実力を持っているのかは未知数だ」

それは残念。


 「だが、油断のできる相手ではない。彼らも海洋国家だし、戦い方は我が国と似たものであるかもしれない。資源の量でいえば、まず我が国一国で対等に張り合える相手じゃないだろうしな」

……。

「だからこそ、我々は極限まで”質”を追求する必要があるし、戦力的に劣っているならそれなりの戦い方も用意する必要がある。それに、悲観することもない。アメリカとしては太平洋を抑えられると厄介極まりないはず、援軍は必ずやってくる」

「そりゃ、心強いですけど……」



 「不安か」

「……はい。なんだか見透かされてるような気がしますよ、嶺善少佐」

そう、いざ戦いになったとして、俺は最前線に立つような役職に就いていない。ゆえに、前線でドンパチすることはあまり想定しなくても良いはずなんだ。


 だけど。



 「不安ってのはな、自身がないから湧いてくるもんだ。そうなると心が弱くなる、その時に最適な判断ができず、消極的になっちまうこともあるもんさ」

「……」

「そう暗い顔をするな。さっきのは嘉神元帥……つまり、俺らの最上級の上司が言ってることなんだ、間違いない」

「自信……ですか。難しいですね」


 万が一のことがあって。戦局不利になって兵科問わず敵と戦うことになった場合、当然俺も銃をもって敵と殺し合いをすることになる。敵が脅威と聞けば、そりゃ不安にもなる。殺すことも殺されることも恐ろしいが、何より……。



 「銃がマトモに扱えなきゃな。そりゃ、不安で仕方ない」

そう言って、嶺善少佐は立ち上がる。



 「刻峰。明日は暇なのだろう?

「はい、訓練もないですし、完全に非番ですね」

「そうか。どうせ筋力の鍛錬なりなんなりするつもりだったのだろうが……明日、俺のとこまで来い」

「……はい、問題ありませんが」



 「射撃を教えるに最適な人材を知っている。お前は明日中にも、満足に戦える男になっているだろうよ」


 嶺善班長は、自信満々の顔で俺にそう告げた。

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