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ひのくに戦記1913 -戦火の世界-  作者: 茂野夏喜
第一章 
32/134

入隊 2

 ―― ひのくに皇軍博多指揮所 総司令官執務室



 窓から差し込む夕日が、司令官のデスクと二人の足元をオレンジ色に照らしている。デスクに座る春宮翡翠は、凛とした表情で二人の顔を交互に見つめている。その表情の中に、これから通達されるであろう情報がどれ程重要で深刻なものなのかを言葉にされるまでもなく察してしまう二人の男。



 一歩兵から着実に出世を重ねてきた超実力派の陸軍総司令官、嘉神英俊。現役格闘家のような見事な体躯を誇り、彫りの深い顔つきと短く切りそろえた黒髪に加え齢54年分相応の年季が入っている。少年のころから身体の鍛錬と勉学を絶やさない努力家であり、この地位に上り詰めるまで自ら指揮を執った戦いの中に一度も敗北を味わったことのない、その存在自体が努力の結晶ともいえるような鉄の男である。


 名家出身で”親の七光り”と称されつつも、ジワジワとその才能を開花させつつある海軍総司令官、雷玄三。とんとん拍子の出世コースにコンプレックスを感じつつも、相応の実力を身につけねばならないと努力を重ねている。それでも追い付けない嘉神元帥の偉大なる背中を追い、常にその姿を自らの目標として捉えている。



 両名共に開戦の時に備えて軍を育てており、上から情報が下りるたびに適切な教育と部隊編成を行ってきた。これから行われるのは、その答え合わせにも等しいものである。



 「結論から言います」

春宮翡翠は、倍以上年の離れた部下に対しても”上官”としての顔を崩さない。自分の役割を果たすため、不必要な”甘さ”は捨てることにしているのだ。

「オーストラリア及びニュージーランドは、イギリス陣営に加担することになりました」

聞き手の両名は、嘆きも驚きもしない。彼らも、自分なりの態度というものを弁えている。

「地理的条件から言って、わが軍は太平洋地域及び東南アジア地域での活動を担うことになるでしょう。これまでの仮想敵国はイギリスおよびフランスが主でしたが、これにオーストラリア、ニュージーランドが加わるということです」



 その言葉を聞いて、『やはりそうなるか』と思う二人。ただしその後『軌道修正の必要なし』と続く嘉神に対し、雷は不安を拭いされないでいる。


 勿論、このこと自体は想定内といえば想定内の事態。何も不思議に思ってはいない。だが、海軍率いる雷としては『対英仏への対処』と『オセアニア両国への対処』を全くの別物と捉えており、そのどちらかを重点的に対策せねばならないと考えていた。


 それにオーストラリアともニュージーランドともこれまで交戦経験がなく、両国の要する艦隊の規模や練度はいまだ掴めずにいる。イギリス譲りの戦法を得意としているのか、或いは地理的事情に合わせて全く別の戦法を編み出しているのか。


 またこうなってしまった以上、陸軍への支援と敵艦隊への対処も並行して行うことが要求されてくるはずである。この地位での戦闘指揮など執ったこともない雷元帥には、どうすればいいのか自分なりの答えが用意できていない。これから自分が為すべきこと、出すべき指示、リソースの分配……。課題は山積みである。



 「戦力でいえば、我々が不利になったものと思われますな」

そう言いつつ、不安らしい不安を抱えていない様子の嘉神。

「ええ、兵の数は極端に少なく、また艦船の数でも負けていますね。我々も彼らも島国ですが、資源の差というものは絶対的に存在しています」


 「しかし、アメリカからの助力は期待できるはずです。彼らも太平洋地域に領土を保有しておりますし、そもそも欧州方面と太平洋方面の両方へと戦線を敷く用意をしていると連絡がありましたな」

雷元帥なりの状況分析。当たらずも遠からずであるが……。



 「雷元帥、その思考はあまり勧められん」

師とも呼べる男の言葉に耳を傾ける。

「……どういう意味でしょう」

「確かに、アメリカの軍は規模が大きい。それに太平洋方面での戦闘も想定しているようだし、また戦いにも慣れているだろう。だが、彼らにとっての主戦場はヨーロッパだ」

そう、戦いの主役はあくまでアメリカとイギリス。それ故にアメリカ軍が主軸としているのは欧州方面での戦いであり、欧州へつぎ込めるリソースを割いた後に出せる戦力が太平洋へと送られてくる。これ自体は周知の事実だ。


 「それにな……これはあまり言いたくないのだが……」

渋い表情の嘉神。言いたいことを事前に察した春宮翡翠は、嘉神の発言をマイルドに代弁する。


 「太平洋地域へ派遣される米軍の司令官は、その技量を少々疑われているようです」

耳聡い春宮翡翠、そして陸軍幹部として面識のある嘉神は、米軍中将マキシ・レイナーズの凡庸さをよくよく理解している。そのことから、二人が共通して感じていること。正直言ってアメリカは、太平洋の戦いに関して本腰を入れていない――。



 「要するに、この地域での戦闘の主役は我々なのだ。それを考えて備える必要がある、他国の助力はあまり当てにするな」

厳しい現実。雷の不安は募るばかりだが、同時に『では、どうすれないいのか』と思考のスイッチもを切り替える。



 「承知しました。ご忠告、感謝いたします」




 

 今後の方針についてしばらく話したのち、嘉神と雷が退出。それを見届けた春宮翡翠は、自分以外誰もいない部屋の中、小さくため息をついた。




*  *  *




 「嘉神元帥、お聞きしたいことが」

「なんだ」

それぞれの執務室へ戻る前に、雷は師へと疑問をぶつける。


 「嘉神元帥は、自分の才覚に疑問を持ったことはありますか」

「ない」

即答。

「私は、常々努力を怠らぬようにしている。誰にも負けぬよう必死に学び、鍛え、ここまで来た。この先一生涯、私は敗北も後悔もしないことだろう」

自信満々の態度の裏には、これまで積み重ねてきた想像を絶する苦労と努力がある。だからこそ、ここまで鍛えた己を絶対的に信じられるのだ。


 「そう……ですか」

この人の凄さは知っている。自分が入隊後少佐クラスで配属されたとき、嘉神は自分よりも上の地位にいた。それが一兵卒から着実に階級をのし上がってきたものだと知り、その人格と実績に胸を打たれたからこそ、それに倣って努力を重ねた今がある。


 「……一つ、教えておこう。雷元帥」

「何でしょう?」



 「不安を覚えるのはな、自分を信用できないからだ。お前が自分を信じられるようになれば、自分自身の考えや出した結論に対して不安を抱かずに済む。堂々としていられる。そうした上官の態度を見て、部下たちは信頼し、進んで付いてくるようになるのだ」

雷にとって、この上なく説得力のある言葉。自分が最も尊敬する軍人、嘉神英俊。彼のようになるには……つまり。


 「つまりだ、」


 雷元帥に背を向け、たった一言、



 「鍛えろ」


 その言葉だけを言い残して、嘉神は歩き去っていった。




 「待たせた、綿姫」

執務室に戻った雷元帥に、副官は敬礼で応じる。

「いえ、今しがた作業が終わったところです」


 ひのくに海軍副総司令官、綿姫麗羅。肩のラインより長めの黒髪と赤フレームの眼鏡がトレードマーク、いかにもキャリアウーマン然とした女。ひのくに軍においては女性軍人として初、しかも26歳という異例の若さで最高クラスの職務に抜擢された、ひのくに海軍の期待の星。かつて年功序列の気が強かった頃にも信じられない人選であるが、開明的で実力を重んじる春宮翡翠総司令官からは『適任』と評されている。


 「……我々は、オーストラリアとニュージーランドを打倒せねばならん」

雷の表情は、読めない。

「そう、ですか」

それを聞いた綿姫副指令は、少々落ち込んだような表情を見せる。


 雷は、先ほどの会話を思い返す。俺は鍛える。強くなる。この先、絶対に負けない。部下に対し、不安な思いを抱かせないために。



 まずは、虚勢でもいいだろう。


 「心配は要らん」

顔を上げた綿姫副指令に、雷は自らに嘉神元帥を重ねてこう言った。



 「備えは十分である。あとは、”鍛える”だけだ」

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