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ひのくに戦記1913 -戦火の世界-  作者: 茂野夏喜
第一章 
30/134

軍靴の足音 4

 それから約三か月の間、俺はひたすらに体を鍛え、体力作りに勤しんだ。いわゆる「適切に休ませながら」というものではなく、動かせる範囲でより多く筋肉と肺を動かし続けて「慣れ」るようなトレーニングの連続。別に筋肉の肥大化が目的じゃないので、筋肉の回復だのなんだのってのは殆ど考慮していない。


 それでも、筋肉の破断と回復は日々続く。栄養補給もかなり徹底して行ったので、目に見えて体が鍛えあがっていく。肺も毎日毎日限界まで使い込んでいくことで、それなりに呼吸のコントロールも効くようになったし、バテずに走れる距離も少しづつ伸びていった。


 ……これでもまだまだ足りないレベルだけど、今できる範囲での努力としては十分すぎるほどだ。


 どこにこんなやる気が眠っていたのか、或いは湧き上がってくるのか。俺にもよくわからないが、この時の俺にとって頑張ることってのが辛かったり心の負担になるものではなく……。うまく言えないが、むしろ『こうして日々努力してるんだから”大丈夫”だ』って感じで、心の支えになってたのだと思う。



 当然座学の方も疎かにしない。軍隊生活についてのあれこれに加え、主にこの国の歴史と世界の大まかな歴史も学んだ。内容は精々(日本でいう)中学校レベルくらいだったが、それでも3か月だと結構大変だった。俺の知っている日本世界の歴史とは違いも多く、例えば天皇家なんて存在していないし、代わりにいくつかの”朝廷”が誕生しては滅んでいる。また外国との戦いや侵略を受けた回数についても、日本では精々古代朝鮮との小競り合いと元寇くらいしか大きなものはなかったけれど、ひのくにに関しては周辺諸国とちょくちょく戦っていたらしい。


 とりあえずは、最低限必要な体力と知識は身につけられたらしい。白楼さんにも嶺善さんにも感謝しかない。




 俺の部屋に、嶺善さんと白楼さんが訪ねて来た。いよいよ、配属先通知……!


 「正式に配属先が決定した。刻峰将平二等兵……お前は、明日より輜重部隊に配属される」

「まぁ、なんとかうまくやれるでしょう。銃の扱いや格闘技術に関してはイマイチですが……」

そう、実は射撃や戦闘技術に関する訓練は殆ど受けていない。最低限歩兵銃の操作方法と扱い方に関する手ほどきは受けたものの、ほぼそれだけ。そのあたりに関しては、実際に隊内で他のメンバーと共に学ぶ運びとなっている。


 「今まで、本当にありがとうございました!」

背筋を正し、気を付けの姿勢を取り、敬礼。こういうこと細かい動作に関しては、義務教育の間に体育やら何やらで鍛えられてたもんですんなりと受け入れることができた。みんなで綺麗に同じフォームで体を動かすって、なんかいかにも軍隊って感じだ。


 「……輜重部隊とは言え、勿論楽な仕事ではない。今更言うまでもないが、兵站とはいわば軍隊の生命線。それほど重要な任務であるし、無論敵も積極的に補給を絶とうとする。食料がなければ生きていけぬし、武器弾薬が尽きれば戦えないからな」

「勿論、心得ています」

そう、事前に『輜重部隊への配属が濃厚』と聞かされていた。そもそも今の俺にできる仕事って言ったら戦闘以外の分野だし、機械を扱ったり船を動かしたりって技術も持ち合わせていない。その中でいえば、物資の運搬ってのは今の俺にとってピッタリな仕事なのかも。



 「くれぐれも気を付けて。我が軍の兵になるとはいえ、貴方は元別世界人、……微妙な言い回しですみませんが、特別な存在です。春宮総司令もあなたの身を案じておられますので、自身の安全管理を徹底してください」

白楼さん、なんだかんだで俺のことを心配してくれてるのか。

「……私は、春宮司令が心を痛めるようなことを望みませんので」

……。

「……勿論です!」

「当然、戦闘訓練も真面目に取り組むようにしてくださいね。自分で自分の身を守れるようにって、つまり戦えるようになれって意味ですから」

「……了解!」

少しでも安心してもらえるよう、言葉に自信を込める。


 「共同生活とはいえ、寝るのは今の部屋だ。起床時間等の生活リズムはここ3か月と大きく変わらんはず、おまえなら問題なかろう」

日本にいたころは寝るのも起きるのも遅かったが、今や完全に早寝早起きが定着しつつある。人間の適応力ってすごい。いや、マジですごい。

「……ただ、白楼の言う通り。お前は戦えるようにならねばならん。奇襲を仕掛けてくる敵に対応できねば、死が待つのみ」

嶺善さんは、改まった態度で俺としっかり目を合わせ、言葉を続ける。

「……つまり、だ。前線に立たないとはいえ、お前は敵を”殺す”必要が出てくるってことだ」



 嶺善さんの表情と目は、これがこの上なく真面目な話なんだぞって訴えかけてくる。そう、物資運搬係とは言えども戦闘地域の近くへと赴く機会もあるはず。そうなれば敵に襲われるリスクも当然あるし、その際戦えなければ任務達成も自身の生存も絶望的となる。


 「……もちろん、これからも真面目に学んでいきます。嶺善さん、白楼さんに基礎は教えてもらえましたし、これからの訓練にも問題なく参加できるはずです」

「……平和に育ってきたというお前さんだ、そこだけは心配だな」

「……?」

ピンとこないって表情の白楼さん。そりゃ、別世界の生活なんて中々想像出来るものじゃないはず。


 それから細かい連絡をいくつか受け、

「何かあれば、俺や白楼を頼ると良い。それじゃ、配属先でもがんばれよ」

「頑張って下さいね」

「はい!」

俺は、いよいよ独り立ち(?)することになった。離れ離れになるわけではないけれど、直属の指導員としての二人とはお別れである。


 去りゆく二人の背中に寂しさを感じるものの、俺はこれからこの世界で一軍人として暮らしていくことになるのだ。自分で選んだ道だ、今更泣き言など言えない。言えるはずなどないのだ。



 その夜、俺はあまり深く眠れなかった。明日以降の配属先に対する期待と不安が、平穏な睡眠を許さなかったのである。




*  *  *




 「彼、うまくやっていけるでしょうか」

「あいつは優秀だ、素養は問題ない。頭も回るようだし、体力も十分につけてある。入隊の時期が遅いってのはあるが、やる気で補えるだろうよ」

刻峰二等兵と別れた帰り道、嶺善と白楼の二人はそんなことを話していた。

「私は心配です。彼は、平和的すぎる」

「……」

それは嶺善も心配しているところであった。仲間とはうまくやっていけるのだろうが……。


 「優しい人間は、戦場で真っ先に死にますよ」

白楼の経験則、そして人生観。戦いに際して、非情さを持てない者は敵を殺せない。これまで生き延びてきた面々は、誰しも(最初はどうあれ)今はためらいなく敵を殺せるだけの非情さを持ち合わせている。もちろん、勇田や信濃原であってもだ。


 「確かに今のあいつが目の前の人間を『敵だ』と言われたところで、殺せないだろうな」

フィジカルを鍛えたからと言って、本当の意味での殺人技術や生存術なんて身につかない。彼の話を聞く限り、ごく平和な国で生まれ育ったようでもある。そんな人間が一人前の兵士になれるかどうかは、正直怪しいところ。



 ……とはいえ、彼が自分で選んだ道。当然、その後発生する苦労や責任も自分自身で背負わねばならない。


 「だが、刻峰は自分から志願した。俺らも提案はしたが、選択したのは刻峰だ。それに、あいつには”素養”がありそうな気もしている。根拠薄弱につき、わざわざ口には出さんがな」

「……そうですか」

意味深な物言いだが、嶺善は詮索を避けている様子。白楼も、わざわざ細かい事情に首を突っ込むつもりはない。


 「班長がそういうなら、大丈夫なのでしょうね」

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