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ひのくに戦記1913 -戦火の世界-  作者: 茂野夏喜
第一章 
29/134

軍靴の足音 3

 春宮司令官との交渉が完了した一時間ほど経過した今、俺は嶺善さんと一緒にいる。


 例によって、またトレーニングに付き合っている……いや、むしろ俺のために嶺善さんが付き合ってくれている。


 「無理なく、正しい姿勢で行え!でなければ鍛錬の効率が大きく落ちる!崩れた姿勢でのものは数えない、心得ておけ!」

「はい!」

昨日とは異なり、本気も本気でトレーニングに勤しむ。腕立て伏せ、上体起こし、スクワット、片足スクワット、ダンベルを使った重いものを持つ鍛錬。色々あるけれど、最も時間を割いたのはひたすら”走る”こと。


 『兵隊たるもの走れねばならん』『体力なき者は必ず死ぬ』とのことで、高校の部活でも経験したことのないレベルの持久走を繰り返し繰り返し行う。時代観とは裏腹に、水分補給や”無理をしない”等の大事な大事な要素もきっちり抑えた合理的なトレーニングメニュー。まずは、キッチリ体力と筋力を養いことが大事なのだとか。




 『ただし、我が軍へ受け入れるにあたって条件があります』

思い出す。春宮総司令官から出された入隊条件。

『あなたは、元々この国で生まれ育った人間ではありません。なので……しばらくは他の新兵と同じ環境での共同生活は様子を見ることにしましょう』

要は、俺の”常識”にここでの生活と合わない部分がある可能性や、他の者達との摩擦・トラブルが発生することを懸念しているということ。

『ひとまず、最低限必要な身体能力の強化を独自の方法で行いましょう。ここについても、嶺善、白楼両名に担当してもらいます』



 そんなわけで、早速午前のトレーニングが始まっているが……。超キツイ。そりゃ、日常的に走ることなんてそうそうないから。大学に入って以来明らかに鈍っている体をそれ以前の状態に……むしろ、それ以上に鍛えこまなくちゃいけない。そうでもないと、まず俺は軍人としての信用すら得られないだろう。



 午前中最後のトレーニングメニュー、ランニング。走っては筋トレ、走っては筋トレって感じで、筋肉も肺もかなり消耗しきっている。でも止まらない、辞めない。己の運動不足を呪いつつ走り、やっと目標の距離を走り終えた。



 「ご苦労だったな、午前の鍛錬はこれにて終了だ」

なんと嶺善さん、『走り方にも気をつけろ』とのことで俺に付き添いずっと走ってくれていた。年齢的にはずっと体力のありそうな俺が辛そうに走る横で、嶺善さんは呼吸を乱すこともなく『背筋が曲がっているぞ!』『腕の振り方はこうだ!』みたいなアドバイスをずっとずっと口にしていた。どんだけ体力あるんだろう、軍人さん。


 「…はぁ、はぁ」

すぐに返事ができない。呼吸もきついし、単純に頭を巡る酸素の量が減少してるってのもあるのだろう。そんな俺の様子を見た嶺善さんは、俺の情けなさを気にもかけず

「良く頑張った。だが、これはまだ鍛錬の序の口だ。無理しない範囲で成長していけ」

と、優しく励ましてくれた。



 「はい、頑張ります!」

……思い切り体を動かし、鍛え、爽やかな汗を流す。呑気にも、『なんか、青春って感じだな』とか、そんな感想を抱いてしまう。


 ランニングコースの周辺にポツポツ生えている、種類も分からない雑草。その僅かな薄緑色にも美しさを感じるくらい、俺の心は充実していたんだ。




*  *  *




 「……随分、理解が速いんですね」

白楼さんは主に座学を担当するということで、軍隊の基礎知識やら何やらを教えてくれている。皮肉っぽく聞こえなくもないが、彼女は普段からこういう物言いをしている。素直に誉め言葉として受け取るべきだろう。

「結構、やる気はあるので」

「”日本”でも、学生だったとか」

「はい、あと一年と少しで就職ってところでした」

良い就職先にありつければ、という前提はいったん隅に置いておく。

「それほど長く教育を受けている、と。日本の若者は恵まれているのですね」

確かに、この時代ならば大学校まで進学できる人間はかなり少ないはずである。その点でいえば、俺はそこそこのエリートってことになるのだろうか。


 ……邪念を振り払う。現実を見よう。


 「ちなみに、普通に文字も読めるんですね」

……それは、俺も思っていたところ。この世界の文字は普通に読めるし、なんなら英語やその他の外国語も普通に横文字として受け入れられている。


 まぁあんまり真剣に外国語を学んだ記憶もないので、少なくとも英語以外に関しては『それっぽい』って程度の認識でしかないが。



 「そうですね。教本も普通に読めますし、これ結構分かりやすくて助かります」

一応は用意されている辞書に頼ることなく、この世界(の中のこの国)における軍隊の役割だとか成り立ちだとか、割とすんなり理解できてしまうくらいに。


 「つくづく、貴方が異世界の人間だってことが不思議に思えますね

「俺も、同じくらい不思議ではありますけど……」

「……軍隊に入ろうと思ったことは?」

……?

「軍隊というか、日本では”自衛隊”ってことになるんですけど。特に考えたこともありませんでした」


 一般的な日本の若者にとって、国防だとか戦争だとかってのはとても遠い世界のお話。そこに関わる仕事ってのもよくわからないし、なんか窮屈そうで敬遠してしまうのが普通であろう。


 その異世界版、しかも世界情勢がかなり危ういところのこの時代に軍へ志願するなんて、俺もよくわからないことをしてるなって思いはする。



 でも、一度決めたこと。ここで受け入れられたって恩義に、少しでも報いたい。


 「それじゃ、続きをやりましょう。……とはいえ今回予定していた分は完了しましたので、次回分まで前倒しで進めることになりますが」

 「お願いします!」




 ………。


 ……。


 …。




*  *  *




 インド王国 カルカッタ オレンジ・フォート(王宮) 




 オレンジフォート、巨大な城塞。ここはインド王国の中枢となっている城で、国王一族や王室補佐の面々が居住している。


 今、宮廷内には王とその君臣たち、およびアメリカからの外交使節が一堂に会している状況。最奥の壇上には王が居座り、部屋の左右には君臣たちが控え、その中央に使節団が招かれる。外交使節の目的は勿論、同盟交渉をまとめることにあるのだが……。



 「歓迎しようではないか、合衆国の方々よ」

インド国王、ヴィハーン9世。何の打ち合わせも約束もなく、話し合う前から結論を述べ始める。


 「イギリスの連中は大いなる悪事を企んで居る、それは吾輩にもよくわかることだ」

大げさなジェスチャーと感情表現。わざとらしくはあるが、それ以上にこうもすんなり同盟締結及び軍事協力体制を約束できたことに、アメリカの使節は驚きを隠せない。



 「つまり、我々と手を組んでイギリスと戦うこと。それを、お約束いただけると」

「勿論だとも。同じ敵を持つ者同士、協力しようではないか」

国王は部下に合図を送り、それを察した一人の部下が外交使節の代表にそっと何かを耳打ちする。それを聞いた代表は、狐に包まれたような面持ちで国王の目の前へと進んでいく。


 「共に戦おう」

そう言って王は手を差し出す。意図を察した使節代表も手を出し、固い握手を交わした。


 「国王、万歳!合衆国、万歳!」

宮廷内は、すぐにこの大合唱で包まれることとなった。




 君臣たちは皆、国王の意図を察している。これが、権威を立て直すための重要な戦略の一環だということを理解している。


 欧州内で発生した民主主義運動の余波と近年の不景気が重なり、王室に対する国民の支持と信頼が少しづう失われているのだ。今必要なことは、この現状を立て直し、『力強き王』のイメージを国民に植え付けること。国王はアメリカとイギリスの対立に積極参加し、やがて大戦の勝利に大きな手柄を添えることでそれを実現しようとしているのだ。



 ……その君臣たちの中で数人だけは、一見自信満々に見える国王の態度の中に一抹の不安と焦りを感じ取ることができたのである。


王のやり方に賛同しつつ、その未来に漂う暗雲を予見しているインド王国軍元帥ガリ・ラスタもそのうちの一人であった。

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