軍靴の足音 2
夕食後、3人揃って近場の居酒屋に立ち寄った。そこで俺は、二人に悩みを打ち明けてみた。ここで仕事ってどうすりゃいいんだろうかって話、俺の中では結構深刻なものになりつつあった。もうしばらく様子を見ても良いかもしれないが……上手く言えないが、俺は現状の”保護対象”とか”お荷物”とかそういう立場が嫌なんだ。
「そうか……」
「きっと本音なのでしょう。刻峰さん、自分から死にに行くような真似をする人ですから」
「その節は本当に申し訳ありませんでした」
台湾の戦場で、俺は格好をつけて嶺善さんに「生き延びろ」なんて言わせ、その上で進んでリスクを背負った行動を取ったのである。負傷者を運ぶ作業、俺は正しかったと思うけれど……班員に心配をかけさせたってこともまた事実。
「つまり、だ。できるだけ早いタイミングで働き口を探したいと」
「そうですね、難しいとは思いますが……」
そりゃ、つい数日前までこの世界に存在しなかった人間だし。
「なら、”ウチ”で雑務でもやるってのはどうだ?」
……?
「確かに、どこの馬の骨としれない人間でも確実に役立てますし、我々も有難い限りですね」
白楼さんは納得しているらしい。だいぶ傷つく言い方だけど。
「あの、それってつまり……」
「あぁ、心配しなくてもいい。こないだのような戦場に立つのではなく、あくまで後方部隊に入るということなら問題ないだろう。兵員の飯を作る、物資を運搬する、人員を運ぶ。特別な技術を要せずとも働ける環境は沢山あるぞ」
「事務処理なんかでも良さそうですね、比較的頭は回るようですし」
あー、そういうことか。確かにそれなら誰かの役に立つのは容易だし、今の境遇でいえば一番現実的な選択と言えそう。そして”コネ”もある、問題なさそう。
酒を飲む。上等な酒の味だ。きっと製法も日本酒のそれと近しいものなのだろう。それを味わいつつ、二人の提案を俺の今やりたいことと比較検討してみる。
10秒くらい黙りこくっただろうか。
「……あの、」
迷わなさすぎだろ、と思ったけど。決めた。
「俺が軍に志願するには、どうすればいいんでしょうか?」
* * *
翌朝、俺は速攻で呼び出しを食らった。俺の就職案件で最上級の影響力を持つ人物、春宮翡翠総司令官に。
「お話は伺っております、刻峰さん」
例によってデスクの上に肘を置き、顔の前で手を組む総司令。嫌な顔をしているわけではないが、どこか遠慮がちな態度に見える。
「少しでも早く我々の役に立ちたい、そういうわけで我が軍に入りたい、と」
「はい」
即答する俺。対する司令官は小さくため息をつく。俺に呆れているとかじゃなくて、物憂げな表情。
「できれば、その熱意に応えたいところではあるのですが……あまりに、時期が悪いです」
「どういうことです?」
「……実は、ですね」
そこで、俺は聞かされる。この世界の現状。嶺善さんから聞いた米英陣営の対立が激化しつつあり、これまでにない規模の戦争が起こる可能性が高いということ。『嶺善、白楼両名以外には話さぬこと』と念を押されたうえで、である。
「そういうわけで、現在我が軍では実戦を想定した準備を着々と進めています。実際に戦うことになるであろう、東南アジアおよび東アジア地域での戦闘に向けてです」
春宮司令官は席を立ち、デスクを離れ、部屋の窓から景色を眺める。
「まだハッキリとしたことはわかりませんが、多くの国々が参戦することは間違いありません。もし戦いが始まれば、これまでにないほど多くの人員が犠牲になるでしょう」
声の質でわかる、コトの深刻さ。
「私はこれまで、極力他国との摩擦を避けてきたつもりです。台湾に関しても、どうしても避けられない事情があったから介入したまで。……それでも、このまま両陣営の対立が深まれば。或いは何かしらのきっかけがあれば、この国は戦争へと突き進まざるを得ないのです。今や、事態はそれほどまでに深刻化しています」
国が戦争に巻き込まれるという一大事。それを心から憂いており、いざ開戦すればその全責任を一身に背負うことになる一人の女の子。立派な軍服に身を包んではいるし、その地位を任されるほどの才覚と実力があるのは確かなのだろうが、やはり一人の女の子なのだ。
その背中からは、壮絶な覚悟と懸念が同時に感じられた。
「……俺、知ってます」
「……?」
表情を変えず、こちらを振り向く総司令官。
「俺、知ってますよ。あんまり詳しいところまでは覚えていないんですけど。俺のいた世界では”第一次世界大戦”って呼ばれてる世界規模での大戦争が、似たような状況で起こったんです」
多国間での同盟関係を深め、『仕掛けてきたらお互い相当な消耗を強いられることになるぞ』ってことで互いに攻撃を躊躇わせるような方法での平和維持。サラエボ事件を契機にそのギリギリのバランスが崩壊し、ドミノ倒しのように続々と各国が戦火へと巻き込まれ、人類史上類を見ないほどの大規模な戦争が発生した。
今この世界は、正にそんなギリギリの状況に陥っているらしい。戦争の火種も国際関係のそこかしこに転がっているようだし、遠くない未来この国も似たような大惨事に巻き込まれてしまうのだろう。
特に軍人など、この国土に敵が来ずとも命の危険が大いにあるわけで。そりゃ、今この時期に入隊しようものなら役職問わず戦地に赴くことになる可能性も非常に高い。
「その際日本も参戦しましたが、実際に戦う機会はそれほど多くありませんでした。大陸の一部で、敵の植民地を奪いに行った程度です。でもこの国は違いますよね、主要参戦国ともなれば大規模な戦いに何度も挑むことになるはずです」
この国の立ち位置は、日本世界当時のイギリスやフランスあたりに相当するはず。ならば、その立場上アメリカ陣営の主力の一端を担うは必然であり不可避である。
「当然、春宮総司令もそれをご承知のはず。昨日博多の街を歩いているとき、募兵関連の広告や軍人さんの姿を沢山見かけましたよ。多くの人たちも、戦争の予感を覚えている様子でした」
昨日は『まぁ100年前だし、異世界だし……』なんて呑気に眺めていたけど、なんてことはない。街中が差し迫った雰囲気に包まれていたんだってことに、俺が鈍感すぎて気付かなかっただけ。
「……そこまで理解していて、察していて。その上で、入隊を希望するのですか?」
「俺は、ここに来て以来正直であることと誠実な態度を貫くことを最高の処世術としてきました。それは、今でも変わりません」
「……」
「俺は、役に立ちたいです。自分の生き方に迷って、どうしていいかわからなくなって、そんなどうしようもない悩みを抱えてここまで来ましたが。今の俺にできること、やるべきこと、ちゃんと考えてきたつもりです」
そうだ。薄っぺらい覚悟かもしれないけれど、昨日の晩に覚悟は済ませたつもりだ。
「今は、一人でも多くの人員が必要なはずです。俺はこの国で生まれ育った人間ではありませんし、ここで働かせて欲しいってお願いが何かと難儀なことだとも承知しています。でも俺に最低限の信頼さえ置いてくれれば、何かを運んだり整備したり計算したりってことは十分できると自負しています」
春宮総司令は、再び窓の方を向く。色々頭を悩ませているのだろう。俺という特殊な立場の人間をどう扱ったものかと悩むことはもちろん、いったん歓迎すると約束した相手の望みを叶えてやりたいって思いと『とはいえ危険な職に就かせるのはどうか』という葛藤の中で、どう答えてやるのが正解なのか分からなくなっているような。
「どんな職務であっても、当然リスクは背負うことになります」
「承知しております」
「仮に我が国が戦争責任を問われた際、軍に籍を置いた時点で貴方も例外ではなくなります」
「そうならないように、微力ながらお力添えしたいと考えています」
「……たとえ後方部隊でも、戦死の危険は伴います」
「それでも、俺は役に立ちたいんです。お願いします」
深々と頭を下げる。よそ者の俺が、昨日今日で突然こうして覚悟を決めるなんてさぞかし薄っぺらいものだと思われそうだし、正直俺にもこれが正しいことなのかどうかはわかっていない。
……でも。
今できそうなことがあるなら、それに乗っからない手はないんだ。
春宮総司令は顔を伏せ、一度深呼吸した。長い、長い深呼吸。彼女は彼女で、俺の処遇を決定することにそれ相応の覚悟を感じているのだろう。
「わかりました」
先日見たような柔和さと、覚悟を決める真剣さを両方感じさせる、そんな表情。春宮総司令は、
「私、春宮翡翠総司令官の権限において、あなたの入隊を認めることにします」
俺の我儘を認めてくれた。




