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ひのくに戦記1913 -戦火の世界-  作者: 茂野夏喜
第一章 
26/134

思惑 4

 その時。


 何人分もの足音が鳴り響き、部屋の前で止まる。それからノックをする音もなく乱暴に扉が開け放たれ、十数人の男たちが部屋へと無遠慮に侵入してきた。


 その中心にいるのは、ポルトガル陸軍の新人大佐ラグロ・サバーブ。彼は首相とその腹心の目の前に堂々と立ち、拳銃を引き抜く。その銃口は、メッフェル首相の眉間へと向けられた。


 「……ど、どういうことだ!?何の真似だ!?」

慌てるメッフェル。ラグロは、それに対して具体的に答えることはせず、

「メッフェル首相。あなたは、スペインと共に戦うことを拒否するおつもりですね?」

まるで先ほどの会話を聞いていたかのように、質問で返す。


 「どうしてそれを……」

「フン、やはり思った通りだ。また中立主義だの平和主義だの綺麗事を並べて、大勢に乗る決意すらできない軟弱者」

親指で拳銃の撃鉄を起こし、カチリと音を鳴らす。

「貴様を何と呼ぶか知っているか?」

人差し指にゆっくりと力を加えていくラグロ。

「や、やめろ!」

声も出せない首相に代わり、腹心が叫ぶ。だが身動きは取れず、ただただ無力に言葉を発することしかできない。

「首相には真っ当な考えがある、決して考えなしにスペインに逆らうわけではなく」


「……貴様はな、”売国奴”なのだ」


 そういい終えた瞬間、引き金にかかる圧力は閾値を超え――銃声と共に飛び出した弾丸が、メッフェル首相の眉間を貫いた。




 メッフェル・ラスカーターは、自らの死を避けられないものと認識し、とっくに説得を諦めていた。彼の脳天が砕かれる最後の瞬間まで、彼は苦悩していた。そしてこの先目の前の反逆者が権力を掌握し、スペインとの軍事同盟を結び戦争へと転がり落ちていく祖国の姿を容易に想像することさえできた。

 きっと、大勢が死ぬ。人も金も大量に消費し、困窮する国民。勝っても負けても、多くの悲劇が待っていることは間違いない。何かを後悔する暇もなく、彼の意識は永遠の闇の中へと消えていった。




 「……お前も、要らぬ」

続けてラグロは腹心も射殺。二人の死体を踏みにじりながら、彼自身の忠実な部下たちへと語り掛ける。

「……こいつらは、この世界情勢の中で国家繁栄の道を閉ざそうとした愚か者どもである!我が国が列強へと返り咲くには、次なる戦いにおいて大勝を収める以外に道はなし!我々は、盟友スペインとその同胞たるイギリス帝国と協力し、アメリカの一派を地獄へと叩き落すのだ!」

ラグロの力強い言葉に拍手喝采を送る部下たち。彼らは、ラグロの目指す”ポルトガルの列強国化”に強く賛同の意を示している。すべて計画通り、既にあらゆる行政機関や重要施設は抑えてある。


「もはや我々を拒む者はおらぬ、ただ、進むのみ!」



 この日のうちに、あらゆる国内外のメディアに向けて放送が行われた。ポルトガル前首相の解任、および新首相ラグロ・サバーブの就任、国家体制の大幅再構築が行われること。そしてスペイン、フランスおよびイギリスに対して、同盟交渉の続きを行う旨も伝達された。




*  *  *




 ――イギリス ロンドン スターリー宮殿 円卓の間


 今この場に、3人の国家指導者たちが集っている。先ほどまで”重要な事項”についての会議を行っており、それぞれが率いてきた軍の最高司令官や幹部の面々と共に話し合いを行っていた。会議が終わった段階でそれぞれ率いてきた者たちを全員別の部屋へ送り、現在は通訳も含めて先ほどの決定事項に関する詳細や具体的な計画について相談させている。


 「いよいよ、ですな」

フランスの首相、エマニュエル・タレーラン。イギリスとカナダが実質的な兄弟国であるが、フランスもそれと同じレベルで協力関係にある――その功績を作ったのは、この男の祖先なのだ。

「世界の秩序を再構築する。我々の悲願を叶える時は、もう近い」


「油断は禁物ですが……確かにこれからの”大戦争”を乗り切ることで、世界地図は我らの思い通りに塗り替えられる」

カナダ代表、メンフィス・スタークラフト。イギリスを宗主国とするこの国は、事実上のイギリス傀儡国家である。殆どイギリスの領土がそのまま広がっていると言った方が正確なほどであり、その行き来にはパスポートすら必要ない。

「そうですな、”兄上”」


「……」

イギリス代表ジェス・スタークラフトは、直接それに答えることなく静かに弟へと顔を向ける。

「先ほどの司令官とやら、あれは使い物にならん。それから参謀の二人もな。もっとましな人材を探すと良い」

まさかのクレーム。出来のいい兄から度々お説教を食らってはいるものの、ここまで露骨な指図を受けたことに驚愕する。

「……何か、ご不満が?」

事が事だけに、恐る恐る尋ねてみる。

「態度と発言を見ればわかることだ。かの司令官という肩書を持った者と参謀という肩書を持った者は、自軍の戦力を理解していない。もう時間は残されていない、本国へ戻り次第早急に人材を揃えるんだ」

丁寧に答えるが、眼は冷たさと真剣さと、僅かな怒りを含ませたものに感じられる。

「……では、そのように」

ここまで本気の態度を見せるジェスを見たことがない。兄は今回の戦いに対して、これまでにない程の拘りを持っているようだ。


 「タレーラン殿」

「何でしょう、ジェス王子」

ちなみにジェス・スタークラフトは現イギリス国王を父に持つ王位継承者でもある。

「かの者、フランシス最高司令官は非常に優れた才覚をお持ちのようだ。さすが”ボナパルト家”の軍人は、いつも優秀ですな」

「いえいえ、滅相もない。彼もまだ若い、これから成長することを願っておりますよ」

「これは切実かつ重要な忠告ですがな、タレーラン殿。貴国の軍隊に関する一切の事柄を、全てあの男に委ねるといい。彼が何をしようと、決して口を挟まぬことです」


 エマニュエルは、『本当に見透かしたような男だ』と思った。エマニュエル・タレーランとフランシス・ボナパルトは互いに幼馴染の関係であり、それぞれ『政治の名家・タレーラン家』と『軍事の名家・ボナパルト家』として、それぞれフランスで政治・軍事に最高レベルの影響力を持っている。そしてエマニュエルはフランシスについて、幼馴染という贔屓要素を差し引いても最大限の信頼を置ける男だと認識していた。言われずとも、戦争に関わる全ての事柄については彼に委ねようと考えている。



 「ご忠告感謝いたします。そうですな、その通りにしましょう」

ジェス・スタークラフトは信頼のおける人物、それは間違いない。これから起こるであろう戦争の行方に対するビジョンも明確であり、頭もよく切れるようだ。僅か34歳にして国のトップへと成り上がった男、その実績は伊達じゃない。


 ……だが、エマニュエルはこの時点で既に悟っていた。ジェス・スタークラフトは、この戦争の勝利と理想的な戦後体制だげではない、もっと大きな何かを目的に動いている。そういう意味で、この男に対する”小さな警戒”を解くことだけは、絶対にしてはならないと――。



 「それで、オーストラリアとニュージーランドについては」

「問題ない、彼らは必ず我が陣営に入る」

自信たっぷりに答えるジェス。質問したエマニュエルには、彼の自身の根拠が何なのか想像もつかない。

「……まぁ、貴方が言うならその通りなのでしょう」

この男は先の先まで見越している。彼が可能と言えば必ずその通りにし、不可能と言えばそれはもう誰にだって不可能なのである。先の台湾戦においても、ジェスは事前に”勝たない”と宣言し、”本当の目的”を果たすための必要不可欠な敗北を得てきたに過ぎない。彼にとってひのくにとは、アメリカと共に没落せねばならない”危険分子”であり、そのためには100%の戦争参加を前もって決めさせる必要があったのだ。



「何も心配は要らない。これは、”我々にとって”最後の大戦争になるだろう。その先にあるのは……世界平和だ」

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