思惑 3
――スペイン マドリード 王宮内
「女王様、例の”罪人”達ですが、首尾よく処刑が完了したとのことです」
ベッドの上で寝転がりながらワインを嗜む女王に、召使の一人が簡潔な報告を述べる。女王は小さく口元を緩め、
「わかったわ。……うふふ、北連の連中はどんな反応を見せるのかしら」
スペイン王国女王、カサンドラ・アウリール。30代も後半に差し掛かる彼女だが、その態度や精神だけでなく容姿にも若さが残っている。オーダーメイドの”部屋着”――というには少々派手さや露出の面で違和感を覚えるものであるが――に身を包み、子供のような無邪気な笑顔で残忍な我儘を言ってのける女。
「あの連中、絶対に許せないわ~。私の別荘を無理やり奪っちゃうなんて、酷すぎるじゃない?嫉妬もいいとこよ、ほんと」
先のスペイン‐フィンランド戦争の発端となったフィンランド北部地域は、スペイン王国の領土というより王族の私領地であった。彼女はそこに別荘を建造しており、その建造にかかった費用や労力その他の一切を領地のフィンランド人に負担させ、更には気に入った領民を召使や自らの慰み者にするため拉致や軟禁を繰り返していたのである。領地奪還を図るフィンランドにとってはこの上ない開戦の契機となり、結果的に領土は奪還され北欧三国の連合国家が誕生するに至ったのだ。
「私もそう思います、女王の”所有物”を犯した罪は決して許されないでしょう」
召使は、彼女の横暴を知っている。体よく国民を騙せてはいるが、この女王の意のままに国政を動かすとろくでもない結果になることも察している。
だが、この女にたてつくことは決してできないし、意見を具申することも絶対にできない。自らの命と引き換えに、どうせ叶わぬ懇願をする勇気も動機も持ち合わせてはいないのだ。
「イギリスとの関係、上々ね。彼らは私たちのことをよく理解している、正しく敬意を払う態度も見せている。北連の攻略にも手を貸すと、そう約束してくれてるわ。捕虜は人道的に扱え、とか色々条件は付けられているけれど……そうそう、ポルトガルとの交渉はどうなっているのかしら」
ワイングラスを召使に渡し、ベッドに腰掛けて小さく背伸びをする。彼女の公務の始まりに、アルコールの摂取はもはや当たり前の習慣となっている。
「ランケル総司令官を呼んで」
「畏まりました」
部屋を出る召使。今回も機嫌を損ねることなく対応できたことに安心感を覚えつつ、次なる犠牲者の元へ向かう。
「全て、上手くいく」
窓から昼下がりの庭の風景を見つめながら、カサンドラは独り言をつぶやく。
「はぁ。翡翠ちゃんには、悪いことしちゃったかしら。陣営が違うとはいえ、あまり虐めたくはないのだけれど……」
* * *
――ポルトガル リスボン サン・ベント宮殿 プライベートダイニングルーム
「すっかり、恐ろしい状況が完成しつつありますな」
首相の腹心たる部下は、首相に対し当たり障りのない世間話を持ち掛ける。首相は温和な人格者で才覚にも恵まれているが、難題を一人で抱え込む癖があるため、こうして誰かと話す機会を度々持ちたがるのである。
「あぁ……本当に、な」
本当に悩ましい表情で答える、ポルトガル共和国首相メッフェル・ラスカーター。タラと野菜の炒め物を口に運びながら、彼は自らの内にある究極の迷いに思考を傾けている。信頼できる部下との食事は彼にとってリラックスできる時間なのであるが、目の前の難題はその癒しすらも奪ってしまう。
「私はな、もうこの国を戦わせたくないのだよ。できれば、半島から切り取って高みの見物を決め込みたいところなのだがね」
彼の苦悩がつたわって、部下も表情を暗くする。敵対するアメリカとイギリス、その対立構造に巻き込まれつつある祖国。その命運を任される首相の立場を思うと、どんな言葉をかけていいのかもよくわからない。
「えぇ、そうですね」
そういう無難な言葉しか、出てこない。
仮に、不利な側と有利な側が決まりきっているのならば話は早い。優勢な側について、さりげなく対立激化を和らげるような動きでもすればいい。そうすれば敵対勢力にもそれほど憎まれることはないし、自国も余計な戦争に巻き込まれず済むかもしれない。ところが今回、そんな姑息な手段を弄することはできない。中立を守ろうとしても、スペインから度々突き付けられる同盟参加要請の内容は過激さを増しているのだ。あの女王のことだ、言いなりにならなければ力づくで何か仕掛けてくる可能性もある。
「カサンドラ女王は狂っている。先代や先々代の国王は理性的だったが、今やすっかり個人の癇癪で暴走する危険な国家に成り果てた。中立の維持も、アメリカ陣営との協力も、どれもカサンドラの逆鱗に触れてしまうのだ」
「確かに、その通りです」
全くその通りである。どうやっているのかは知らないが、なぜかスペイン国民たちはカサンドラ女王を信頼しているように見える。それほど強固な恐怖政治を行っているでもないのに。それほどまでに国民たちの忠誠心は高く、クーデターや反乱も期待できない。
「私には、どうすればいいのか分からん」
フォークを置き、今度は本当に頭を抱えてしまうメッフェル。部下の前でここまで弱った姿を見せるのは珍しいことだが、もはや身の振り方に意を使う余裕もなくなっている。
「首相」
部下は、勇気をもってメッフェルへ言葉をかける。
「スペインからは再三の協力要請が来ておりますが、イギリスからはどうなのでしょう」
「あぁ……そういえば、ここ最近は何の連絡もないな」
「でしたら……我々は、我々のために戦えるということではありませんか?」
顔を上げるメッフェル。
「……どういうことだ?」
「我々には、先にあげた3つの選択肢があります。イギリスに味方する、アメリカに味方する、中立を堅持する。スペインの要求に従ってイギリスに味方する、もしくはそれに真っ向から逆らいアメリカに味方すれば、確実に戦争へ巻き込まれることでしょう。それも、同盟間の大戦争にです」
「そう、だが。しかし、中立を宣言したところで……」
「確かに、戦いになる可能性は高いかもしれません」
できるだけ自信を漲らせて、それを楽観論と知りつつも、部下は自分の考えを述べる。
「イギリスとスペインの同盟関係に関して、どのような内容なのかを調査いたしました。その結果、各国共通の敵国と認定されたものに関しては積極的に協力する旨が記載されておりました。しかし、他のいずれの同盟国との利害関係も発生しない部分に関しては、特に記載事項もないようです」
メッフェルは、部下の雄弁に耳を傾ける。確かに彼が最近情報収集に熱心であったことは承知しているが、そこまで調べ覚えているとは。
「イギリスは我が国への興味を失いつつあります。大国と肩を並べるには限られた国力、あえて戦い消耗する道を選ぶような対象とはなっていないと、そう判断できます。つまり、イギリス陣営やアメリカ陣営に加われば複数国の戦争に巻き込まれますが、そのどちらも選ばないことで敵国をスペイン一国に絞ることができるのです」
「……なるほど、な」
「……国民は、納得するだろうか」
イギリス陣営とアメリカ陣営という巨大な二択が支配していた脳内に、中立を選択したうえで侵略国と戦うという第三の選択肢が現れる。なるほど、確かにこれが無難に思える。できるだけ流血は避けたいが、首尾よくスペインを撃退できればかの国の影響力も今まで程大きなものではなくなるはず。それに、その先の戦争に備える必要もあるスペインが、ポルトガルへの”私怨”にそれほどの力を注げるとも思えない。
「えぇ、国民も、皆納得するでしょう。世論はスペインとの同盟関係を望む声もい多いようですが、彼らは本当に戦争の危機が迫っている事実を理解していないだけです。そちらは私の方で対処しますし、軍に対しても戦いへの備えをさせているところです。最近は有能な将兵も多く、必ずや首相の期待に応えてくれることでしょう」
それを聞いたメッフェルは、不安を残しつつもいくらか安堵の表情を見せた。戦いを避けきれるとは言えないが、これで”大いなる戦争”に巻き込まれる事態は防げると、そう思えたからである。




