思惑 2
言い終えたオーウェンは、空いたジョッキに酒を注ぎ始める。意外な言葉、意外な態度にサイモンはキョトンとした顔をしている。無理もない、気心の知れた目の前の相手は、まず絶対になさそうな選択肢を口にしたのである。
しばし間が開いたのち、
「……爺さん、本気なのか?アルコールとボケで脳みそに穴が開いてるんじゃないか?」
ジョークという線もある。因縁深い宿敵と”共闘”する道を選ぶという判断に、彼なりの皮肉とユーモアを込めたという可能性も十分にあり得る。
「あぁ、これは冗談などではない。私はこの情勢をうまく乗り切るにあたって、味方するべきはイギリス陣営だと思っておる」
回答は変わらず。その態度と口調から、これが本当にジョークでもなんでもなく正真正銘の本音なのだということが伝わってきた。
「……詳しく聞かせてくれないか?」
* * *
――北欧連合 フィンランド地区オウル 北欧連合行政指揮所 会議室
「全員、揃ったようだな」
北連首相マティアス・レーヴェンは、各代表とそれぞれ目を合わせる。フィンランド地区行政長官グスタフ・ノーブル、ノルウェー地区行政長官イーペル・ジクフリット、スウェーデン地区行政長官セフ・ロディゲール。皆、各担当地区からこの緊急会議に馳せ参じてきたところである。通常はそれぞれの副官や書記も同行するところであるが、今回に限っては”各区行政長官のみ”ということで招集された。
「周知のとおり、スペインはイギリス側についている……そして奴らの目的はただ一つ、この国土を我が物にせんとすること、我が国の全てを奪うことにある」
北連成立の契機、それは十数年前のフィンランド‐スペイン戦争に対するスウェーデン及びノルウェーの対スペイン参戦によるもの。長らくスペインの飛び地として支配されてきた北部地域を奪還せんとするフィンランドと、それを阻止しようとするスペイン。開戦のきっかけはスペイン女王による元フィンランド人住民に対する差別政策にあったが、実際のところ『そろそろスペインの影響力を潰しておきたい』というフィンランド側および参戦両国の思惑が元々あったために三国VSスペインの対立構造がベースとして存在していたことになる。
そして三国が共同戦線を張ってスペインを北欧地域から完全に排除したことから、北欧地域の『共同意識』『民族意識』が急激に強まり、結果的に『連合国家』という形態へと進化するに至る。現在それぞれの国であったものが”地区”という扱いになり、ある程度の独立した権限を維持しつつも全体的な連合としての方針を”多数決”によって決定するものとなっている。
「然るに、私としてはアメリカ及びひのくにとの同盟関係を強化し、侵略に備えることを提案したい」
情勢をみての冷静な判断。本来極力戦争を回避する方向で”圧力”としての軍事同盟を結んできたが、敵陣営の動きは活発化する一方。ここは最悪の事態を想定して有事に備えるが良しという判断。
「当然、こちらからの刺激は極力避けたい。だが、いざという時への備えだけは怠らぬようにせねばならない。できるものなら穏便に話し合いたいところだが……」
数か月前、スペインは北連の大使館や領事館から全職員を撤収させ、あらゆる書類や資料の類をすべて焼却させてしまった。そして去り際、『全ての外交協約や条約を破棄する』とのみ宣告し、事実上の国交断絶を言い渡してきた。慌てて在スペイン北連人や外交職員に撤収を呼び掛けたものの、早急に出国できた僅かな人数を除き殆どの者とは連絡さえつかなくなっている。
「私としては、未だ戻らぬ者達の消息を確かめ、スペイン脱出が確認されてから行動を起こすべきと思いますが……」
グスタフは慎重論を唱える。今までもそうだったが、このメンバーでは軍事行動やその準備に最も消極的な意見を述べる立場を取っており、少なくとも在来者の安否確認が取れぬうちは余計な刺激を与えないことを提案し続けている。
「しかし、このまま指を咥えて待っているわけにはいきません。明確に対立関係にありますし、中途半端な姿勢は敵を増長させるだけでなく、同盟国の信頼も失ってしまいます」
同じく慎重派になりがちなイーペルだが、それでも事態を重く見て何らかの手立てを打つ必要があると主張。何よりも在スペイン邦人の権利が脅かされている可能性を強く懸念しており、現状維持は譲歩にも敵対行動にも勝る最悪の手であると考えている。
「私は、首相の意見に賛成です。確かに在スペイン邦人の安否は強く心配されるところではありますが、現状は確認する手段も限られております。スペインとの国交を維持しているひのくにからの情報に頼らざるを得ない状況、その報告待ちの間何もしないのは最悪でしょうな。何より、国民がスペインの暴挙を許さないでしょう」
マティアスとイーペルに賛同するセフ。国民感情を強く意識し、何の罪もない同胞を”不法に扱っている”可能性が高いスペインに対して強気な態度を取らねばならないと考えている。心の底では既に”最悪の事態”が起こっている可能性が高いとみていることもあり、もはや敵対行動を遠慮する必要性を全く感じていない。
「それぞれの意見は出たようだな。ノーブル長官は慎重な対応を取るべきとのこと、そしてジクフリット長官とレーヴェン長官は圧力をかける方向で意見が一致しているようだ。ちなみに私は、先ほども言ったように何らかの圧力をかける必要性を感じているところだ」
各長官の意見を踏まえたうえで、改めて自身の考えを述べる。この段階で1対3の多数決決定とはならないが、何らかの行動方針を立てることはほぼ決定していると言っていい。あとは、どのような方針で話をまとめるか――。
そこへ、扉の外で誰かが駆ける音。あまりに激しい足音で、4人とも扉の方を注視。ややあって扉を叩く音が鳴り、
「会議中失礼します、緊急連絡です」
完全に息切れした声。よほどの緊急案件であろう、原則的に会議室へのノックは厳禁である。その声から、ただならぬ事態を知らせに来たものだと全員が理解していた。おおよそ、スペインがらみの話であろうことは誰もが察している。
「入れ」
「失礼します!」
汗だくの職員が、肩で息をしながら入室。非礼を詫びる間もなく、事実を単刀直入に伝える。
「在スペイン邦人について……つい先ほど、一名の在スペイン職員がマルメ―にて”保護”された模様です……どうやらデンマーク経由で脱出したようですが……」
よほど急いできたのだろう、所々言葉が途切れている。それでも事の全容を伝えようと必死に言葉をつなぐ。
「証言によると、在スペイン邦人は皆スペイン当局に監禁されており……人倫にもとる扱いをなされているとのこと……そのうち数人は、既に……」
「もう、よい。報告、ご苦労であった。下がって良い」
「はっ!失礼いたしました……」
職員は、悲しげな表情のまま部屋を出て行った――会議室に、沈鬱な空気と長い沈黙を残して。
「……聞いての通りだ。我々の同胞は、あの”クソババア”に殺されてしまった」
マティアスの表情は、既に悲しみを怒りに昇華させたものになっている。普段は紳士的な態度と物言いで知られている彼も、思わず明確な罵倒の言葉を口にした。
「絶対に許せません。我々の同胞の命を奪った罪はあまりに大きい」
「これ以上の屈辱はありません。我々には、覚悟が必要です」
「言うまでもないでしょう。もはや、交渉の余地はありません。奴らが次に取り得る行動も明らか、我々はそれに備えなければならない」
3人の長官も、怒りと義憤を滲ませた声で『敵対行動』に満場一致。すなわち攻撃というわけではないが、どのみち対スペイン戦争は避けられないものと判断。
「方針は決まった。スペインは、我が国最大の敵対国である。我々はアメリカ、ひのくにとの同盟関係と軍事協力態勢を強化し、更なる協力国を募る。……そして、開戦に備えるものである」
三人は、同時に首肯した。




