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ひのくに戦記1913 -戦火の世界-  作者: 茂野夏喜
第一章 
23/134

思惑 1

 ――アメリカ合衆国 ワシントンD.C ホワイトハウス 大統領執務室


 一人の男が、そこにはいた。個人用の大きなデスクに置かれた数枚の書類、そして壁に立てかけられた世界地図を見返しては僅かに笑みを浮かべつつ、優雅に葉巻を嗜んでいる。傍らには薄目のノンシュガー・コーヒーが殆ど手付かずの状態で放置されており、徐々に熱を失いつつある。


 そこへ、ドアをノックする音。

「エイダ・カーチス元帥、並びにマキシ・レイナーズ中将、ただいま到着しました」

若干の間を持たせたのち、ゆっくり煙を燻らせつつ

「……入りたまえ」

と、部屋の主――現アメリカ合衆国大統領ウィリアム・レッドスワンは答える。


 「失礼します」

ガチャっと扉が開き、先にエイダ、二歩ほど後ろにマキシが続き、デスクの前に並んで一斉に敬礼。大統領は、その二人の仕草に満足げな表情を浮かべる。


 エイダ・カーチス元帥。抜群のスタイルと美しいブロンドの髪を持ち合わせ、しかし鋭い眼差しと強気な性格を併せ持つ根っからの職業軍人。30歳にして米軍最高司令官の地位に就いている”彼女”は、大統領に対し冷ややかな視線を送っている。抜群の実績と能力をもって飛び級的にここまで出世を重ねた彼女ではあるが、決して出世や蓄財それ自体を目的に行動したことなど一度もない。自らの能力を存分に発揮することで国のためになろうとしているエイダにとって、祖国――引いては同陣営の国家全ての私物化でも図っているようなこの男は、真の意味で尊敬できる相手ではない。



 「一応、彼もお連れしました。話が話ですし、結果的にこの話をそのまま伝えることになると判断しましたので。問題ありませんね、大統領?」

「あぁ勿論だとも、カーチス元帥。……レイナーズ中将、事情は知っているのかね?」

「いいえ、大統領」

嘘である。


 マキシ・レイナーズ中将。どこか覇気のない雰囲気ではあるが、経済界で大きな影響力を持つ父親のコネで入隊と同時に幹部入りを果たし、今や中将クラスまで上り詰めた正真正銘の”エリート”である。20以上も若い女の指図で働くことでフラストレーションを蓄積させ、日頃から『分かりやすく実績が出る新しい任務を与えろ』と我儘を零している。


 「ですが……もしや、イギリス陣営に、何か不穏な動きでも?」

なんとなく事情を察してはいる。だが推測を前面に押し出して、いざ別件だったとしたら……。面倒ごとと失敗を恐れるレイナーズにとって、どうでもよいリスクはできるだけ減らしておきたいところではある。


 「……あぁ、その通り。スペイン・フランス・カナダと合同で、陸戦及び海戦の大規模な軍事演習を実施している。内容を見るに、複数の大国と事を構える前提で動いているようだ」

 再び葉巻に口をつけ、目の前の二人に見せつけるがごとく優雅に一服。この間の持たせ方も、ウィリアムの話術の一環なのだ。

「つまり、だ。我々の陣営と、戦争を起こす気でいる。我々を打ち負かす気でいる、ということだ」



 「お言葉ですが、大統領」

口を開いたのはエイダ。ウィリアムは遮ることもせず、次の言葉を待つ。

「我が陣営には既に北連、ひのくにが加わっており、オージーランドの陣営加入も時間の問題です。加えてインドやモハメッドに対する”工作”にも対処できており、ポルトガルもイギリス陣営に味方しないとのこと。仮に戦争が起こったとして、我が陣営が不利になることはありません」

言葉の端々に自信がみなぎっており、最後に一言、

「そもそも、”私が”この立場にある限り不安などあるはずもございません」

と、強気に言い切る。


 「いや、それは早計かもしれませんぞ」

口を挟むマキシ。

「目の前の不確定事項がある以上、私としては最大限警戒せねばならないと考えます。より情報を集め、敵の次なる動きを予測せねばならんのです。イギリス人も馬鹿じゃあない、奴らにもきっと考えがあって……」

「うむ、その通りだ」

ウィリアムは、二人のやり取りにまたも満足げな表情を見せる。自信満々の上官、それにやや反抗的な部下の組み合わせ。エイダが自発的にマキシを同行させることも込みで、ウィリアムはこの状況を意図的に演出しているのだ。

「我々の情報網も強力だが、全てが明らかとなっているわけではない。特にイギリスは秘密主義が強い、奴らの王族にでも協力者を作らねば安心はできん。その点レイナーズ中将は冷静な判断を下そうとしている、良い心がけではないか」

「いいえ、そんなことは……恐縮であります」

この反応から、マキシが素直に評価されたものと信じ込んでいることが読み取れる。これも演出。

「そしてカーチス元帥、その心意気は大変結構、頼もしい限りだ。それに私は君を信頼している、勿論不安というわけではない」

この言葉に対して、やや納得したような顔のエイダ。ここから先は、事前に聞いていた話のことだろうとあたりをつける。



 「だが、有事に備えるは必然。これ以上対立が深まれば、軍を動かす事態になることも明白である。そこで、今この時から”戦争”に備えた組織作りをしようと思う」




急な展開に戸惑うマキシ。

 「大きく2つの方面に分け、それぞれに方面指揮官を置こうと考えている。恐らくは欧州方面とアジア・太平洋方面を担当することになるだろう」

ウィリアムは世界地図の方へ顔を向け――二人の部下も同様にする。そこには各国の勢力図が描かれており、仮にアメリカ陣営とイギリス陣営がぶつかった際の主戦場は一目瞭然である。

「欧州方面の指揮を担当させる者については、カーチス元帥と議論しているところだ。だがアジア・太平洋方面の指揮を任せる者については、私から直接指名したい」

この言葉で、マキシは高揚を隠せなくなる。そういう話なら、つまり――。


「マキシ・レイナーズ中将、君に任せようと思う」

ゆっくりと首を回し、目を合わせ、一言一句ハッキリと伝えた。



「お任せください、大統領!」

威勢のいい返事。自分の才覚と先の発言を評価され、大統領からの信頼を得た。そうに違いない、でないとそんな大役は任せられない。


そう思っているマキシの心情さえ、ウィリアムの”演出”だということに、勿論気づくはずもないのであるが……。




*  *  *




オーストラリア シドニー 首相官邸 応接室


 シンプルでまとまった雰囲気の部屋。向かい合って座る二人は、まるで街歩きでもするようなラフな格好をしている。二人の間にあるガラス張りの円テーブルにはビーフジャーキーやナッツの類が並んでおり、その傍らには飲みかけのジョッキ――当然、中には酒がたっぷり残っている――が汗をかいている。


 ……この日の”非公式首相会談”は、いつものようにこのような状況で和気藹々と行われていた。



 「……というのが、イギリスからの提案だな。そっちも同じだろう?」

現オーストラリア首相、オーウェン・ヴェスパー。齢70にしてオーストラリア大陸の命運を任されているこの男は、現ニュージーランド首相へにこやかに語り掛ける。

「大体同じだ、オーウェン爺。……まぁ、イギリス野郎の手先なんぞ適当にあしらってとっとと追い返したけどな」

現ニュージーランド首相サイモン・ブラッドランは、自分の倍ほども生きてきた人生の大先輩に向かってそう気安く答え、ジョッキの中身を一気に飲み干す。とても首相会談には見えない上に全く関係のない雑談を挟むことも多いが、これが彼らのやり方である。とある時期を境に両国は急接近し、その関係性は世界中探しても例を見ないほどに親密なのだ。


 「それで、オーウェン爺。アメリカとイギリスの対立関係に、あんたらはどういう立場を取ろうとしてるんだ?」

空いたジョッキに酒を注ぎつつ、そう問いかける。内心最もあり得そうな答えは『様子を見る』または『中立を維持する』だと思っているが、国民感情を考えれば『アメリカ陣営に加わる』というのもありそうだ。正直な話、これから起こるであろう戦争に対する姿勢はある程度まとまっているが、一応は意思の確認くらいとっておこうとの判断である。


 オーウェンはビーフジャーキーを1切れ口に入れ、じっくり味わう様に咀嚼する。それからおもむろにジョッキを掴み、先ほどのサイモンと同じように勢いよく飲み干した。


 「いい飲みっぷりだ、爺さん」

親しいからこその打ち解けた態度。それに対し、オーウェンはやや改まった表情を作って宣言した。



 「私はな、若造よ。……私は、イギリスと同盟を結ぼうと思っておる」

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