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ひのくに戦記1913 -戦火の世界-  作者: 茂野夏喜
第一章 
22/134

安寧と…… 4

 ―― ひのくに皇軍博多指揮所 総司令官執務室



 「……あの、春宮司令」

「何でしょう?」

部下からの質問に対し、ごく事務的に返答する春宮翡翠総司令官。嶺善が違和感を持った理由、彼女は基本的に感情を表に出さない。多くの場合、彼女は良くも悪くも”上に立つ者”として自分なりの信条を貫き通している。刻峰将平に対しての柔和な態度は、それが彼という立場の人間に対する”必要な”態度だと判断したから――。


 「あの、別世界から来たとかいう者についてですが……本気で信じていらっしゃるのですか」

「それが本当かどうかは別として、彼は私たちにない何かを持っています。そもそも、戦場で保護した民間人を引き続き保護対象として面倒を見るのは我々軍人の責務です、我々は”国”を守るべき存在。……それに、」

目線を下げ、少し思案。言葉を選んでいるのか、何かを思い出しているのか。

「……刻峰、ね。彼は、大変興味深い人物ですから」

「……はぁ」

聞いた部下はあまり納得した様子ではないが、彼女なりの考えがあるならばと頭の中で疑問を打ち消していた。それほどまでに、春宮翡翠総司令官の信頼は厚いものである。


 「それより、アメリカからの情報は何かありましたか?」

「えぇ、イギリスは既に協商条約を結んでいるスペイン・カナダの他にも複数の国家に対して何らかの外交工作を行っているとのことです」

「詳しくお願いします」

「了解しました」



 「まず確実と思われているのが、中華、ロマノフに対するもの。こちらは協力関係を築いたり同盟を結ぶといった内容ではなく、むしろ牽制や脅迫の意味合いが強いとのことです。アメリカ、イギリス両陣営に与する気配のない2つの大国、余計な横やりを入れないようにと釘を打っているような……」

「……資料は?」

「は、こちらがアメリカから渡された詳細な報告書です」

受け取った資料に目を通す総司令。それを黙読しながら『続けてください』と発言を促す。

「中華、ロマノフ以外にはイタリアにも何か働きかけているようですが、こちらの動きはいまだ詳細不明とのこと。そしてスイスについて、例によって同盟交渉を持ちかけているようです」

「……何の打算があるのでしょうね」


 この世界におけるスイスは、日本世界と同じくかなり中立的な立場にいる。千年ほども前からそのような立場を固持し、いかなる同盟交渉も侵略も退けてきた歴史がある。そのうえで特徴的なのは、銀行業と共に”軍事産業”に強く力を入れていること。また銃の設計や売買に留まらず、”傭兵”の派遣によっても多額の利益を得ている。中世以来続く伝統的な軍事産業としての傭兵派遣、それを世界一のレベルで延々続けているのがスイスという世界公認の軍事ビジネス国家である。



 「えぇ、まず交渉がまとまることはないと断言できます。アメリカからの報告でもそうですし、イギリス側もそのあたりは理解しているものかと。全面戦争をちらつかせた脅迫までする覚悟でもあれば話は別ですが、何の得にもなりません。一応は声をかけてみて、無理難題を突き付ける。そのうえで自らの望む”緩めの”条件を提示することで思い通りの結果をもたらそうという……ロマノフの手法によく似ていますな」

「あくまで推測の範囲、ですね」

「もしくは、別の目的のためにそういうポーズをとっているだけなのか。そのあたりはアメリカにも我らの諜報機関にもわかりません」

「なるほど。他には何かありましたか?」

言いながら報告書のページに目を通す。かなり分厚い資料だが、かなりのスピードで読み進めてはページを捲っている。


 「他に、カナダとは言うまでもない兄弟国関係であること、またフランスを巻き込んでの軍事演習が行われるものとの報告もあります。具体的内容は不明ですが、少なくともこの三国で何らかの軍事行動を起こすことを企んでいること、それは間違いありません。それからオージーランド……失礼、オーストラリア及びニュージーランドに対してですが」

この世界でのオーストラリアとニュージーランドは、共に本国に盾ついて独立を勝ち取った元イギリス植民地。ゆえにイギリスとは基本的に敵対的立場を取り、どちらかと言えば親アメリカ的。この二国間では独立後のいざこざで度々衝突が起こったが、とある事件を契機にイギリス-カナダ並みに親密な協力関係を築くようになった。そのため2国合わせて同じ国家のように扱われることも少なくなく、二国合わせて”オージーランド”と呼称されることもある。


 「両国ともに、イギリスからの接触を受けている模様です。こちらに関しても協力が望めるとは考えにくいため、あくまでアメリカ陣営に与さないよう何らかの手を打っているものと考えられますが……」

「それについても推測の範囲内です。あまり性急に判断しないほうが良いでしょうね。……嫌な予感がします」

その疑念が何によるものなのか、部下には全く分からない。戦争を起こして殺し合い独立を勝ち取った国家群、イギリスには相応の恨みを持っているはず。現状アメリカ陣営への参加にも乗り気なこの二か国、同盟参加も時間の問題と思われているが……。



 「……えぇ、あとはインド、およびモハメッドに対するもの。これは明確な同盟交渉であり、武器や資源の供与も盛り込んだ”手厚い”内容のものです。こちらもアメリカ陣営と交渉を深めている最中ですので、その切り崩しを図っているものと思われます」

こちらに関しては不思議でも何でもない、自陣営を強めつつ敵陣営の弱体化を図るというごく当たり前の”戦い”である。アメリカ、北連、ひのくに3国を中心とする陣営を極力孤立させて影響力を弱めてしまえば、イギリスの領土拡大を大いに助ける結果となる。


 「当然我らも手を打ってはいますが。なかなかどうして、立場を明確にする国が少ないものです」

「それに関しては吉報がございます。ポルトガルとの交渉に関して、彼らはスペインの方針に従い――つまりイギリス陣営に加わることはなく、極力最後まで中立を堅持するとのことです」

「それは、確かですか?」

丁度資料を読み終えた総司令は、やや強めの語感でそう言った。『証拠を示せ』と解釈した部下は、もう一枚用意していた資料を提示し――先ほどのアメリカからの報告書は”もう要らない”と交換するように受け取り――、答える。


 「こちら、不可侵中立を約束する新しい条約の草案です。特に、『アメリカ陣営にもイギリス陣営にも属することなく』、『正規軍に限らず非正規軍・義勇軍等の民間人の自発的な参戦に至るまで、いかなる戦力の派遣も国内法によって禁ずる』と明示されております。ご覧ください」

受け取った総司令はしばらくそれを眺め――珍しく2度読み直し、ホッとした表情を見せる。


 「それほど大きな軍事力を持った国とは言えませんが、それでも工業力や人口は無視できないものですし、敵に回したら厄介と心配されている所でした。陛下もご安心なさることでしょう」

「えぇ、きっと喜ばれていることと思います」

現ひのくに皇帝、春宮巌。数年前から軍事に関わる一切を年若い翡翠に一任し、自らはあまり表に出てこなくなっている。時折翡翠も顔を見せることはあるが、彼女には父親の思考が全く読めなかった。



 「ポルトガルがそういうことであれば、スペインも恐らく中立を守るでしょう。かの国の女王陛下とは王族、皇族関係ということで何度かお会いしたことはありますが、イギリスの態度を見て反感を持ちそうですね。あの方は、大変……非常に、自尊心の高い方でいらっしゃいますから」

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