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ひのくに戦記1913 -戦火の世界-  作者: 茂野夏喜
第一章 
19/134

安寧と…… 1

 白楼さんに連れられて、嶺善さんと共に建物の中を歩いていく。白楼さんもそうだが、嶺善さんもどこか引き締まった表情を見せていた。


 総司令官、て言ってたな。参謀だの大将だの元帥だの色々とボスっぽい呼び方があってよくわからないが、ひのくに軍にとってかなり上の立場にいる人間ってことだけは察しが付く。呼び出しを食らった瞬間から若干慌てた様子で尋問は即中断したし、『念のため』ということでスマホも預けず持ったままだ。


 「あの、嶺善さん」

一応、前もって知っておきたいことがある。それに……沈黙は、割と苦手だ。

「春宮総司令……って、どんな方なんですか」

無知な人間の曖昧な質問だが、嶺善さんは

「我が国の陸軍、海軍を取りまとめておられる方だ。簡単に言えば、わが軍で最上の地位におられる方ということだな」

と、きちんと取り合ってくれた。

「また、総司令官様は皇族の血を引く方でもあります。寛容なお方ですが、くれぐれも失礼の無いようにお願いします」

うへぇ。メチャクチャ偉い人に呼び出されてるのか。


 「わかりました。しかし、どうして俺が呼び出されたのでしょう」

「分からんが、強く興味を持たれたか……どうだろうな」

その『……』が気になって仕方がない。また改めて色々問い詰められるとかだと、精神がすり減りそうである。

「……念のため。総司令の前では『俺』という一人称は使わないようお願いします」

丁寧な言葉遣いが、どこか突き放したように聞こえてしまう。……気を付けよう。



 やがて、大きな観音開きの木製ドアの前へと至る。先導していた白楼さんは軽く深呼吸をし、

「春宮総司令、嶺善・刻峰両名をお連れしました」

と、挨拶。帰ってきたのは

「どうぞ」

という女の声。


 白楼さん、嶺善さんに続き恐る恐る中に入る。部屋の中は”社長室”って感じの広さとレイアウトで、入り口から向かって奥の方に大きめの椅子とデスクが置いてある。向かって左側には応接室で見たようなソファと長テーブル、右側にはこれまた立派な大きいテーブルが設えられていて、上には大量の書類が綺麗に整理されて置かれている。そして部屋の左右は本棚になっており、所狭しと様々な文献が収められている。ざっと裏表紙を確認した限り、”日本語”で書かれているようだったが……。


 ソファには数人か座って書類に目を通しており、奥のデスクにも一人、肘をつき、顔の前で軽く両手を握るようにして座っている。さっきの声はお世話役の人だか事務員だかものだと思っていたが、どうやら違ったらしい。ソファに座っている数人も、大テーブルで書類の整理をしている者も全員男性である。


 「ようこそ、我が国へ。皇国ひのくにへ」

声の主は、他でもない。奥のデスクに座っている、恐らく春宮総司令その人である。

「歓迎しますよ。日本国の学生さん」



 春宮総司令。まさかの、若い女性であった。




*  *  *




 「長旅でお疲れでしょう……白楼上等兵、椅子の用意をお願いしていいかしら」

「かしこまりました」

言うが早いか、テーブルの下に置いてあった予備の一人用ソファっぽいものを引っ張り出してくる。それを二つ並べ、

「これで、よろしいでしょうか」

「えぇ、ありがとう」

総司令官のデスクから2mくらいの距離に置かれた座席。……近くね?

「嶺善少佐、刻峰さん。どうぞ、お座りください」

「失礼します」

「はい……失礼します」


 狐につままれたような気分で着席。嶺善さんも同様にして、白楼さんは春宮総司令の側に立ったまま控えている。


 総司令官。軍事指揮権の最高権力者。60代くらいのおっさんを想定してたが、真逆ではないか。しかもこの人、たぶん俺とそう変わらん年齢だぞ、超若い。いかにもお嬢様って感じの雰囲気、顔立ちもかなーり端正。なんというか高貴なオーラが滲み出ているような感じで、”皇女”って呼称がピッタリである。髪は今でいうミディアムからわずかに伸ばしているくらい、しかも毛先の方で緑のアッシュが入っている。ついでに服装も割とシンプルだが、そのうえで結構上等そうな装飾品がチラホラ見受けられる。軍服?礼装?わからん。色々とファンタジックである。ナニコレ。


 「申し遅れました」

春宮総司令は、柔和な表情で俺の方を見ている。……緊張する。

「私は春宮翡翠、皇国ひのくに陸軍及び海軍の総司令官であり、わが軍の最高指揮者です」

社会的地位を誇るとか、偉そうな感じとか、そういうのは殆ど感じない。

「また、我が国の現皇帝たる春宮巌を父に持つ、皇女でもあります。以後、お見知りおきを」

「えぇと……はい、よろしくお願いします。私は、」

「刻峰将平さん。日本国福岡県出身。中華人民共和国の遼寧省旅順へ赴いた際なんらかの事故に巻き込まれ、気づけばこの世界に来ていた日本人。もと学生さんで、放り出された線上においては民間人でありながら献身的役割を果たしてくれた。勇敢な方なんですね」

ドキッとする。この人、そこまで情報を仕入れてたのか……。


 「一先ずは、居住地や生活の糧が必要ですね。私の方で用意しましょう」

おっと。マジか。

「つまり、戸籍やら何やらを与えてくださると」

「そういうことになりますね。書類上は、我が皇国ひのくにの国民として受け入れることになりますが」

席を立ち、俺の方に歩み寄ってくる。その挙動の一つ一つが上品、かなり高いレベルの教育を受けてきたのだろう。軍隊の最高指揮者、皇族。俺のような一般庶民が日常生活で関わることがない、雲の上の存在。

「……問題ないでしょうか?」

俺に優しく微笑みかける総司令官。嶺善さんは、意外そうな面持ちで総司令官の横顔を見つめている。

「はい、もちろん。これからどうしようかと凄く悩んでいたので、嬉しい限りです」

その言葉を聞いた総司令は、笑顔のままで手を差し出す。握手、ってことでいいのかな。ゆっくりと手を伸ばし、握り返そうと

「刻峰さん」

割と大きめの声。白楼さんか。たしなめるような呼び声にドキッとした。

「……起立して、応じてください」

「あ、えと、すみません!」

慌てて立つ。考えてみれば、相手の姿勢に合わせるのが当たり前っちゃ当たり前か。


 「魅夜……こほん、白楼上等兵、そう窘めなくてもいいのですよ」

「承知しました、申し訳ありません」

総司令に向かって姿勢を正し、軽く頭を下げる白楼さん。さりげなく下の名前で呼ばれてたけど、この二人はいったいどういう関係性なんだろう。

「それでは、改めて」

出しっぱなしの俺の手を、総司令官の手が優しく握る。少し冷たい、肌の白さから連想されるような低めの体温が伝わってくる。

「刻峰正平さん。国民として、歓迎します」

「こちらこそ、よろしくお願いします!」



 ……手を握ったまま、数秒経過。離す気配がない。???

「それからですね、刻峰さん。お願いがあるのですが」

総司令さん、顔近い……。緊張する。

「スマアトフォン?でしたっけ。どういうものなのでしょう、興味があります。見せてくださいませんか?」

「はい、今、出しますね!」

全力の照れ隠し。顔赤くなってないだろうな、俺。

「コレです!」

ポケットから最速でスマホを取り出し、総司令に示す。

「これが例の端末……実際に動かしてみてください」

言われた通り、スマホをタッチしてあれこれと操作して説明していく。折角なので総司令の写真を撮り、先ほどと同じようにデモンストレーション。貸してほしいというので渡してみると、興味津々で俺や嶺善の写真を撮っては新鮮な反応を見せる。軍人というか、新しいおもちゃを渡された子供のような反応である。


 「なるほど、これは確かに現在の技術では到底作れませんね」

ひとしきり弄り終えた後、納得したような表情の総司令。

「嶺善少佐が刻峰さんの言い分を認めたのも、納得です」

「物的証拠があれば、私は疑いません。それに、態度にも挙動不審さを感じませんでしたので」

「報告の通り、ですね。嶺善少佐こそ、相変わらずです」

「……恐れ入ります」

総司令はスマホを俺に返し、『それについては貴方の物です、没収などしませんよ』と保証してくれた。さっきの悩みが吹き飛んだ、メチャクチャ有難い。


 結局、住居についてはすぐ近くの近場の住宅を貸してもらえるということで、行政的な手続きやら何やらは

「白楼上等兵、嶺善少佐。彼がここでの生活に慣れるまで、面倒を見てあげてください」

「了解!」

「了解!」


 頼れる(?)二人が、世話を焼いてくれることになった。

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