本土へ 3
その後の二日間、勇田と信濃原が訪ねてくれたり、傷の治療のため医務室に通ったり、嶺善さんが見舞い的な感じで話にきてくれたり。あとは嶺善さんと何人かの軍人さん(例の中隊長もいた)が聞き取りやしつこい身元確認などをしに来たくらいで、基本的に一人でいる時間が多かった。
家族のこと、友人のこと、色々考えはした。心配されてるのか、行方不明ってことで警察が捜査してんのかなってことも色々考えた。海外で失踪したってことになるんで、国を跨いでの捜索って色々面倒そうだなって勝手な心配もした。けれど不思議なことに、元の世界にいないんだって事実に対する恐怖とか
絶望とかは感じなかった。俺はこの世界にいるってことを心の底から受け入れているのか。それとも、元の世界にあまり未練がないのか。或いは……。
そうこうしているうちに、船が博多の港へ到着。ちょうどそのタイミングで嶺善さんがやってきて、『もうしばらくで降りることになるから待て』とか、今後の段取りについて話してくれたりとか色々世話を焼いてくれた。超ありがたい。
「そういうわけで、お前は一度尋問を受けることになる。普通は立ち合いなど不要なのだが、事情を鑑みて俺も同席させてもらうことになった」
「はい、ありがとうございます」
確かに、また一から身の上話やここに来た経緯を説明するのは骨が折れる。ある程度の理解者が同伴した方が、説明する側もされる側も何かと好都合だろう。
「ある程度の説明は事前に済ませておく。ついでに簡易的な報告書は、もうすでに提出済みだ」
「それって、俺がここに来た時の話とか。その……」
「”別の世界”、”別の時代”から来たらしいってことも当然書いている」
それ読んだ人絶対『こいつ頭おかしんじゃね?』って思ってそう。
「まぁ、心配は要らん。聞かれたことには誠実に、正直に答えるだけでいい。今まで通りな」
……問題ない。
「はい、大丈夫です」
「よかろ……それでは、そろそろ頃合いか」
懐中時計で時間を確認する嶺善さん。元の世界でもそうだったが、こういうレトロな道具を見るたび、なんとなく懐かしい気分になってしまうのはなぜだろう。昔の体験を回想するような意味での”懐かしさ”ってのはないはずなのに。昭和レトロとか大正ロマンとか、そういう文化に影響されてるんだろうか。
「……それじゃ、船を降りるぞ。ついて来い」
「はい!」
というわけで、いざ下船。
* * *
船から降りたときに見た光景。端的に言えば、「白黒写真を超リアルにカラーリングしたような景色」に感じられた。俺の知っている博多湾の地形とはやや異なるが、たしかに和風と西洋風が絶妙に入り乱れているような街並み。俺のイメージよりも洋風色が強いように思われるが、そういえばここは別世界。西洋文化の入ってきた時期や文化交流の在り方も日本とは異なるのだろう。
いずれにせよ、俺の知っている福岡ではないんだなってことは十分に伝わった。今更疑うまでもないが、史上空前の超絶大規模ドッキリとかじゃないんだ。俺は、本当に別世界にいる。
下船後、すぐ車に乗せられて移動。ドライバーさんは寡黙で、嶺善さんとの打ち合わせ以外殆ど口を開かない。だが言葉の端々から嶺善さんに対する敬意を感じられて、階級的に嶺善さんが上なんだろうなって思える。
古めかしいデザインの自動車、もちろんエアコンなんては搭載されていない。車中で嶺善さんに確認したが、今は世界暦(こちらでは西暦をそう呼ぶらしい)1913年の4月なのだそう。土地の配置も日本世界のそれとほぼ同じで、同じように四季がある。車中から眺める景色の中には、溢れんばかりに咲き誇る桜も確認できた。
道中見かけた通行人や畑で農作業をしている人も、イメージ通りの100年前って感じのいでたち。服装や背格好に関しても、時代観に合致したような”いかにも”って感じである。
「なんというか、ほんと、時代が違うんだなって思います」
思わず感想が漏れる。
「俺の思っていたよりは……その、”先進的”だなって感じはありますけど」
西洋風って言い回しが伝わるか謎だったので、一応は言葉を選んでみる。
「そうか」
と、嶺善さんは生返事。窓の外を眺めるでもなく、フロントガラスの方をなんとなく見つめている。きっと、これからの尋問に関して色々考えているのだろう。
それから20分ほどで目的地に到着。大きな門を通り過ぎ、検問所でドライバーさんと警備の兵隊さんが軽くやりとりをしたのち、駐車場スペースに到着。車から降りると、そこには大きく立派な建物が鎮座していた。決して豪華絢爛ではなく、もっと厳かで”質実剛健”って感じだ。門にも書いてあったが、大きめの出入り口には『ひのくに皇軍博多指揮所』の文字。軍隊の名前にひらがなって……。どことなく締まらない感じがする、なんてくだらない感想を抱く。
そんな俺に構うことなく、嶺善さんは入り口に向かって歩き始めた。
「入るぞ」
「はい!」
慌てて追いかける俺。これから何が始まるんだろうって不安もあるけれど、嶺善さんがいてくれるってだけで結構な安心感を覚えている。
入り口に改めて警備の兵隊さんがいたが、嶺善さんを見るなり姿勢を正して挨拶し、そのまま綺麗に敬礼していた。嶺善さんって、どんだけ階級高いんだろうか。直接の部下は嶺善班の班員さんたちなんだろうけど、たった十人程度の指揮を任される立場でそんなに敬意を持たれるモノなのだろうか……?
建物の中には結構な数の人たちがいるらしく、通り過ぎる人たちの数は結構なものだった。嶺善さんに挨拶する人もそれなりにいたが、後ろからついていく俺には決まって不思議な目を向けている。やはりここじゃ俺は異質な存在なんだろう。服装もここに来た時のとほぼ同じだし。
……一応洗濯はしてもらってるんで、小汚いとかみすぼらしいとかそういうことはないと思うんだけれど。
やがて『応接室3』と書かれた部屋の前に到着。嶺善さんがドアをノックし、「陸軍大佐、嶺善です」と挨拶。大佐って、結構上の立場じゃなかったろうか――うろ覚えだけど。それに応じて「入れ」との声があり、ドアを開いて中に入る嶺善さんに俺も続く。
中に待ち構えていたのは、唯一見知った顔の中隊長、それに知らないおじさん2人。どこか聞き覚えがあると思ったが、先ほどの声は中隊長の者だったのか。残りの二名についてはパッと見分からないが、それなりの権限を持った人たちなのだろう。
「嶺善、それに刻峰、座りたまえ」
「失礼します」
「……失礼します」
用意されていたソファに腰掛ける。”尋問”って言葉から警察の取調室みたいなものを想像していたが、本当にオフィスの応接室って感じの部屋に見える。木製の長テーブルの両脇に黒い革製のソファが設えてあり、俺と嶺善さんは下座の方に着席。中隊長、そしてもう二人の方は上座の方に腰掛けている。三人の手元にはなにやら同じ書類があるようで、恐らく嶺善さんの報告書なんだろうなと推測。
中隊長直々に全員分のコーヒーを淹れ、俺に「刻峰君、飲みたまえ」と促す。元の世界ではもとよりこっちの世界での作法をよく知らないが、とりあえず「頂きます」と一口。……美味い。
「美味しいです」
素直に感想を述べる。中隊長はご機嫌そうに「だろう?私の淹れたコーヒーは美味いと、ここじゃ評判なのだよ」と語った。「ちなみにコツは、蒸らしに使う湯の量と温度の加減なのだが……」と続けようとするも、残る二人の片割れが軽く咳払いすると「あぁ、これは失礼した」と着席。
「さて、報告書を読ませてもらった。にわかには信じがたいが……嶺善、刻峰、説明したまえ。君たちの口から、改めてな」
「承知しました」
「わかりました」
話そう。正直に、誠実に、嘘無く誤魔化しなく……。




