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ひのくに戦記1913 -戦火の世界-  作者: 茂野夏喜
第一章 
15/134

本土へ 1

 「ところで、刻峰よ」

なんなのだろう、改まって。

「お前は今、どこにも帰る場所がないのだよな」

「……はい」

「そして、どこの国にも戸籍などないと」

「……はい」

状況が状況なので先送りにしていたが、そういや俺、どうすんの???

「……難儀だな」

儚い同情。考えてみれば、俺はこれから先どうやって生きていけばいいのか分からない。

「で、だ。今は、どうやって飯食っていくつもりなんだ?」

ほんと、その通りですよ。どうしよ……。

「元の世界では学生だったんですけど、今は何にもありません。何とか事情を話すなりなんなりして、最低限生きていけるようになって。その後はお役所とかで相談して、何かしら生活手段を見つけていかなきゃいけないのかなって」

我ながら頭の回転が速い、即興で雑なプランを披露することに成功。”何とか”、”何かしら”って、具体的になんなのって話だが。まずは『こいつ不審者じゃないし妙な奴でもありません』って、嶺善さんに保証してもらえることを願うほかない。

「それから、元の世界に戻る方法とか見つかったらなって」

見つかる保証などありはしないが。無意識に『見つけます』ではなく『見つかったら』って表現している自分に軽い失望を覚える。

「まぁ、そうだよな」

嶺善さんは、何本目かの煙草に火をつける。……どうでもいいけれど、普段どんだけ持ち運んでるのだろう。


 彼の表情は、読めない。何を考えているのか、なんで俺と話がしたかったのか。もちろん俺のことを気遣ってくれているのはわかるし、先の通り俺の潔白(?)証明の説得材料を集めておきたいってこともあるかもしれない。でも、それだけじゃない気がする。


 この人は、俺をただの保護対象以上の何かだって思っていそう。霧雨さんとも意味深な言葉を交わしていたし。



 「三日ある」

唐突に語りだす嶺善さん。

「まだ、三日ある。お前がどうしたいのか、どう生きていきたいのか、元の世界に戻る方法をどう見つけるのか。難しいだろうが、自分の頭で考えることだ」

じっくりと紫煙を燻らせながら、俺に語る。

「……そろそろ、頃合いか。さすがに、一晩明かすとしんどいな。お前はそうでもなさそうだが」

まぁ、正直そんなに眠たくはない。だけど、朝日がいつもより眩しく感じられる。

「そうですね、俺もそろそろ戻ります」

「では、戻るか。一応部屋まで送ってやる、初めて乗る船で迷っては困るだろう」

「ありがとうございます!」

なんだかんだで、やっぱこの人は親切だ。信用できる。現状俺にとって一番頼れるのはこの人だって再認識した。




*  *  *




 「しっかしお前、まさかこんないい部屋を拝借してたなんてな!」

親しげに話す勇田は、俺の境遇に本気で驚いている様子。彼は先ほど俺の部屋を訪ねて来て、『世間話でもしようぜ』なんて宣った。真昼間にも関わらず、手には大きな一升瓶を抱えていたが……。

「俺もびっくりしたよ」

確かに、どこの馬の骨とも知れない人間の扱いならば倉庫にぶち込むとか独房っぽいとこに監禁しとくとかでもいい気はする。というかそれが自然ではないか?

「むしろ患者用のベッドにでも寝転がってた方がいいと思いますけどねっ!」

ちなみに、勇田と一緒に信濃原も来ている。傷は塞がりつつあるが、過度なアルコール摂取は避けるようにと俺を気遣ってくれた。そういう彼女は遠慮なくグビグビ飲んだくれているけれど――これはかなり意外だったが、彼女は合法的に飲酒できる年齢らしい。嘘だろ。


 「ひとまず安心しました、ちゃんと改めて治療は受けたんですね」

「うん、あの時よりも色々痛んだけど……」

傷ってのは不思議なもので、後から後からジワジワ痛んでくる。しかも消毒したり治療薬塗ったりと必要なことをするたび更に痛んでいくのが質の悪いところ。

「あの不意打ちで生還できただけ幸運だぜ!」

顔色一つ変えない信濃原に対し、勇田は既に顔が真っ赤だ。

「マジで『してやられた』って感じで、俺らの被害も相当大きかったんだ。……まぁ攻め方がノロマだったんで態勢を立て直せたし、そのまま勢いに乗ってイギリスの連中は追い返せたんだけどな」

言って、さらに呷る。そういや班のメンバーも、もうすぐ就寝時間とか言ってたな。


 ……にしても。戦争のことも含め。色々と気がかりなことはあった。


 「なあ、勇田、信濃原」

ちなみに、この船に乗ってしばらくで嶺善さんとこの二人には『俺』って一人称を使い始めている。彼らの前だと素でいられる気がしていたし、彼らもそれを全く嫌がらなかった。

「ここにきて、いくつか気になることがあるんだけど」

「何だ?何でもいいぞ」

「遠慮なくどうぞっ!」


 ド素人の質問コーナー開幕。



 「……まず、さ。台湾での戦いってまだ完了はしてないんだよね?」

「そうだな、まだ敵もある程度の勢力を保ってる。にしても、時間の問題だけどな」

俺には難しい話だったが、どうやらあの丘の周辺地域が戦略上重要なポイントになっていたらしく、そこから敵を排除できたってことで後は消化試合とのこと。

「終わっていない。なのに、この船にはそこそこの人員が乗ってる。嶺善班の方たちもそうだし、俺もそう。普通はお仕事が終わるまで残るものなんじゃないのか?」

「別に、そんなことはないけどな」

真っ赤な顔で酒を追加。絶対酒に強いタイプじゃないよな、勇田。大丈夫か?

「状況次第では戻すべき兵員は戻す、不要な資源は割かない。兵隊がたくさんいれば、それだけ消費される物資の量も輸送の手間も多い。そこを節約する、費用対効果?ってやつだ。」

「あとは、丁度謎の民間人保護!って名目もあるわけですし」

「そんなものなのか……」


 「じゃあ、次に。ええと、『皇国ひのくに』ってのが正式名称なんだよね。ということは、やっぱり天皇陛下が国のトップってことになってるの?」

「……テンノウヘイカ?」

「テンノー?」

……え。

「普通に、皇帝陛下が頂点に立ってらっしゃるぞ」

「です、です!」

あ、そういうこと。ここは明確に呼称が違うらしい。だがどちらも同じEMPERORだし、ここの時代観からしても納得ではある。


 そして、さりげなく横文字が普通に通じる。ここはよくわからないが……考えてみれば極端な方言も耳にしてないし、この世界の教育水準とか識字率とかはかなり高いんじゃなかろうか。


 「なるほど、ね。あとさ、白楼さんに関することなんだけど……」

ハッキリ口にするのが難しいな。

「彼女、どこか敵と見なした者を……その、”始末”することに固執してる節があるように思えるんだけど。俺の勘違いかな」

二人の反応から、これがやや答えにくい話なんだってことは伝わった。それでも、まずは勇田が口を開く。

「最初に、お前を殺そうとしたことな。……白楼は、誰よりも”敵”を憎悪してるんだ。特に、自分や仲間を傷つけようとする奴。そして更に目の敵にしているのが”裏切者”の存在だ。だから、言葉は通じるのに応答も意味不明、そこに居ること自体も不自然だったお前は彼女にとって”敵”の可能性も”裏切者”の可能性もあった。簡単に言えば、そういうことだ」

あまり踏み込んではいけなんだろうな。慎重に言葉を選ぶ。

「”色々あって”、そういう考え方を持つようになったって感じなのかな」

「ま、そんなところ」

「……ですね」

そういうことらしい。当たり前に察したけど、過去に何かあったんだろう。ある程度は打ち解けているが、それでも軍隊組織や嶺善班の部外者たる俺がこれ以上踏み込むのはマズイ気がした。


 「わかった、深くは聞かない」

それじゃ、最後にもうひとつ。どちらかというと、いまの空気をどうにかするために追加質問って感じだけど。



 「俺にはよくわかんないんだけどさ。イギリス側の人たち、わざわざルール違反してまで夜襲に来たのに時間が中途半端すぎなかったか?攻撃も複数場所の一斉攻撃、一斉爆破でいくつも侵入ルートを作ったみたいだけれど、それにしては勢いがなさそうというか。なんとなく、『これで決着つけてやるぜ!』って感じのやる気とかそういうの、全然感じなかった。こういう戦いってよくあるの?」


 何気ない質問。あの時のことを落ち着いて考えてみた結果、なんとなく覚えた違和感。大した話じゃないし、そこは何かしら適切な解説が返ってくるもんだと思ったけれど。



 二人は、驚きの表情を浮かべていた。

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