転戦 3
* * *
――インド王国 カルカッタ オレンジフォート
「……」
「……」
「……」
誰も、何も、一言も発さない。玉座から見下ろす王と、見下ろされる大勢の文官、武官。今この場には、軽率な発言を許容される空気すらない。少なくともその場に居合わせた武官の全員は、強張った表情で黙りこくり、俯き、小さく体を震わせて恐怖に脅えている。
「では、もう一度申し上げます。我が軍のカリマンタン島における戦況について……上陸後3日目以降、何の進展も御座いません。島内の主要な要塞について、その全てが敵の占領下にあります」
……たった一人、インド王国軍元帥たるガリ・ラスタを除いて。
「もう一度、復唱致しましょうか」
「……なぜだ」
「なぜ、とは」
インド国王ヴィハーン9世は、ごく静かな声量で。しかし、強い感情を込めた物言いで部下に問う。
「なぜ、計画通りに事が進まない?」
「それは、敵軍が想定以上に強固な抵抗を見せていること。そして、我が軍の戦力及び戦術が敵軍に劣っていることが原因であり」
「……ちがう」
「……恐れながら、仰る意味が」
幼き頃から大事に”育て”られた、傷一つなく、程よく引き締まって美しいとも言える肉体。王家の血筋において脈々と受け継がれてきた、端正で整った容姿。それを見眼麗しく立派な衣装で着飾った王は、全ての国民のあこがれの的であり、また羨望の対象である。
……だが今の国王は、そういった威厳や自信にを一切感じられないほど――もしもこの姿を国民に晒されたならば、その威厳と信頼を一挙に失ってしまうのではないかと思えるほど――に憔悴し、身を震わせていて。
「何故ッ!……何故これほどの戦力を投入して、1万にも満たない敵に不覚を取るのだッ!!??」
そして、憤怒と激情に駆られていた。
インド軍は、陸軍主体の巨大な組織。軍人の総数は2000万人にも登り、少なくとも数字だけ見ればアメリカに次ぐ強大な戦力を保持していることになる。そんなインド軍は(無論、すの全てを前線に送り届けているわけではないが)、これまで英仏の抱える東南アジアの領土を次々と攻略し、そして現在攻略中のカリマンタン島までその勢いは続いてきた。
それが現在。たった一万人ほどの戦力、なおかつ本国からの補給も途絶えた弱小であるはずの”烏合の衆”相手に、数か月単位で全く歯が立たないという状況が続いている。
「……」
「何とか言ってみろ!何故だ、何故うまくいかないんだ!!」
今回の戦争で、インド王国はアメリカ陣営に付いた。それは国内の知識人、軍人、政治家、そして国王自信も含めた会議を開き、国勢を分析・判断したうえで『アメリカ陣営として参戦すべき』という結論に至ったから。
国王としても現在この国が他の列強国・先進国と比べてあらゆる分野における”時代遅れ”を引きずっていることを承知しており、今後国力を発展させること、他の列強国と並ぶ威厳ある国家を作るためにはこの大戦争の中で戦勝国となることを期待していた。それに、この巨大な国力を諸外国に誇示せんとする狙いもあった。
それだけに、今の状況は国王にとっても国全体にとっても非情に受け入れがたいものである。同盟軍に対するメンツは潰れ、敵国にも”ナメられ”てしまっている。
「元帥!答えろ!」
「……大変恐縮ではありますが」
この戦争の指揮を実質的に担うガリ・ラスタは、言葉を選びつつも極力誠実に、そして端的に事実を報告する。
「現在、カリマンタン島に派遣されている我が軍の兵力は凡そ10万。対する敵軍は英軍6千、仏軍4千といったところでしょうか。ですが、彼らは島民の指示を得ており、募兵または徴兵によって更に戦力を増強させているようです。度重なる戦闘の結果敵兵も多く倒れてはいますが、それでもその戦力が1万人を割る事態にはなっていないようです」
「そんな”雑魚”にすら手古摺っているというのか!?……そもそも、人員は補給できたとて、武器弾薬や物資の類はどうやって補給しているというのだ!?」
「……」
これは、あまり口に出したくない。そう思いつつも、分かりやすく事実を口にする。
「敵軍が補給に困らない理由は二つあります。まず一つは、島民からの徴収、または取引によって物資を受け取っているということ。そして二つ目に、敵は我が軍から必要な物資を賄っているのです」
「……は?」
国王の表情が凍り付く。これは何か特別な感情が湧き出ているのではなく、単純に理解が追い付かないためである。
「敵軍は、我が方の兵を倒したとき、その兵の持つ武器弾薬や物資などをできる限り鹵獲しています。斥候を出しても帰ってこぬという場合、その者たちを探しに行くとあらゆる消耗品を失った死体が発見されることになります。また敵の要害を攻めた後に撤退すると、次に来た時にはやはりほぼすべての兵からあらゆる装備が失われております。それに……」
これは、逆鱗に触れそうだ。
「実は、我々の陣地が敵兵から度々襲撃を受けており、そのたびに見張りや警備の者が倒され、多くの必需品が奪取されております。慌てて応援に駆け付ける頃には、倉庫の物資は既に荒らされた後であり、敵兵もまた姿を消しているのです。それだけではありません、我々の補給部隊も」
「何故なんだッッッ!!!???」
やはり。
国王は怒鳴りながら立ち上がったが、誰一人としてそれに反応する者はおらず、ガリ・ラスタ元帥も『ここは煽らぬ方が良い』と判断し、口を閉じてしまう。
十数秒ほど最悪な空気が漂ったのち、感情のやり場を失った国王は盛大な溜息をつきながら再び座する。
「……こんな……。こんなことが……」
また、最初の空気に戻る。この上ない気まずさの中、責任を問われる立場の者たちは揃って口を噤んでしまう。無論武官以外の者たちも口を挟むことなどできず、ただ居心地の悪さを感じながら無力に佇むことしかできない。
「…………わかった。そうか、我々は敵に食われておるか……」
国王は僅かながらも冷静さを取り戻し、正しく問題に対処しようと頭を動かす。
「では、問う。この状況を解決するには、どうすれば良い」
「……恐れながら。やはり、援軍を要請するほかないかと」
「……」
国王は黙りこくり、そして元帥も同じようにして返答を待つ。……実はこの時、元帥は内心冷や冷やした思いで言葉を待っていた。ただ国王の機嫌を損ねたくないというだけでなく、重要極まりない情報を国王に明かしていなかったからだ。
それから十秒、十数秒。国王は顔を伏せ、頭を抱え、時折小さく唸りながら考え続ける。守らねばならないメンツ、取り戻さねばならない尊厳、そしてこの戦争で我が陣営が勝利するために必要なこと。
それを、単独でやりきれるのか。現状我が軍にどれだけの戦いができているのか。このままで良いはずはないが、では現状を打開する手段はどこにあるのか。
長い長い沈黙ののち、国王はゆっくりと顔を上げる。今まで俯いていた者たちも顔を上げ、国王の顔をじっと見つめる。
「そう、か」
「……はい」
「それ以外に、道はないのだろうな」
「僭越ながら、私はそう考えております」
「わかった」
躊躇いを感じさせるような、苦虫を嚙みつぶしたような痛々しい表情。それは国王の内面をそのまま現しているようで、ガリ・ラスタ元帥も胸を痛めつつその決断を聞き届ける。
「我が軍は、引き続き同島の攻撃を続行する。その上で、米軍並びにひのくに軍に対し、援軍を要請するものとする」




