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ひのくに戦記1913 -戦火の世界-  作者: 茂野夏喜
第一章 
134/134

転戦 4

*   *   *




 カリマンタン島 北部 インド軍駐屯地



 この島を攻撃して、長い時間が経つ。当初の予定でいけば、今頃はこの島を占拠し治安の維持にでもあたっていたはずだ。むしろこの島へ到着する前までの侵攻ペースが維持されていたならば、自分たちの多くはより南の島で”どうせ攻めてこない敵”を相手に”まやかしの戦争”を繰り広げることが――つまりは、気楽に南国生活を堪能することが――できていたはず。


 だが、この島の防備は思いのほか頑強であり。手古摺るどころか、もはや攻め立てられているのはどちらなのか判別が付かなくなるような有様である。



 「はぁ……」

一人のインド兵が、大きなため息をつく。戦況は泥沼化、被害の報告は次から次に入ってくる、そしてマトモな戦果はずっと耳に入らない。やれどこそこの倉庫が襲撃された、どこそこで輜重部隊が壊滅した、どこぞの部隊が斥候に向かったっきり帰ってこなかった。


 そんな報告が続けば、誰だって面白くない気分になるのは当然のこと。そしてその悶々とした不満や不快感は、上から下へと押し付けられていく。丁度彼も、先ほど上官から命令と共に意地悪にも近い注意を受けてきたところである。



 「ったく、八つ当たりしやがって。誰が命張ってるのか考えてモノを言えっての」

嫌なことを一瞬で綺麗さっぱり忘れ去ってしまう。もしもそういうことが出来るのならば、人生というのはどれだけ快適で素晴らしいものになるのだろう。彼は憤りを抑えるために、そんなどうでもいい妄想に頭を使う。


 ……まぁ、良い。自分自身はああなるまいと、そう思うことによって自分の中の”正しさ”を再認識する。イライラしたからって部下に当たるものか。不都合があったからとて誰かのせいにして逃げるようなことをしてたまるかと。そういう考えを持っている自分は上官たちよりもマトモなのだと、そう考えてみる。


 ……よし。良い感じだ。



 私は真っ当な軍人であり、たとえ装備が貧弱でも、たとえ敵国の”お下がり”で身を固める軍隊に所属していようと、性根だけは曲がらない。そう思うことによって、彼は精神の安定を図ることに成功した。



 ……かのように思えた。




 「ぃいよおおおぉぉ~」

「……」



 確固たる決意は、一瞬でどこかへと消え去ってしまう。突然耳に入る間の抜けた挨拶――それも、限りなく不細工な挨拶――は、彼を一瞬で閉口させた。


 「……んん?あっれれぇ、おっかしいなぁ……?ラル軍曹さん、どうしちゃったのかな?」

「……」


 肩が震える。……一旦目を瞑り、深呼吸をし、そして声の主に顔を向ける。


 「ルドラ一等兵」

「なぁんだ、聞こえてるじゃあないですかぁ。心配させんでくださいよ、そんな意地悪な……」

「ルドラ一等兵」

語気を強める。

「……はい?」

「……貴様、何をしている?」

「何って……そりゃあ、ここで兵隊やってるんですがねぇ」

「……」


 マズイ。腹の底から湧いてきた怒りが、一瞬で頭の頂点にまで達しようとしている。


 「確認しよう、ルドラ一等兵。私の指示を聞いていたか?」

「えぇと……あー……えー……あ、そりゃ、もう!えぇ、えぇ、しかとこの耳に届きましたとも、えぇ」

「……では、私は何と言っていた?」

「……」


 今度は、聞かれた側の男――インド陸軍所属ルドラ・ファ一等兵――の方が黙りこくる。ルドラは小さく唸り、『うーん』『えーと』と頭を抱えながら一生懸命に思考する。



 「…・・あぁ!思い出しましたとも!確か……『両親を大事にしろ』と!」



 あぁ。



 「どうです?合ってますでしょう?へへへ……」


 無理だ。


 「……?なんで黙りこくっちゃうんです?寂しいじゃないですか、そういうの嫌なんですよねぇ」


 収まらん……ッ!!




 「馬鹿者が!!!!」

「……はい?」


 大声で怒鳴るラル軍曹に対し、怒鳴られる立場のルドラ一等兵は不思議と一切動じない。


 「貴様!私はこう言ったのだ、『ラヒズヤ二等兵と共に歩哨に当たれ』と!!」

「あー……えぇ、そう言えば、そうでした……っけ?」

「貴様……ッ!!」


 彼の怒りはこれに留まらない。ただ単に職務をサボっているだけでも大問題だが、先ほどからこのお調子者の口から漂う臭いは……。


 「貴様、任務を放棄するどころじゃない、”また”酒を呑んでやがるな!!??」

「あー……何のことでしょう?」

「何のこと?じゃない!!!とぼけるな!」

「えぇ~……」


 本当に、このだらしなく怠慢でどうしようもないオッサンときたら……!


 「いつ何時敵が来るかも知れんのだぞ!?貴様がサボっている間に敵に侵入され、仲間が皆殺しにでもなったらと……ッ!」



「あの……」



 そのやり取りを恐る恐る遮ってきたのは、現在ルドラ一等兵とともに歩哨に当たっているはずのラヒズヤ二等兵。小柄で大人しい若者であるが、それでも意を決して怒る上官に意見を申し立てる。


 「僕たちは、ずっと歩哨に立っていましたよ。ただ交代の人たちが早めにやって来たので、それで……」

「おう、おう!そうだったな、ラヒズヤ!どうでぇ、俺らは何も悪くないですぜ?」

「……!いや、だからと言って飲酒を許す理由にはならん!大体貴様はいつもいつも……!」

「あんま怒らんでくださいよ、落ち着きましょうや。今敵が来たらどうするんです?」

「貴様!!」



 本当に手が出そうなほどに腸が煮えくり返ったものの、その怒りはしばらくで呆れへと変化する。


 ――だめだ。こいつには何を言っても通じそうにない。



 先ほどよりも更に大きな溜息をつき、『もう、いい』と言い残してその場を立ち去った。




 「ったくよう、あんなんじゃ嫁ぁ来ねえぞぉ」

「ルドラ、何があったの?」

「ん?あぁ、よくわからんが軍曹はお怒りだったようだな」

「怒るって、何でなんだろう」

「さあなぁ……軍曹ともなれば、色々苦労することもあるんだろうさ」

「そっかぁ、大変なんだね」

「あぁ」


 上官を煽るだけ煽っておきながら、ルドラ一等兵は他人事のように勝手な言い分を口にし、そして彼を敬愛するラヒズヤ二等兵も全くそれを疑おうとしない。元々ルドラ一等兵という男はだらしなく不真面目な人間であったが、ある意味でだらけきったインド軍の象徴とも言える存在であった。


 「じゃ、戻ろ。食料の残りがまだあったはずだよ」

「おぉ、ツマミになるもんでもあるかねぇ」




 *   *   *




 カリマンタン島 南部 某所 イギリス軍防衛拠点


 「……。現在の弾薬量についての報告は、以上であります」

「ご苦労」

「はっ」


 限られた食料、弾薬、武器、人員。普通に考えれば、ここまでの持久戦に耐えられるような備蓄量ではなかった。そういった劣悪な条件を見事に乗り越え、今現在でもイギリス陣営がこの東南アジア地域において無視できない勢力を維持しているのは、ひとえに”この男”の存在によるところが大きい。


 「ところで、ひのくにとアメリカの動きについてだが……」

「この島に?」

「あぁ。そろそろ、我々の脅威に勘づいてきたか」

「それは……何とも」

「好都合だ」


 ”彼”は壁に貼り付けられた島の全体図を眺め、そして何かを考えながらペンで以ていくつかのポイントに印をつけていく。


 「上陸されるのは、このいずれかの地点。先回りして対処しておく必要があるな」

「なるほど、準備しておきましょう」

「任せたぞ」


 言いつけを与えられた部下の一人が即座に動き、一礼して司令室を出る。それを見届けた後、”彼”は改めて地図に目を遣り、そして懐から階級章を取り出す。


 ――自分のものでない、他の”誰か”から剥ぎ取ったもの。



 「教えてやろう。忠義とは、こうして尽くすものだ」








 第一章 完

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