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ひのくに戦記1913 -戦火の世界-  作者: 茂野夏喜
第一章 
132/134

転戦 2

 *   *   *




 翌朝。もはや敵は逃げ去ったものと確信したのか、多くの兵が戦場の中で仮眠を取り、そして朝を迎えた。俺や他の班員の多くは一応敵襲に警戒しつつ伏兵の掃討するため各所を歩き回っていたが、結局その晩は一発の銃弾も放たれることはなかった。



 「ご苦労」

見回りを終えてきた俺に、嶺善班長が労いの言葉をかける。


 「いえ、特に異常はありませんでしたし……まぁ、眠気はありますが」

「あぁ、そうだろうな。若いお前達がそうである以上に、俺も夜更かしは堪える」

「班員は全員無事なんでしょうか」

「黒桐伍長の被弾以外は特にない。運が良かったな」


 運が良かった。


 確かに、この戦いには勝利した。その上で、俺たちは生き延びた。強固な防衛線を相手に幾多の兵が犠牲になったことか。


 歩き回っている最中にも、数多くの死体を見つけた。大きな声では言えないが、あまりにも”散らばり”過ぎているのと闇夜であったこともあって、何度かそういうモノを踏んでしまうこともあった。


 無論、自軍の兵だけではない。敵兵の死体も、そして同盟軍たる米兵の死体もそこら中に転がっていた。今はかなりの人数を動員してそういった戦闘の”痕跡”の後始末を行っている段階だが、既に腐敗が進んでいるものもあり、どれだけの手間がかかるのかは想像もしたくない。



 「あの、班長。気になっていたことがあるのですが」

「何だ」

察してはいても、言葉にして欲しかった。何故なのか、それはよくわからない。でも、ハッキリと口に出して、それなりに納得のいく話を聞きたかったんだ。


 「何故、我々は」

思い出す。俺達が出撃したタイミング。幾多の兵の屍の上に成り立つ、比較的”安全”なルート選択、そして、都合よく現れた米軍。


 「何故、班長はあの時を出撃の好機と見たのでしょうか」

「……何故、か」


 これはもう、この人の癖なのだろうか。少し話が長くなると見るや、彼はいつも懐から煙草を取り出し、慣れた手つきで火を点ける。それから少々時間をかけて煙を吸い、またゆっくりとそれを吐き出すのである。



 「俺は、上を信用している。一見無謀で成功の可否を疑うような戦いであっても、必ず勝算をもって戦いに挑んでいると、そう信じている」

「勝算」

つまり。

「……正直、確信まであるわけでは無かった。だが、俺もそれなりに情報を集めてはいる。この戦いの少し前に、俺は二つの情報を得ていた」

 ここまで言って、再び喫煙開始。今度は、すこし勢いをつけて煙が吐き出されていく。


 「まずは、米軍の船団が出港したという情報。……とは言っても、これはあまり規模の大きくない船団だ。それに大量の物資を含んだ輸送船団ということで、まずこの地へ本格的に攻撃を開始できるようなものじゃあない」

「……」

「そして、二つ目だ。これは噂程度のものだったが、どうやら米軍の艦船の一部が欧州に向けて出港したらしい。その根拠として上げられたのが、実際いつもそこにあるはずの艦艇が、各所で同時に姿を消したということだ」

「秘密裏に」

「そう、そういうことだ」


 どこでそんな情報を入手したのか。気にはなるが、ともかく話を聞く。


 「そして、今回の防衛線だ。あまりにも時期が良すぎる。一見無謀な攻撃計画の公表、謎めいた動きを見せる米軍艦隊。同時に意味深なことが起きている時、何かしら影響し合っていると考えるべきだ」

「そう、なんでしょうか」

「そしてこれは謎でも何でもないが、南米地域は今回の戦争に中立を保ちつつ、アメリカの影響を強く受けている国々。アメリカの東海岸から北欧へ向かうはずの船が周囲の海域を通ったってだんまりを決め込むに決まっている。わざわざ北の大国に喧嘩を売る理由もないからな」


 そうか。この人は、そういう規模で物事を見ているというわけか。



 「何かあると思った。そのタイミングについては勘だがな。どうやら上は、米軍の参戦を秘密裏に行おうとしたらしい。それは恐らく、敵にその情報を伝えないためだ」

「……部下を、信用していないと」

「信用がどうという話ではない。捕虜が拷問で口を割られたり、何かしらの手段で情報を抜き出そうとする者が居る可能性も否定できない。……単純に考えればいい、秘密とは文字通り”守る”ものだ」


 なるほど。



 「いずれにせよ、この戦いには何か勝利の策があると考えた。あとは私の”勘”によるものと考えていい。なぜ最初から攻撃に参加しなかったのかと言うと、単純に我が隊の戦力を失いたく無かったから。それだけだ」

「……そうですか」

「後ろめたい気持ちを抱くなら、それでもいい。自分自身が後の者のため、最初の攻撃に参加し高確率で犠牲になる道を取ることだって選択肢だったかもしれん。だが、我々は”そういう職”に向いていない。それで納得してくれ」


 俺には、合理的思考が欠落していたんだろうと、この時自覚した。



 控えめに言って、嶺善班の面々は他の兵に比べてかなり優秀なのである。俺自身はともかく、他の班員たちは皆”何か”について突出した才能、或いは知識を有している。そしてそれはいずれも”敵弾飛び交う広大な平野を駆け抜ける”ことには何の役にも立たない。


 優秀な人材に、そうでない者でもできる職務をさせるべきか。効率の話でいえば、それは極めて無駄であり、合理性に欠ける。


 いわば、才能による”命の選別”にも近い感覚を覚えるものの、それは何も悪いことじゃない。能力による不平等、だから何だという話。



 ……こと軍隊組織において、つまらないヒューマニズムなど捨て置くべき。そういうこと。



 「分かりました。手間をかけて、すみません」

「別にいい。部下の疑問に答えるのも上官の役目だ。その全てについて納得のいく答えはだせないかも知れんがな」


 どうやら、話は終わった。嶺善班長がタイミングよく喫煙を終えたのを見計らい、『それじゃ、作業に戻ります』と言ってその場を立ち去ろうとすると、『いや、戻らなくていい』と呼び止められる。


 「我々の職務は終わった。この島における職務は、な」

「はぁ……?」



 「戻りました」


 そして、これまた示し合わせたように次々と班員たちが作業から戻り、更には珍しく霧雨曹長も集まってきた。



 「皆、聞いてほしい」


 全員が集まったのを見計らい、嶺善班長は改まった声色で話を始める。



 「この島の半分以上は制圧済み。当初の予定ではこの後更に島の東側まで侵攻し、更にミンダナオ島までの攻略に参加するはずだった。だが、予定が変わった。我々は、これ以降ルソン島、ミンダナオ島の攻略作戦には参加しない」


 予定変更。正直、俺達数名の戦闘要員の同行が変わる程度のこと、この戦い全体には殆ど影響がないように思う。


 だけど。いや、だからこそ。わざわざそんな地味な”変化”を強いられる背景には、何かしら無視できない事情があるのだろう。


 じゃあ、その背景ってのは何なのか。それは俺達から聞くまでもなく、次の一言で説明されることになる。



 「我々はこれより、我が軍と米軍の一部部隊と共にカリマンタン島へ向かう。同島の攻略に手を焼いているインド軍への支援目的だ。破竹の勢いで在アジア英仏軍を排除してきた彼らが手古摺る相手だ。……油断は、できない」

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