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ひのくに戦記1913 -戦火の世界-  作者: 茂野夏喜
第一章 
131/134

転戦 1

*   *   *




 嶺善班の面々は、思い思いの活動に精を出していた。ある者は敵軍の残党を狩るために未だ戦場を歩き、ある者は負傷した者への手当や救助に専念し、またある者はそういった者を護衛したり。或いは捕虜となった敵兵を連行するなど、その殆どが戦闘の後処理に回っていた。


 「もう、大丈夫ですからね」


 そういった班員の一人、信濃原一等兵は最初から戦闘に殆ど参加しておらず、今この時も森の中で負傷者を探しては可能な限りの手当てを行っている。



 「うぅ……」

「出血はさほど酷くありません、絶対に助かりますから」


 腹部の銃創を見ると、銃弾は貫通しきっていることが確認できた。彼女の経験上、こういった負傷というのは中途半端に銃弾が残留しているよりも貫通銃創になっているほうが治療は容易い。


 「止血します。痛むと思いますが、堪えてください……」

「ング……ッ!!」


 まずは負傷者の口に布切れを噛ませ、被弾部分を厚めの布で覆い、圧迫する。痛み止めを打っても良いのだが、数に限りがある。どうにか本人が耐え切れそうと判断した場合には、できるだけ節約しておきたいところだ。


 痛みを堪える悲痛な呻き。何度も何度も耳にしてきたが、中々慣れないものである。だが治療に意識を集中させる術は身に着けており、この程度なら死ぬようなレベルでもないと判断して作業を急ぐ。


 弾が放出された側の傷口も似たような処置を施し、傷口両側を覆っている布を強く固定させるため、包帯で胴を一蹴させる。ひとまずはこの一連の作業で応急手当は完了である。



 「手当は完了しました。直ぐに人を呼んで運ぶので……」

「あぁ……ありがとう」


 痛みは引かないものの、ひとまず窮地を脱したことだけは認識できたらしい。負傷兵は寝かされたままの姿勢で、救護者に感謝の言葉をかける。



 索敵がてら見回りをしていた者に声をかけ、負傷兵は無事後方の陣地へと運ばれていった。彼は去り際にも改めて礼を言い、そして弱弱しい動作ながら彼女に敬礼を向けるのであった。



 「信濃原一等兵、こちらにも負傷者が」

「はい、直ぐに向かいます!」



 少し離れた所に案内され、倒れている負傷者と必死に治療を試みているもう一人の姿が目に入る。


 ――出血がひどい。マズイ。


 一瞬で嫌な予感を覚え、すぐさま状況を確認する。



 「手当てに来ました。負傷からどのくらい時間が経っていますか?」

「あぁ……もう、ながいこと……」


 要領を得ない。が、ますます危険な状況であることは十分に理解できる。


 「何とかしますから、変わってもらえますか」

言われた兵は、黙って戦友から離れる。即座に負傷者の横に着いた信濃原一等兵は、まず負傷者の具合を確かめようとした。



 「もしもし、もしもし!」

「……ん……」


 意識は……ギリギリ、あるらしい。少なくとも、呻き声すら出せない状態ではない。


 次に傷の具合を見る。どうやら銃弾ではなく爆発物の破片によって負傷したようで、傷口は大きく広がっており破片も腹部に残留している可能性が高そうだ。


 そして、出血量。見るからに大量の血液を失っており、正直手を尽くしても生存の可能性は低いように思われた。



 「……」



 限られた資源。軍人として彼女のすべきことは、一人でも多くの兵を救助してやること。時間と資源を大量に消費してでも誰かを助けようとすべきか、或いは重傷者を見捨てて助かる見込みのある者を数多く救ってやるべきか。



 「……助かる、のか?」

「……」



 いつも、こうして葛藤する。今この時も彼女は”見捨てる”という合理的思考と、”でも、救いたい”という極めて私的な感情の間で揺れ動いている。


 故に、即答できない。



 「こいつは、俺と一緒にいて。手榴弾が転がってきたとき、俺が逃げ損ねて。こいつは、俺を守って……」

「……」

「こんな、こんなことに……なんで、俺じゃなくてこいつが……」



 命の選別を行う者にとって、こういう話は耳が痛くなるものだ。以前にも似たような経験があり、ちょうど今この時の様な状況で話を聞かされた。その時負傷者に付き添っていたのがベテランの古参兵であったが、彼は誤射により可愛がっていた部下の一人に重傷を負わせてしまったのである。




 その時の彼女は、『申し訳ありませんが、高確率で助かりません』と見捨てる判断をし、結論を口に出してそのままその場から立ち去った。これは薄情でも何でもなく、職務上むしろ模範的な選択を取ったに過ぎない。


 だがしばらく後、彼女はその時の決断に後悔を抱くことになった。



 『父上、母上、私の愚行を御許し下さい。並木一等兵のお父様、お母様、私の過ちを御許し下さい』



 自責の念に押しつぶされてしまった彼は、部下後を追って自らの命を絶ってしまったのだ。



 その時の判断が正しかったのか。自分は、正しいことをしたのか。彼女には、今でも答えが分からない。




 「……」

戦争とは、常に残酷なものであり、そして限りなくグロテスクなものだ。それはヒトの肉体を傷つけるだけでなく、命を奪うだけでなく、それに携わった者の精神を蝕む毒か、病か。或いは、呪いの様なものだ。


 「俺のせいで……」

「助かる、とは言えません」

「そんな……」

「でも、」


 それは時に、人を合理的でない行動へと導くこともある。それが正しいのか正しくないのか、そういう理屈は置き去りにされるのだ。



 「手は、尽くします」



 それなりに人員がいる。だから、自分一人がいまここで粘ってもそれほど大きな問題にはならないかもしれない。そういう打算もあって、彼女は自分の正しさを信じることにした。


 「少し、手間がかかります。手伝って下さい」

「あぁ、分かった。何をすればいい?何でもする、助けてくれ……」



 こうして”加害者”の手を煩わせることで、罪悪感を薄めてやる。無意識ながら、何とも気の利いた手配。


 今ここに一人の命を救うという”戦い”、そして同時に彼女らの抱えるトラウマとの”戦い”が開始された。




 *   *   *




 同日中に、防衛線のほぼすべての攻略が完了した。最南端のごく一部のエリアを除き、ニュージーランド軍、オーストラリア軍、全ての兵員が戦死、撤退、或いは拘束され、最南端のエリアについても翌日までに撤退が行われた。



 追撃の命令も夜半ばで撤回され、敵の殿部隊を全滅させたところで戦闘が終了。最前線で戦っていたウィリアム伍長やマイケル上等兵は大手柄を立て、敵兵の排除だけでなく多くの捕虜を獲得。その後行われた捕虜尋問の結果、敵の戦略に関する”重要な情報”を入手するに至る。


 また米軍の実力は敵味方に広く知れ渡ることになり、ひのくに軍からはその活躍ぶりを称えられ、敵軍からはひのくに軍よりも大きな脅威として認識された。


 だが、その代償も決して小さくはない。



 マイケル上等兵やその他多くのPERHEG隊員が危惧していた通り、PERHEGやNB連隊にも少なからず犠牲が発生した。彼らは強力な手駒であるが、精鋭と言うのは育て上げるまでにそれなりのコストが発生するものだ。それに、この戦いにおける米軍の攻撃は奇襲することに意義があったのであり、このタイミングでわざわざ最高戦力を惜しみなく投入することには各所から疑問の声が上がっていた。


 『どうせ勝てる戦いなのに、そこまでするのか』


 『こんな所で精鋭を損耗させるのか』


 と。



 無論、イエスマンに囲まれ聞く耳を持たぬマキシ総司令官には、そう言う声など届かなかったのであるが……。

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