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ひのくに戦記1913 -戦火の世界-  作者: 茂野夏喜
第一章 
130/134

生き延びろ 4

 「んなことより、もう戦いは終わりなのか。悪いがお前らに残す手柄はもう……ん?」


 追撃する味方の後ろの方から、見慣れた同僚の姿を認める。

「おぉ、お前も昂ってきたのか?」

「そんなわけあるか。命令だ、命令」

「命令……?」


 いつもこんなやつれた感じではあるが、今日のマイケル上等兵はいつにもまして不機嫌そうである。

「一部の一般部隊に加え、我々PERHEGも敵の追撃に参加せよとのことだ。それも、徹底的にやれとな」

「ほう、上も少しはやる気があるみてぇじゃねえか」

「……そういう問題じゃねえんだよ……」


 この戦い自体、精鋭部隊の参戦はどう考えても不必要であったし、兵力も過剰であったと思う。攻める人数や規模が大きければそれだけ勝てる見込みも増えるのだろうが、当然敵弾に当たる人数だって増えるはずなのだ。


 ここぞという時に使うべき戦力を、こんなところで消耗させるとは……。



 「俺らみんな、上の見栄っ張りで死んでいくのかねぇ」

「何言ってんだ、撃たれる前に撃てば良いんだろ?そんなことも分からねぇのかよ」

「……はぁ」


 ともかく、命令は命令だ。上層部に二回目の失望を覚えたものの、それに逆らうわけにはいかない。敵の戦力を更に削れというのなら、それに従うまでだ。


 「それよりよ、ニュービー共はどうしたんだ?」

「刻峰二等兵はひのくに軍、そしてウェンキ二等兵のNB連隊も追撃に参加せよとの指令は出ていない。どうやら、NBの連中には手柄を立てさせたくないらしい」

「そうか、あいつらも哀れなもんだぜ……」


 本当に哀れなのは誰なのか。そう言おうとしたものの、本気で憐みを覚えていそうな同僚には何を言っても無駄そうだと悟る。


 「じゃあ行くぞ、遅れんな」

「あぁ……」




 *   *   *




 「すまんが、無理をしてでも歩いてもらうぞ。痛みは耐えてくれ」

「はい、軍曹。申し訳ありません」

「そう思うなら最後まで耐えるんだ」

「勿論です」


 負傷兵に肩を貸し、砲台陣地後から徒歩にて撤退する。マトモに体を動かせる者はそれぞれ負傷者に肩を貸し、背に乗せ、或いは数人がかりで簡易な担架を作って運んでいる。あまりに負傷が酷いものは諦めるしかなかったが、ここまで命懸けで戦ってきた仲間を見捨てまいと、皆疲れた体に鞭打って歩を進めているのだ。



 「この後、我が軍はどうなるのでしょう。この島は、もう……」

「まだ、分からん」


 それが、気休めにもならないことなど分かりきっている。この防衛線は相当な時間と労力を費やして作られたものであり、この島最大の防衛拠点でもある。それがたったの一日で陥落するということがどういう意味なのか。


 正直、考えたくもない。



 「なにも、この防衛線だけが全てではない。まだ味方の陣地はいくつもある。島の面積で考えても、三分の一程は我々の占領下にある」


 だから、何だ。


 「そもそも、この島だけじゃない。我が軍はミンダナオ島にも陣地を張っている。それ以外の島々にも相応の戦力を残している」


 それでどうにかなるとでも?そもそも、海軍で負けている我が軍がこの地域の制海権を保持できるとでも?


 「だから、この敗北についてはもう考えるな。前を見るんだ」


 ……自分でも、できないことを。平気な顔で、いかにも上官らしい風を装って、そう言ってのける。



 「……」


 負傷兵は何も言わず、ただただ沈鬱に俯いている。


 無理もない。トム軍曹も、これ以上話をしようとはしなかった。




 「おい……おい!」


 少し離れたところで、バタン、という音と共に、悲しげな声が聞こえてくる。


 「しっかりしろ……おい、しっかりしろって!!」


 

 倒れた誰かに、別の誰かが声をかけている。どうやら無理を押して歩いてきたらしく、その夥しい出血に体が持たなくなってしまったらしい。本来なら見捨てるべきレベルだが、それでも彼に寄り添う誰かは見捨てなくなかったようだ。



 「……ぁ……て……」


 何か言おうとしているらしいが、言葉にならないらしい。涙ぐんで必死に呼び掛ける戦友を薄い目で見据え、呻くようにして何かを伝えようとしている。


 「……を、て……ぇ……」


 そこまで言って、静かに瞼が閉じられる。全身の力も抜けたようで、ギリギリのところで力んでいた手足がだらんと崩れ、そして遂には息絶えてしまった。



 「……こんなの……こんな……」



 「……おい」

悲痛な背中を見かねて、声をかける。


 「……」

振り向いた兵は、目を真っ赤に充血させ、そして少々の鼻水さえ垂らした泣き顔をしていた。


 「友人だったのか」

「……はい」

「そうか。さぞかし良い奴だったのだろう。戦友に酷い泣き面をかかせるくらいだからな」


 徐に、空を見上げる。少しづつ日が落ちてきて、オマケに珍しい曇り空。爽やかさの欠片もない暗雲立ち込める曇天を見上げ、彼は残してきた部下たちのことを思い出す。


 一人一人の顔。最後に分かれた時のこと。そして最後まで帰ってこなかった二名についても、もう無事に帰還することはないだろうと察する。



 陽気な凄腕ハンター、ジェイコブ・スパーク一等兵。森林戦においては無類の強さを発揮し、この戦いにおいて個人であっても最大限の活躍を見せた男。彼は、トム軍曹が出会ってきた中で最も才能ある天才肌の軍人であった。


 ジェイコブの弟分だった新兵、イディーレ・スカ―二等兵。彼は特別優秀な軍人ではなかったが、素直で心優しい人柄の模範的な兵士ではあった。同期のジェイコブのような軍人を目指して努力していたようだが、この戦場で彼の夢は砕け散ってしまった。


 大柄で豪快であり、なおかつ義理堅かった大男、ヴァルビン・ウッズマーク一等兵。その大柄な体格で信じられないような馬鹿力を発揮し、敵を蹂躙し、そして仲間の死には無遠慮に涙を見せる一面もあった。半島制圧戦で倒れた者たちに勝利を約束していたはずだが、現実はかくも残酷なものである。正直、彼の生還は絶望的だろうと覚悟している。


 薄情に見えるが実際は仲間思いだった男、ナーギィ・ストーティ上等兵。目立った才能は見られなかったものの、頭の回転は速く的確に状況を判断できて頼れる存在であった。もしも自分が倒れた際には彼にその地位を引き継がせようとしていたが、その願いももはや叶いそうにない。



 「同じだ」


 「同じ……」


 「あぁ、同じだ。皆、大切な誰かを失くした。頼れる誰かを失くした。私も同じだ、信頼できる者たちの多くは、既にかの地で眠っている」



 今来た道を振り返る。だいぶ長い距離を歩いてきたが、それでも銃声や雄叫びは耳に入るし、ここから戦う仲間たちの背中も確認できる。



 ……心の整理がついた。そんな気がした。


 「歩け。立ち止まるな」

「……はい」


 少しの間をおいて、彼は立ち上がる、そして、戦友の遺体を肩に担ぎ、そのまま歩き始める。



 『置いていけ』と言いかけたが、思いとどまる。震えながらも戦友を置き去りにすまいと必死で歩くその背中に、かけるべき言葉などないように思えたのだ。



 「……行くぞ」

「はい」



 彼らだけではない。周りには何百という兵たちが同じように歩いており、それぞれ言葉にならない思いを胸に抱えて必死で生き延びようと踏ん張っている。その姿を、目に焼き付ける。



 「まだ、だ」

「どう、しました」


 「まだ、我々は。負けてなどいない」


 力強く、地を踏みしめた。

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