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ひのくに戦記1913 -戦火の世界-  作者: 茂野夏喜
第一章 
13/134

嶺善班 3

 しばらく待っていると、班員たちが続々と帰還してきた。待っている間は嶺善さんから借りた双眼鏡でずっと戦場の様子を観察。嶺善さんは「自由にやらせておけば問題ない」とのことで、戦場を眺めながら煙草を吸ったり、時々近くを通る味方の兵士と短い会話を挟んだりしていた。


 広く見回してはいたものの、やはり戦場観察に使った時間のほとんどは嶺善班のメンバーに焦点を当てていた。「嶺善さんの部下だから」というだけでなく、彼らが周囲の兵隊と比較してもかなり”目立った”存在だったということもある。少なくとも5~6人、多くは10人前後でチームワークを発揮しつつ戦う敵味方に対し、彼らは単独行動がメインだったからだ。2人行動を取っているメンバーにしても片方の独走をもう片方がサポートするって感じで、この時代にしてはかなり極端な散兵戦術じゃないか?と思えるほどだった。



 「班長、戻りました!」

勇田と信濃原。いつの間にか狙撃ポジションを離れていたらしく、二人そろっての帰還。二人とも切羽詰まった様子がなく、いかにも一仕事してきましたって感じの爽やかな表情だ。普通は人殺しの後にそんな表情を浮かべるように思えないが、かといって”戦闘狂”って感じもしない。あくまで普通の青年と少女、住んでいる世界が俺とは違うだけだから……と言い切るのも難しいけれど。


 「うむ、ご苦労だった。」

短く返す嶺善さん。

「お、刻峰!無事だったか!」

嬉しさをにじませた声の勇田、彼の声からは皮肉のかけらも感じられない。

「無事というか、転んだ時の怪我はあるみたいですけどね」

そういいつつ、信濃原は腰につけたポーチをまさぐり始める。

「勇田さん、それはこっちのセリフですよ!あそこで一人残るって、相当危ないと思ってましたが……」

「あー、あれか。普段はああいうところで孤立なんてしないんだけどな。……ま、俺の狙撃は天下無双!的な!?」

得意げな返事。確かに彼の射撃は正確だったし、それを相応に自覚しているからこその自慢げな口調ってことなのだろう。

「ええ、見てましたよ。多分、300メートルはありましたよね」

「お、見てたのか!てか、距離感正確なんだな。信濃原がサポートしてくれたおかげで、快適に仕事ができたよ」

信濃原さんに笑いかける勇田。信濃原も笑顔で応じつつ、俺の近くに寄ってきて……目の前で座り込んだ。



 「刻峰さん、横になってください」

彼女の手が俺の体に触れる。誘導されるままに体を動かし、そのまま横になる。

「ちょっと痛いですけど、我慢してくださいね」

そう言って彼女は、俺の傷口に水を流し始める。一番深い切り傷のある右ひざのあたり、改めて刺激されると強烈な痛みが走る。

「……ッ!」

「痛むでしょう?でも、汚れたままじゃ結構危ないんですよ?」

彼女は水の量を適度に節約しつつ、白っぽいの布切れで傷口の汚れを拭き取っていく。膝、脛、大腿部、そして肘と上腕の側面部分。それぞれが思い出したように痛覚を刺激しているが、俺は何とか耐え切る。表情で苦痛を訴えていたとしても、声には出したくなかった。ここで戦っている彼らの負傷に比べればなんてことはない、そう自分に言い聞かせる。


 傷口の洗浄が終わると、今度はクリーム状の傷薬か何かを塗りたくられる。それも終えると包帯とガーゼのようなものを取り出し、それぞれの傷口を覆っていく。『応急処置ですけどね』とは言うものの、かなり丁寧に治療してくれているってのは十分に伝わってきた。


 女の子に傷の手当てをしてもらってるって状況。少しはどぎまぎしそうなものだが、その時の俺に一切の下心なく、純粋に感謝と恩を覚えていた。彼女が、まるで戦場に舞い降りた天使か何かに思えていたのだ。



 「終わりました!」

最後の包帯を巻き終えると、相変わらずの笑顔で俺に語りかける。彼女の治療を受ける兵隊たちは恵まれてるな、と思う。屈託のない笑顔を見せられると、怪我を負っていてもいくらか安心感を覚えられそうなもんだ。


 「ありがとう。助かったよ」

俺も、できる限りの笑顔でそう答えた。それが、治療してくれた人間へのベストな振る舞いだって思えたから。



 「班長!黒桐と光峰、戻りました」

二人そろっての帰還。嶺善さんは「あぁ、ご苦労だった」とだけシンプルに返す。

「班長、銃は……」

「これだ、よろしく頼む」

「……!お預かりしましょう!」

黒桐さんは、ハイテンションに銃を受け取り、近場の岩場に腰掛けて銃をあれこれといじくり始めた。

俺が何してるんだろ?って感じで彼の方を見ていると、嶺善さんは「あいつは銃のメンテが大好きでな」と教えてくれた。黒桐さんはオタクっていうか、ギークって言った方がニュアンス的に正しそう。彼の目はとても楽しそうで、でも真剣に作業をしてるんだって表情をしている。


 「君、生き残ったんだね」

三峰さんからの唐突な絡み。どう返していいか分からなかったんで

「えぇ、おかげさまで」

と無難に答える。

「いったいどうやって生き延びたの?」

「はい、途中まではジッとしてたんですけど、色々あって負傷者の方を運んだり……最終的には白楼さんについていって。ここまで守ってもらえました」

すると光峰さんは怪訝な顔をし、

「へぇ……立派な心掛けだとは思うけど、やっぱり君は長生きするタイプじゃなさそうだね」

と、再び不気味な言葉を口にする。

「そうですね、武器も持ってないのに戦場をうろうろすると」

「あぁ、そういうことじゃないんだ。いや、もちろんそれも十分危ないんだけどさ……」

みんながこちらの会話に耳をそば立てていないことを確認し、俺に耳打ちする。


 「白楼魅夜に殺されなくて幸運だったねって、僕はそう思ってるよ」




*  *  *




 数分後、滝隅と神吉の二人も帰投。滝隅は俺に一瞥をくれたのち、特に関心もなさそうな様子で嶺善と話を始める。神吉も光峰と何やら相談事っぽい話をしており、その間俺はさっき言われたことを考えていた。


 「白楼魅夜に殺されなくて幸運だったね」


 確かに、彼女に少々危ないところがあるのは察していたし、そもそも最初の段階で彼女に殺されかけてもいる。だが彼女は俺のことをきちんと守ってくれていた(同行を促すというのはそういうことだろう)し、ここに到着した時には俺のことを多少は認めてくれたような発言もしている。危険人物、得体のしれない不審者ってイメージはそれなりに薄れているはずなんだ。


 「殺されなくて幸運だったね」


 だが、会って間もない人間のことなんてわからない。それに無抵抗の敵を躊躇なく殺したり、戦闘が終息に向かっている状況でも単騎突入して敵を殺しに行くってのは尋常じゃない発想だとも思う。彼女の素行だか何だかに問題があるってのは嶺善さんも言っていたし、彼女には何か特別な事情でもあるんだろうか。


 ……まあ、あんまり深く勘繰ってもしょうがないけど。



 「あんた、刻峰とか言うたな」

突然声をかけられてびっくりした。神吉さんは落ち着いた声で、驚く俺に対し一切の反応を見せない。

「傷、あるだろ。自分で治療したんか」

「いいえ、信濃原さんが手当してくれました」

「そうか、そうか……なら、安心だな」

神吉さん、俺のことを心配してくれてるのだろうか。

「ワシは長年戦ってきたし、他人の傷も自分の傷もたくさん見てきた。自己流でテキトーに唾でもつけるように雑な手当をして、傷が何度も悪化していくのを何度も見てきた。じゃがまあ、信濃原がやったというなら安心だろう」

本当に心配してくれてたらしい。有難い。この人は、たぶんいい人なんだろう。癖の強そうなメンバーの中でも、年齢を除けばかなりの常識人とみた。


 「あの、ひとつ聞きたいことがあるのですが」

「何かな?」

折角の機会、白楼魅夜に関する情報を引き出せたらと思い質問しようとした、その時。



 「班長、ただいま戻りました」


 白楼魅夜の声が聞こえてきた。

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