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ひのくに戦記1913 -戦火の世界-  作者: 茂野夏喜
第一章 
11/134

嶺善班 1

 「繰り返しますが、余計なことはしないでください」

そう言って、彼女は俺の手を取り歩く。浮かれた気分にはなれないが、ちょっとだけドキドキした。

「えと、どこに向かうんです?」

「前線です」

「え、」

「それが私の役目なので」

彼女はこちらをちらっと振り向き、

「それが、あなたにとっても一番安全です」

と付け加えた。


 「そもそも、敵を迎撃することには成功してますから。あとは追い返すだけ、心配いりません」

「なるほど」

銃弾を装填しながら話す彼女は、本当に心配なさそうな様子。

「このタイミングで押し返せば、この地での戦闘も終了するでしょう」

「嶺善さんからの指示ですか?」

「いいえ、独断です」

軍人である彼ら(彼女ら)には、ある程度の目算が立っているのだろうか。上官の命令に則せず行動を決めるって、やっぱり色々おかしいと思うのだが。


 「ついてきてください、走りますよ」

俺も、再び追従して駆ける。ほんと、戦場ってのは走ってばっかだな、と心の中で愚痴をこぼした。



 よくよく見ると、このあたりの地形は微妙に凹凸のある丘陵地帯になっていて、そこに敵味方が地道に塹壕を構築している状態らしい。彼女は塹壕から向こうの様子を2,3秒うかがうと躊躇いなく飛び出していく。嘘だろ?と思ったが、彼女に目で促され後に続くことにする。


 だが実際に出てみると敵の方からこちらに弾が飛んでくることはなく、さっきから今までの間に大きく前線が動いていることを確認できた。


 ということは、ここは比較的安全な場所ってことなのだろうか。


 ……と思った矢先、すこし後ろの方で砲弾の炸裂音がした。


 「分かるでしょ?」

俺の考えを見通しているかのようなタイミングで、小さくつぶやく。

「ここには、本当に安全な場所なんてありません」

大人しくついていこう。



 途中、小さなクレーターらしき場所を通りかかった。中には岩や瓦礫が散乱しているみたいで、恐らく何発かの砲弾がそこへ着弾し、穴を穿ちつつ大砲やら建築物やらを破壊したのだろうと推測できた。白楼は駆けながらそこをしばらく観察し、

「そこで待ってて」

と、近くの窪みを目線で示した。

罠があるのか、敵が待ち伏せているのか。とにかく、何かの存在を察したのだろう。指示通り窪みに身を伏せながら、ただし敵の射線が通っているわけでもなさそうだったので、例のクレーターに向かう白楼を目で追いつつ待機することにした。


 白楼は進む。やがてクレーターの中に姿は消え、わずかな足音が聞こえるのみとなった。その間にも前方では(若干遠くではあるが)銃声や爆発音がずっと続いており、ここから進めば”最前線”なんだと嫌でも理解できてしまう。



 数秒後、誰かの叫び声が聞こえる。男の声だ。ただし、何を言っているのかは聞こえなかった。次いで、銃声が鳴った。加えて悲鳴が聞こえたが、不自然な形でそれは途切れてしまう。



 クレーターの中から白楼が出てくる。少しばかり白めの肌と銃剣の一部に血を浴びた彼女は、行きますよ、とだけ声をかけた。その時の声と目は、最初に出会った時の恐ろしい感じによく似ていたように思う。


 「はい」と応じつつ、さりげなくクレーターの中を覗きこむ。先ほどの角度からは見えなかったが、そこには二つの死体が横たわっていた。下半身が瓦礫の中に埋もれている者とその近くにもう一人、服装と顔つきからして敵兵なのだろう。前者は首に刺し傷があり、後者は顔の半分が無くなっている。両名とも銃を所持していないようだったが、すぐそばには土にまみれたシャベルが転がっている。



 まさか。


嫌な予感を覚えつつ、彼女についていく。




*  *  *




 進めば進むほど、どんどん戦いの音が大きくなる。途中で死体や血の跡を沢山目にした。味方の者も、敵の者も、色んな死に方をしている。無傷に見えるような体で横たわっている者(もしかすると気絶しているだけかも知れない)、胴体や顔に凄惨な傷跡を晒している者、死にきれず呻き声をあげている者、体のパーツが飛ばされている者。


 あまり注視しないように気を付けてはいたが、それでも目に入ってしまう。目を開け前を見るだけで、そこに見えてしまうのだから。



 敵の塹壕付近に到着。

「伏せて」

返事より先に体を伏せる。その一方で彼女は”向こう側”へ目を遣り、すぐさま銃を構えて数発撃った後そのまま塹壕内へと入っていった。例によって射撃音と金属同士が擦れるような音がしたのち、「大丈夫、来て」という声がした。案の定、中に入ると敵兵数人分の死体がそこにはあった。


 「もう、心配いりませんね」

本当に安心したような彼女の声を頼りに、戦場を見渡してみる。相変わらずドンパチやっている様子だが、確かに前へ進んでいるのはこちら側で、撤退しつつ応戦しているのは向こう側。互いに死傷者を出しているようだが、土地の奪い合いという観点からするとひのくにが優勢、イギリスが劣勢な状況。自然な足取りで前進する白楼に続いていくと……。



 「また会えると思っていた」

「嶺善さん!」

彼は、敵を追撃する味方の少し後ろで戦場の様子を眺めているようだった。いつの間にか手にしていた双眼鏡で、敵味方のぶつかり合っているポイントを凝視している。

「彼、結構危ないことしてました。自分の立場を分かっていないようですね」

それは、まぁ。何も言い返せない。

「でも、」

初めて見せる、ほんの少しだけ砕けた表情。

「悪い人ではなさそうですね。それだけは、私も信じましょう」


 不覚にもこの一言で、俺は顔を赤らめてしまった。俺を射殺しようとし、警戒し、救出し、護衛し、そして信じてくれた、この人を相手に。


 「何があったのかは後で聞くとしよう。二人とも」

嶺善さんは双眼鏡から目を外し、それを俺に手渡してきた。

「刻峰、見てみろ」

 言うとおりに双眼鏡を覗く。戦線は左右に広がっていて、色んな所で散発的に戦闘が発生しているらしい。


 「あれを見ろ」

嶺善さんが指さしたのは、俺たちのいる場所から大きく左の地点。何があるのかと思いつつよくよく見ると、ここから100mほど先、戦線からは200~300mほども離れた高台に二人の兵士がうつ伏せになっている。

「あれが、勇田と信濃原だ」

言われてみれば、服装や背格好は彼らの者とよく似ている。信濃原らしき人物は大きな単眼鏡で敵の様子を観察し、勇田らしき人物は時折信濃原と短くやり取りをしつつ敵に向けて射撃している。二人とも、特に勇田さんが無事だったことに安堵する。

「勇田は狙撃に適性がある。わが軍でも指折りの実力者であり、数百メートル先の敵でも正確に撃ち抜ける程のセンスを持っている」

数百メートル先!?彼の位置から敵の位置までざっくり300m弱の距離だが、それでもかなりかなり遠くである。オマケに彼はスコープらしきものを銃に取り付けてもいない。つまり、肉眼で狙いをつけているということか。


 「信濃原は銃を持たない、いわゆる看護兵の役割を担っている。だが銃火器を扱う以外のことに関してはかなり習熟していて、例えば現在はスポッターをしている」

「スポッター……?」

聞いたことがない。なんだそれ。

「あぁ、観測手といった方がわかりやすかったか。主に敵を探したり、弾道の動きなどを射手に伝える役割だ。彼女自身は狙撃の心得がないため、実際の射撃全般は勇田が自身の判断で行っているが……信濃原由紀は、よく目が効く兵なのだ」

あぁ、そういうことか。簡単に言えば狙撃手の補助、そういう役割を担っていると。彼女自身の得意分野は治療ということで、他にもいろいろとサポート役をこなしているらしい。どうでもいいが、もし彼女が某狩猟ゲーを遊んだら、ずっと笛を装備してそうだな、なんて思った。


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