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ひのくに戦記1913 -戦火の世界-  作者: 茂野夏喜
第一章 
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ここは戦場 4

 ……とは言ったものの、俺にできるのは「隠れる」ことと「逃げる」こと。それも、嶺善班の班員から離れすぎないエリアにいること。白楼に見つかったときを思い出す、不自然にうろついてると事情を知らない者から誤解されて射殺されるかもしれない。


 そう判断した俺は、ひとまず嶺善班長についていくことにした。



 彼は黒桐から受け取ったライフルを構え、敵側に向けて一定間隔で射撃している。あちら側を覗き見る度胸(というか必要さえ)ない俺には、その弾丸が敵に命中しているのか、そもそも敵の姿が確認できているのかすらわからない。嶺善班長は約束通り、俺のことを気にかけず戦うことに集中しているようだ。


 時折近くや遠くで鳴り響く炸裂音や銃声に脅えつつ、待つ。無力な俺は、ただただこれ以上の負傷をしないように待つ。時折傷口についた泥を拭き取ったり、どこかの神経でも切れて感覚が喪失していないか手先や指先を動かしたり触ったりして確かめている。



 そうしながら、俺は考える。平和な時代に生まれ育ち、ちょっと海外に出て先祖の痕跡を辿ろうとしただけの俺が、なんで今こんなところにいるのか。何度考えてもSFチックだしファンタジーっぽい非現実的な発想だが、やはり現実として俺は”日本”のない世界にいる。


 つまり、帰る場所を失っている。



 そもそも生きがいとか生きる意味みたいなものを探して旅だったのに、限りなく生と死を意識させられる極限状態って感じの場所に放り込まれた。


 そこに意味はあるのか?ないのか?偶然なのか?必然なのか?意味があるとしたらどういうことなんだ。ライオンの子供を谷から突き落とすみたいな荒行、荒治療?神様だか何だかが、「お前に試練を与える」的な乗りでこんな場所へと転移させた?



 なんて、馬鹿馬鹿しすぎるかな。



 「役に立たないのは嫌だ」「お荷物は嫌だ」

そう思えたのは、”意味”ってのを失ったように思えたから。生きる意味とやらを探しているのもそうだし、俺は「お荷物」なんかじゃなく、ちゃんとポジティブな理由がある存在でありたかった。


 じゃあ、今は?



 ……あぁ。


 俺は今、とても馬鹿なことを考えている。


 やめとけ、やめとけって、自分の中の正しい部分が必死に自制を試みる。目の前では戦い、お前は部外者。「大人しくしてろ」ってセリフが心の中で繰り返される。半端者が勇気を出したって何の意味もないし、むしろ余計なことをするせいで誰かに迷惑をかけたり、それこそ俺は本当に邪魔ものってことになるのかもしれない。



 「信じるぞ?」

でも、

 

「行動は任せる、生き延びろ!我々のいる場所から、できるだけ離れるな!」

そういう言葉を、俺は都合のいいように解釈してしまってるんだ。


 「生き延びさえすれば、思うように行動して良い」って、そう言っているかのように思えてしまうんだ。



 傷を負った俺。満足に走れるとは思えないし、行動範囲も限られている。専門的な知識も技術もないし、ただ五体を動かせるだけ。それに生き延びろって言われてるのに、ここで無茶をすれば生存率は下がること間違いなし。でもそこには目をつぶって、俺は”命”をベットする。


 腹は決めた。さて、何ができるのか。



 少し考えたのち、俺は近くで負傷者を運んでいる兵隊のもとへと向かった。




*  *  *




 「すみません!」

班員でない兵士たちは、俺に不審……とはいかないまでも、どこか苛ついたような表情を見せる。

「誰だ貴様!じゃまだ、どけ!」

「俺も運びます!」

説明になっていない説明。不審者からの協力提案。一応意図は伝わったらしいが、

「ここは軍人の仕事場だ、文民はおとなしくしてろ!」

やっぱり断られる。


 「人を運ぶって大変ですよね、今まさに敵が来てるんですよね、一人でも戦う人数がいる方がいいんですよね?俺は戦えませんが人を運ぶことぐらいできます、でもあなた方は戦えるはずだ」

銃を持った人に口答えするのは人生初だ。できれば最後にしたい。


 すると二人で運んでいたうちの一名が、

「なら運べ!落としたり転んだりしたら容赦はせんぞ!」

と言い、なんと俺に担架の片方を預けてくれた。

「分かりました!」

その返事を聞くが早いか、彼は一目散に塹壕の奥へと走り去った。



 「それじゃ運ぶぞ、こっちだ」

残った一名の兵隊さんと負傷者を運ぶ。班員たちが集合していた地点の近くに広いスペースがあり、そこで十数名の負傷者を並べて治療が行われていた。中には信濃原の姿もあり、懸命に応急手当を行っている様子。


 声をかける余裕もないので手早く、しかしゆっくりと負傷者を担架から降ろし、他の地点で倒れている負傷者のもとへと向かう。

「貴様、何者か走らんが、文民なのだろう?」

兵隊さんが、共に駆け足で移動しながら何気なく質問を投げかける。

「はい、そんなところです」

「そうか……やはり、皇国は素晴らしい」

どこか満足そうな表情を浮かべている。

「国を守る軍、軍への協力を惜しまない民、だからこそ俺は戦うのだ」




 近場の負傷者をあらかた運び終えたのち、「助けてくれ!!」と叫ぶ声が聞こえた。聞こえた方角からして、恐らくは敵側の陣地に近い場所。間違いなく、この塹壕の外側である。

「確認しよう」

そう言って兵隊は塹壕の向こう側を軽く覗き、首尾よく負傷者を発見した。

「窪みになっている部分に取り残されたらしい。服に血が滲んでいるようだし、自力でここまで来れんということだろう」

「……危険です」

思わずそう口走ったのは、この人が助けに行こうとしてるってことがなんとなく察せてしまったから。

「ああ、だから、俺一人で行く」

意見を変えるつもりはないらしい。

「俺はな、お前に感心している」

深呼吸を終えて、彼は

「おまえ、良い軍人になれるぞ」

できるだけ低い姿勢を維持しつつ、負傷者のもとへと駆けだした。



 思わず”向こう側”をのぞき込む。頭を撃ち抜かれる恐怖を感じつつも、彼の姿を目で追う。ここからでも聞こえる低い呻き声に身震いしつつ、彼が無事負傷者のもとへとたどり着くのを確認した。


 彼は負傷者と何か短いやり取りをし、速やかに背中に担ぎ上げ、改めて励ましの言葉を投げかけて、こちらへと向き直り……



 その直前、俺の視界に何か動くものが写った。ここから30m程先の地平線(正しくは空際線)に、ひょっこり小さいシルエットが浮かび上がる。――敵だ、と瞬時に理解した。


 敵は細長いもの(銃だろう)を動かし、こちらへ向きなおろうとする兵隊さんの方に狙いをつけ、そして。



 一発の銃声が鳴り響いた。


 そして敵のシルエットが、重力に引かれるがごとく崩れ去ったのである。




 「危ないこと、しないで」

聞き覚えのある女の声。振り返ると、白楼魅夜が俺のすぐ近くに立っていた。

「頭、出てましたよね」

冷静に俺の行動をたしなめ、銃の上部をガチャッと弄る。恐らくは次弾装填の動作であろう、ということは……

「今のは、白楼さんが?」

「ええ、危なかったし。あの人も、あなたも」

相変わらずの無表情に安心感すら覚える。こうも短い間に、俺にとっての要警戒人物が一気に救世主へと様変わり。この暗い中で的確に命中弾を叩き込むって、素人ながら凄いことだと思う。


 「悪いな、白楼」

救出に向かった兵が、負傷者を背負って無事帰還した。

「ええ、次からは無茶しないでくださいね」

「わかった、助かったよ」

そう言い残し、彼はさっさと治療場へと走っていった。


 白楼は、続いていこうとする俺の肩を掴み

「聞いてなかったんですか?」

無表情ながら、ちょっと怖い目をして

「危ないことしないでくださいって、言いましたよね?」

俺に念押し。

「すみません……」

俺は、どうにもこの人には逆らえないところがあるらしい。

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