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ひのくに戦記1913 -戦火の世界-  作者: 茂野夏喜
第一章 
107/134

挟撃 1

*   *   *




 仲間たちの同士討ちを止めに言った嶺善班長と滝隅上等兵は、想定よりも過酷な光景を目の当たりにしていた。


 ただ、二つに分かれての同士討ち。小規模な誤射の連続。その程度のシンプルな事態を予想していたものの、実際に起こっているのは”本物の脅威”を含むあらゆる対象への無差別な銃撃戦。



 発砲音に混じって手榴弾の爆発する音も混じっており、こうまで近寄ってしまうと冷静に周囲の状況を確認するのも難しくなってくる。


 味方の誤射に気を付けつつ銃声の多くなっている一派へと近寄ると、案の定恐慌状態に陥っているであろう味方の分隊が”標的”に向けて銃を乱射している場に鉢合わせた。



 「撃つな!味方だ!」


 パニック状態の彼らは、声の内容を聞く以前に”音がした”という事実に反応して嶺善滝隅両名に銃を向ける。その表情は脅えと恐怖に支配されていたが、ギリギリ発砲だけは回避できたらしい。


 「れ……嶺善班の……」

「あぁ、我々は味方だ。そして恐らく、あんたらが撃ち合っている連中も殆どが同軍。今すぐ発砲を止めるんだ」


 彼らは一様に戸惑いの表情を見せるも、


 「従え。嫌なら俺が殺す」


 滝隅上等兵の恐ろしげな脅迫に押され、反論も発砲もできない。ただただジッと身を伏せ、黙って響く銃声に耳を傾ける。



 「この音……」

「俺達と同じだ」

「……マジかよ」


 冷静に音へ集中することにより、彼らも同士討ちの可能性に気が付いたらしい。



 「どうしてこうなった。手短に教えてくれ」

「はぁ……」



 普通にこういう場所で戦っていても、同士討ちという事故は少なからず発生する。狩猟の現場でも『ガサガサっ』という音と大きめのシルエットに騙され、共に狩りに来ていた仲間を撃ってしまうような事故は時折発生する。


 その上、ここは戦場。命を駆けて殺し合う彼らにとって、一瞬の油断や躊躇がそのまま死に直結する場合も少なくない。自分が生き残るためには、味方と判明しない者についてはとりあえず排除するということ。つまり、”疑わしきは殺せ”の論理が容易に成立しうるのである。


 だが、それを考えてもこの状況は余りに悲惨。ここまで大規模な同士討ちが発生するとなると、何かしら原因めいたものがあるに違いない。


 それも、きっと敵の手によって仕組まれた何かが……。



 「そもそも、俺達は普通に敵をみつけて、そいつを倒そうと射撃したんですが……」

「それは、間違いなく敵だったんだな?」

「えぇ、軍服の色まで確認しました。間違いありません」


 ……ひとまず、信じる。


 「それで敵が隠れたであろう場所に向かって発砲すると、物凄い数の応射が帰ってきて……それに何人もやられてしまって、敵の待ち伏せに遭ったのだろうと」

「なるほど」


 この一例だけで全てが分かるわけじゃない。だが、幸いにして嶺善班長は優秀な部下を何人も指揮している。その中に、もし敵だとしたら”こういうこと”をやりそうな者が一名いた。



 「光峰の奴なら、こういうの得意そうなんですがね」

滝隅上等兵も、同じ結論に至ったらしい。敵は少数、こちらは大人数。そんな中で効果的に多数を仕留めろと言われた時、きっと光峰一等兵ならば……。



 「確か、光峰の奴も敵に追われていたと言ってたな」

「えぇ、班長」

「それも、一人二人という個人単位の敵だ」


 少人数で戦うことの大きなメリット。少人数なら、目立たない。


 「だからこそ、こういうやり方を選んだのでしょうな」

「あぁ」



 例えるなら、警備の厳重な建物の中にコッソリと火を放つようなもの。少ない人数で成し遂げれば、警備に見つかるリスクは非常に低い。火は勝手に燃え広がるし、そのキッカケはシンプルな着火だけで事足りる。



 ……ここまでは理解できる。


 だが、通常同士討ちというのはどこかの段階で止まるもの。それは”敵”の銃声であったり、敵方から聞こえてくる声に違和感を覚えたときであったり、或いは交戦距離が短くなって視覚的にそれを”味方”と認識出来たとき。


 なぜ、そうならない?なぜ、この同士討ちは収まらない?



 「お前たちは何故気付かなかった」

「何故、と言われても……」



 別に責任を問うているわけでもないのだが、問われた兵たちは何も答えられず、どこかバツの悪そうな顔で黙りこくってしまう。


 この様子を見て、嶺善班長は事態をこう解釈した。彼らは、何かの理由で”気付く余裕”が無かったのだと。そそてこれは恐らく、この場で戦っている殆どの者が同じであるはず。


 そして原因追及も、これ以上は無用であると判断。



 「我々は他の連中を止めに行く。無暗な発砲は慎んでくれ」

「了解」



 ひとまずこの場を決着させ、次の銃声に向かって進み始めた。



 ――厄介だ。この状況を作ったのは。そして、この状況が終わらぬよう”火に油を注いでいる”者は、いったいどんな野郎なんだ。




 *   *   *




 嶺善班長らの予想した通り、同士討ちを発生させた張本人たるジェイコブ一等兵は今だ燃え上がる戦場の真っ只中にいた。彼は敵の配置を正しく読み取り、互いに味方だと気付ける距離に近づかないよう隙を見てちょっかいをかけていたのである。



 「お前らはもう少しこっちだ」


 銃撃戦では埒が明かず、白兵戦に持ち込もうと判断した一派。彼らが別の一派の元に近寄ろうとすると、その行く先へ手榴弾を投げる。先頭を進んでいた連中は吹き飛ばされ、後に残った者は脅えて元の位置まで引き下がる。



「ほーら、お前らは”敵”と戦ってんだぜ!」


 少し移動してずっと味方同士で撃ち合っている連中に近づき、気付かれにくい位置から背後の数人目掛けてカービンを連射してやる。明確な敵の銃声を確認した彼らは闇雲に銃を乱射して反撃し、更なる恐慌状態へと陥ってしまう。



 彼の狩人としての勘と本能が、この狩場での状況を理解させてくれる。不利な位置、有利な位置、撃たれる位置、撃てる位置。この戦場で戦う各々が、知らず知らずのうちにジェイコブの意のままに場所を変え、発砲し、新たな”標的”との銃撃戦を開始する。



 「ん?」


 一仕事終えたジェイコブは、今まで景気よく撃ち合っていた集団のいくつかが沈黙したことに気が付く。


 「ほう、少しはやるじゃねえか」



 百メートル移譲は慣れた位置での出来事に、彼は小さく感心する。この燃え盛る大火事の中、上手く消化できる奴がやって来たということか。



 「でもよ。邪魔なんだよなぁ……」



 新たな”獲物”の臭いを鍵つけたジェイコブは、無意識に不敵な笑みを浮かべる。俺のテリトリーで戦いを挑んでくるとは、中々骨のある敵に違いない。そしてそいつらは、この”オイシイ”状況を覆しかねない脅威でもある。


 つまり彼にとっては、二重の意味で倒し甲斐のある敵ということ。



 「……丁度いい」


 更に加わった銃声から、この付近で友軍も戦い始めたことを理解する。恐らくはイディーレ二等兵達のいるグループ、或いはトム軍曹率いる別動隊の仕業。どちらにしても好都合、ここを俺が離れても彼らがこの戦場の大火事に油を注ぎ続けてくれるはずだ。


 都合よく後の憂いを解消できたと見るや、ジェイコブは新たな獲物を狩るべく戦場の只中を迷いなく進み始めた。

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