窮地 4
* * *
……!?
言い知れぬ嫌な予感。銃声の数が倍々に増していき、凄まじい先頭の様子がそこら中から聞こえてくる。
ヤバい。ヤバい。ヤバい。
光峰一等兵は、悪い仮説が現実のものであると確信しつつある。そして取り残してきた仲間二人をいかに助けるか、また目の前で発生している惨事をいかに収めるかという二つの事案で頭が一杯になっている。
くそ。時間も手間もかかっちまう。こういう時、こういう時……!
「光峰、一人か」
この声は。
「班長、」
嶺善班長と、彼に伴う滝隅上等兵、白楼上等兵の三人と合流した。
「嫌に騒がしいようだが。やはり罠だったか」
「えぇ、罠です。しかし、この銃撃戦は……」
ダンッダンッ ダンダンッ
ダンダンダンッ ダンッ ダンッ
「……なるほど」
光峰一等兵の言わんとしていることは、その場にいた全員に伝わった。銃声の質、方向。全く同じ銃声が、広く二手に分かれて撃ち合っている。冷静に聞き分ければ違和感に気付けるものの、命懸けで撃ち合っている連中には中々判別がつけられないはずだ。
「それだけじゃありません。刻峰くんと黒桐伍長が敵に追われていて、どうにか僕は切り抜けたんですが」
「分かった」
嶺善班長は、素早く決断する。一国の猶予もない、迷っている暇などないのである。
「俺と滝隅で味方を止めてやる。光峰は白楼と共に二人の元へ」
「了解!」
白楼、光峰の二名はすぐさま連れ添って移動を開始し、滝隅も嶺善に付き添って銃声の方向へと駆ける。嶺善も滝隅も、こういう状況になっていることを不思議に思いつつも一つの確信に近い思いを共有していた。
敵に、”こういうこと”ができる厄介な者が混じっている、と。
* * *
先ほどの反撃から逃げ回ること数分、ひたすらに身を隠しつつ息を殺して這いつくばっていた。ここまで二人とも大きな負傷はしていないものの、黒桐伍長の出血は中々止まらない。こうやって逃げているだけでは現状を打開もできず、そしていつまでも傷を放置しているわけにも行かないと思われる。
「あの、伍長。一度止まりませんか」
遠慮がちに提案してみる。この場の行動は全て階級が上の黒桐伍長に委ねるべき。もし反対されればそれに従うしか道はない。
「……銃、失くしたろ?」
彼が何を言っているのか理解するのに数秒を要した。そして、
「もう、あんなヘマはしないです。それにその傷、せめて止血くらいはしないとマズいですよ」
「……」
黙りこくるも、数メートル進んだ先でおもむろに進むのを止め、苦々しい表情を浮かべる。
「命と同等に扱え」
「はい」
なんとか交渉は成立したらしく、彼の手から銃を受け取る。敵が来るであろう方向に小さく頭を出し、銃を構え、警戒の態勢を取る。その一方で黒桐伍長は腰のポーチから包帯のようなものを取り出し、臀部に巻き付け始めた。
「……」
森の中での白色は、比較的目立ちやすい。ゆえに、この応急手当はその場に留まるというだけでなく、純粋に体が敵に発見されやすくなるというリスクも伴っている。それでも、このまま放置して後々取り返しのつかない事態を招くよりはマシと判断。
これも、俺と黒桐伍長がこの状況に絶望していないという事実の現れである。先のことを考えられていないのなら、こんな目前の不利を背負う処置に踏み切るわけがないのだ。
敵に見つからないよう、姿勢を低くしたまま。その状態で脚の付け根と尻を覆うように包帯を撒くのは結構面倒な作業であるらしい。時間をかけて応急手当をする黒桐伍長の横で、ひたすら銃を構えて敵の動向を探る。
見えない敵。どこにいるのか分からない敵。先ほどの反撃に面食らって撤退しているかもしれないし、実はすぐそこまで来ているかもしれない敵。
………。
……。
…。
「完了した」
その声を聴いて、頬に汗が伝わる感触を覚えた。集中して索敵していた間、視覚と聴覚以外の神経に注意が向いていなかったらしい。ひとまず無事であったという事実に、そう思えるくらいには強い安堵感を覚えた。
「それじゃあ、これを」
黒桐伍長は、銃器に詳しい。その扱い方に関してもプロフェッショナルだし、俺よりもこの人が持っていたほうが戦力としてはマシであるはず。
「あぁ」
黒桐伍長は銃を受け取ると、すぐさま移動を開始。
……しようとしたとき。
大して離れてもいない距離から二発の銃声が鳴り、俺達を挟んだ反対側で着弾音。
――マズイ!
黒桐伍長も俺も反射的に身を伏せ、銃声のした方角に目を遣る。
「丸見えだよ、刻峰君」
この声……光峰一等兵。
「お二人とも、ご無事でしたか」
そして、白楼上等兵。
「なるほど。やはりやり手でしたか」
白楼上等兵は再び銃を取り、狙いすまして複数の方向に発砲する。すると敵側からも数発分撃ち返してきたが、幸いこちらを正確に狙い撃ったものではなかったらしく、少し離れたバラバラの位置に着弾した。
「もう逃げたでしょうね」
白楼上等兵は余裕たっぷりといった態度で立ち上がり、そして黒桐伍長の負傷に気づく。
「あの、それって」
「あぁ、大丈夫だ。大した怪我じゃあない、尻を掠めただけさ」
「そうですか」
負傷の具合と場所を見て、どうやら重大な怪我ではないと判断したらしい。それ以上の詮索も心配もせず、次の興味の対象へと歩みを進める。
なんだかドライな感じもするが、彼女の中では正しく住専順位というものが設定されているのだとも思う。命やこの後の戦いに支障のない負傷に関して、今は固執しないべきと判断しているだけ。そして仲間の言葉が決して安っぽい強がりなどではないと信じているからこその判断ってだけの話だ。
というか。
「あの、さっきの発砲って……」
「……これを」
歩み寄った先で何かを手に取り、俺に示す……という言い方も、間違ってはいないのだが。彼女は敵兵の死体を襟元部分から鷲掴みにし、俺達の前に示したのである。
「気付いてなかったようですが、ここに居ました。あとほんの少し遅れていたら、お二人ともどうなっていたことやら」
彼女のいる位置は、俺と黒桐伍長のいた場所から僅か5メートルほど先の場所。そんなに近くに敵がいたはずなのに、俺たち二人は気付くことさえできなかったということ。
「私が先導します。皆さん固まってついてきてください。よろしいですか、伍長」
「あぁ、頼むよ」
返事を聞き終えると、白楼上等兵は死体を無造作に放った後例によって音もなく俊敏に走っていき、その背中は俺達の視界から消えることとなった。
「……」
今の気持ち。複雑な気持ち。安心感、不安、情けなさ、尊敬、恐怖、色んなものが混じっている。だが今は、指示通りに動くべき。
「とりあえず……と」
死体に近寄って周囲を見ると、直ぐにそれはみつかった。ニュージーランド軍ご自慢のピストルカービン。探せばライフルの方も見つかるだろうが、一先ずはこれで装備を整えるべきだろう。続いて死体に装着されていたポーチやポケットから弾薬や予備の弾倉などを拾い上げ、先頭の準備が完了した。
「これで戦います」
初めて握る感触。今まで握っていたライフルに比べて幾分コンパクトになったが、なんとなくその軽さに不安を覚えてしまう。今まで味わってきた重量感が腰くなるような、そんな感じ。
「白楼さんがいるなら問題ないと思う。行こうか」
「了解」
あまり急がない二人の後ろに続いて、白楼上等兵の跡を追いかけ始めた。




