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ひのくに戦記1913 -戦火の世界-  作者: 茂野夏喜
第一章 
105/134

窮地 3

*   *   *




 「大丈夫ですか」

「あぁ、大丈夫。それより銃が汚れちまってる」

「俺なんか失くしちまってますよ」

「ったく……俺が丹精込めて磨いてやったのによ」


 途中軽口を挟むのは、心の余裕を失いたくないから。決してふざけているのではなく、それくらいのユーモアを保っていないと心が押しつぶされてしまいそうだから。


 ”戦う”前から、負けたつもりになってしまいそうだから。



 今の俺たちは、戦っている。追手から逃げるという戦いの真っ最中である。勝利条件は敵を振り切って安全な場所まで脱出するか、味方と合流し態勢を立て直すことである。



 「……」

「……」


 いけない。不安になってきた。一応移動に差支えがない程度の負傷とは言え、黒桐伍長の表情は時折痛みに苦しむ様子を見せている。



 「光峰さん、大丈夫でしょうか」

「アイツが死ぬことはない、それより俺達のことだ」

「それはそうなんですが……」

「あんなにしぶとい男を見たことがない。アイツはあれで、結構やり手なんだぜ」


 微かに呻き声を挙げつつも、自信満々に答えてくれる。


 「確かに、敵は強い。武器も有利だ。俺らの六式と違って、こういう所でも戦いやすい作りになっている」

六式。俺達ひのくに軍んお主力兵器であるライフル銃、六式歩兵銃。


 「敵さんは短銃身のレバーとカービンだ。……前、言ってなかったっけか」

「えぇ、確かにそんな話が」


 この戦いの前、意外にも見舞いに来てくれた黒桐伍長は色んな話をしてくれた。その中には彼にとって最高の趣味――すなわち、銃器に関するマニアックな話も多々含まれていた。



 カービン銃。騎兵銃とも称されるそれは、一般的なライフル銃よりも短銃身化されたコンパクトな設計になっている。単純にライフルを小型化したものも多いが、ニュージーランド軍で多く採用されているのは拳銃に銃床などを追加したモデルである。


 一般にライフル銃のマガジン容量は5発から10発程度で、俺達の持つ六式銃も8発まで装填できる。その一方彼らの持つピストルカービンは数十発の弾を撃つことができ、また自動式銃なので引き金を引くだけで連射が可能なのである。


 またカービン銃以外に多数採用されているレバーアクション方式のライフル銃に関しても、比較的コンパクトな設計になっている上コッキング動作がシンプルに仕上がっており、やはり俺達の銃よりも連射が用意なのだ。


 重く長く、連射の効かないフルサイズのライフル。射程距離は短いものの、連射が効いて取り回しのいいカービン銃とレバー銃。近距離で潰し合う森林戦において、どちらが有利であるかは言うまでもない。



 「俺我々は限りなく不利と言って良い。なるほどな、この森は”そういう場所”だったわけか」

「狩場……」

「だな」

不意に口をついて出たその言葉は、どうやら的を得た表現であったらしい。



 「どうやら、武器の見直しが必要らしいな」

そう言う黒桐伍長の声には、力が籠っているように思えた。痛みを堪えつつの発言だったからという理由……いや、それだけとは思えない。


 「サッサと追い返して、帰るぞ」

「……はい!」


 その声は、前を向いた言葉。窮地に立った時、前を向いている者は上手く切り抜け、後ろを向いている者は必ず失敗する。黒桐伍長は、そういう所をちゃんと弁えている。




 だが、現実は甘くない。


 ダダダッと連射音が鳴り、敵弾が体のギリギリを掠めていく。



 どうにか体を転がして避けると、不意に地面が途切れる感触を覚えた。


 「え……?」



 体がドサッと地面に落ち、受け身を取り損ねた左半身が緑と茶色に汚れる。どうやら葉や木々に覆われて見えなかっただけで、そこには小さな段差が生じていたらしい。


 ……運が良いのか、悪いのか。


 「伍長!」


 慌てて横を向くと、俺と寸分たがわぬ姿勢で黒切り伍長もそこへ倒れこんでいた。



 「……これが罠じゃなくて本当に幸運だったな」


 どうやら、先ほどの銃撃での被弾はないらしい。



 一応は敵の射線を遮ることに成功したが、これで安心というわけではない。俺達の慣らした鈍い微かな落下音も、敵の耳には届いている可能性がある。


 というか、そもそも先ほどの銃撃で俺達の場所が知れていることは明白。こういう戦い方を擦る敵だ、倒せると判断した時以外に無駄な銃撃を加えてくるとは思えない。



 「野郎め」


 黒桐伍長は態勢を整え、うつ伏せの姿勢を取り、段差の斜面から小さく身を乗り出して銃撃のあった方角に狙いを定める。


 

 「一矢報いねば、奴らは止まらんだろうよ」



 その姿勢は澱みなく、無駄のない、教科書通りの伏せ射姿勢。体も綺麗に静止しており、抱える銃の扱いに長けていることが一目で分かるほどだ。


 「あまりナメるなよ……」



 銃を持っていない俺は、懐から取り出したナイフを手に持ち、一応は敵の方を観察してみる。銃を相手に刃物で対等に戦うなどできぬ芸当だが、万が一至近距離で接敵した場合には何かしら役立つかもしれない。


 黒桐伍長は、静かに呼吸を整え、目を凝らし、銃と体を一体化させたようにゆっくりと、そして小さく体を左右に動かす。そしてじっくりと引き金を引き絞り、俺には見えないどこかへと一発撃ちこんだ。



 「よし」


 そして素早くボルトを操作し、次弾の装填を行う。敵方で小さく木の擦れる音が下のを聞き洩らさず、音のなった方へと素早く二発撃ちこんだ。


 「二人目」


 再び次弾を装填する。彼の語感に伝わる刺激の数々は、少なくとも二名の敵兵に命中弾を叩き込んだという事実を伝えていた。



 「動くぞ」

弾を装填し終えると素早く身を伏せ、尻の痛みに身を捩りつつも匍匐で移動を開始した。


 「はい」

今の射撃で敵にダメージを与えたはずだが、同時に俺達がまだそこに居るという事実も伝えている。俺達の持っているこういう場所での”戦い方”の選択肢の一つ、”撃ったら動く”こと。敵の中でも手慣れた連中には及ばないかもしれないが、俺達だって森林戦には慣れている。



 数が少ないのなら。”そういう”戦い方をするまでだ。



 ……それにしても、所詮これは時間稼ぎ。本来進まなきゃいけないのは俺達で、敵から逃げてるって状況が既にマズイ。このまま膠着状態が続けば得をするのは敵の方である。


 どうしたものか。


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