挟撃 2
* * *
ジェイコブの標的になっているという事実を知る由もない嶺善と滝隅の二名は、次々と仲間たちの元を訪れ同士討ちを止めていた。大声で叫びでもすれば良いとも思ったが、冷静でない者達に罠か何かと判断されて撃ち殺される危険性もあった。それに隠れ潜んでいる敵に狙われるリスクもあるということで、撃ち合っている連中に悟られることもなく、また隠れ潜んでいる(と思われる)敵に見つからないよう細心の注意を払いつつ行動を繰り返す。
そしてそのいずれにおいても、やはり同士討ちの発生と継続には”何者か”の暗躍が疑われるような証言が多々見受けられた。
間違いない、敵の中にはこの状況を意図的に作りだせる者がいる――。
「では、無暗な発砲は慎むように。銃声を聞き分けろ」
「わかりました」
こうしたやり取りが何度も繰り返される。この地道な行動の甲斐あって、同じ銃声の応酬は順調に減りつつあった。
「班長」
「どうした」
「こんなことしてて、時間は大丈夫なんですか」
「……」
急がば回れ。色々な選択肢の中から地道な仲裁の道を選んだのは、嶺善班長の判断である。全体の戦況とこの森での戦況を両方勘案して、少人数の自分たちにはこういう動き方が最も理想的だと考えたのだ。
だが、既に第二線が攻略されてから長い時間が経過している。この森の攻略は全体の戦況に大きな影響を与えるであろうと考えたため、時間を繰ってでも身長に、そして確実に攻めようとしているのだが……。
「それに、”嫌な予感”がしますよ。コレ、厄介者を排除しないと終わらないと思いますが」
「あぁ」
当の嶺善班長も、時間のことは気にしている。今は騒乱を収めるためだけに時間を浪費しているわけで、いわばマイナスの負債を帳消しにする作業に追われているということ。敵の選挙するエリアへの侵攻は一ミリたりとも進んでいない。
そして、この作業自体が中々に意味の薄いものであることに気が付き始めている。道中見かけた味方の死体を観察したところ、武器と弾薬がいくらか抜かれていたのである。
……これを悪用された場合にどうなるか、想像もしたくない。
『銃声で敵味方を判断しろ』
この警告が、まったくもって無意味になる可能性もある。
「班長。俺は、厄介者をぶっ殺すべきだと思いますが」
「やる気があるのは結構だがな」
滝隅上等兵という男、彼の思考は合理的である。少し自分と似ているな、とつくづく思う。
だが、いくつか欠落している要素――自分とは違う思考――も確かにある。彼は、自分でやらなきゃ気が済まないタイプ。悪く言えば、あまり人のことを信用しないタイプの人間なのだ。
「そういうのは、他の連中がやってくれる。我々は、我々のすべきことに専念すればいいのだ」
上官として、班をまとめる人間として。部下の力量、能力、技術、思考、あらゆる要素を把握したうえで、然るべき信頼を置くということ。今まで何度も戦場で戦ってきた結果得られた、彼なりの理想論。
「……まぁ、判断には従いますよ」
投げやりな言い方だが、これもいつものこと。これまで付き従ってきた上官に対して、一定の敬意と信頼だけは持っている。そういうことを、上官として熟知している。
「そうしてくれ」
とはいえ、心の中には不安が残る。皆がどこにいるのか、何と戦っているのか、流石に不透明。だが、この”自由に戦う”というスタンスが現時点でのベストだと判断している。人事を尽くして天命を待つ。そういう選択をしたのなら、部下と自分を信じて動くほかない。
……たとえ。
「班長」
「あぁ……!」
ダダダンッ!!
今この時敵のハンターに追われ、発見され、銃撃を加えられている真っ最中だったとしても。
* * *
「こいつらも”やり手”か」
初弾を躱され、奇襲に失敗したことを理解する。だがジェイコブは焦らない、敵にはこちらの大まかな位置しか伝わっていないはず。こちらの射撃を躱した敵が取るであろう行動を予測し、先回りして対処する。
撃たれる。そうすると、最初に取るべき行動は敵弾の回避。明らかに敵の方向が解っていれば木陰に隠れたり遮蔽物に向かって走るなどするが、そうでなければひとまず被弾面積を減らす努力をするはず……つまり、一旦は伏せるはず。
そしてその次。敵の位置を確認し、どうすれば敵弾を受けずに済むのかを判断する。連携の取れている多人数の部隊なら即座に迎撃態勢を取るのだろうが、少人数で動き回っている連中にはそんな余裕もない。経験上、不利を自覚している獲物はひたすら危険を避けた行動を取り、そして極限まで追い詰められたとき初めて脅威となり得る。
そういうわけで、ジェイコブにとって最も理想的な戦い方とは”敵に情報を与えないこと”。情報がなければ不安になり、恐怖を感じ、そしてその不安の種はいつまでたっても消えることもがなく勝手に増長されていく。
こういう不安と恐怖の行きつく果ては、自暴自棄のギャンブルに出るか何もできずにジッとしているだけの日和見主義のどちらか。目の前にいる二人は実戦経験もあり危険を察知する能力にも秀でているらしいが、そんな程度ではこちらの位置を割り出すことも、最適な選択を行うこともできないだろう。
現在、敵は姿勢を低くしてこちらの出方を伺っているはず。運よくこちらから射線の通らない角度に伏せているが、追い詰めるのは容易いはず。
……いや。
思い出す。目の前の敵の一人は、少佐の階級章を身に着けていた。……憶測ではあるが、こいつはそういう”やり手”の連中をまとめ上げている指揮官なのではなかろうか。
では、確実に排除すべき。
「もったいねぇが……仕方ねえ」
懐に残っている最後の手榴弾を手に取り、音が鳴らぬようゆっくりとピンを抜く。敵の動きは制限されている、あの二人はまだ先ほどの場所から動けていないはず。
「あばよ」
念には念を入れ、震撼を作動させてから数秒待つ。投げて敵の位置に到着した瞬間に都合よく爆発するタイミングを見計らい……
今だ。
ジェイコブの手から放られた手榴弾は、思い通りの放物線を描いて目標に近づいていき……そして、
「……何!?」
想定外の方向から飛んできた銃弾により、軌道は左に大きく逸れ、目標から大きく外れた位置にて爆発を起こしたのである。
続いて銃声の方角から更に数発の弾が飛んでくる。弾は自分の直ぐ近くを掠める――つまり、自分の位置は敵にバレている――のに、こちらは敵の気配すら感じ取れない、いったい何者が潜んでいるのだ。
――マズイ。
”追う者”としての感覚が、即座に自らが”追われる者”の感覚へと擦り替わる。意識を目の前の獲物に集中しすぎたか、或いは……。
ともかく。
久しく覚えることのなかった恐ろしい感覚に支配され、ジェイコブはその場から離脱することを選択した。ただ単にリスクを回避するという意味でも、有利が多少覆ったため慎重に動こうという意味でもない。単純に、迫る死の予感から本能的に逃げを選択したに過ぎない。
突然入った横やり。聞き覚えのない銃声。見えない脅威。気配を殺すという卓越した技術を持つ新たなる脅威。ジェイコブの持つ絶対の自信は揺らぎ始めていた。




