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青天目は友人の愚痴を聞く

「君の自宅の血痕は、最初の現場検証では奥さんと子供しか報告されてなかったけどね、俺が見れば何が起こったかすぐにわかったよ。君は玄関を開けて直に刺され、そこから子供部屋まで引き摺られたのでしょう。仰向けで。」


 その通りだと青天目は言いかけたが、宮辺は自分の言葉を遮られる事を嫌うと思い出し、ぐっと拳を握って自分を押さえつけた。自分の無罪を宮辺はここで語ってくれるのだ、と。


「ナイフがしっかり嵌っていたから玄関では血痕が零れなかったのかな。でもね、廊下と壁の床に近い所に小さな傷ができていた。そこから微量だけど君の血液も検出できた。引き摺られながらも君ができうる限りの抵抗をしたんだと、それで俺にはわかった。それから、子供部屋は三つの血痕だ。どうして君の血液を見逃したのか、俺はそれこそが疑問だね。」


「あ、ありがとう。君が俺の無実を坂下に示してくれたんだ。感謝しても――。」


「妻と子、そして君。あの血の量で君が生きていられるとは思っていないよ。それで納得。納得できないのは君が死人で無い姿ってこと。君もさ、人喰いをしたの?」


 数分前まで落ち込んでいた宮辺の目は、青天目と初めて出会った時と同じ目をしていた。

 全ての事象の理由をつけてやれるという傲慢な目だ。


 優秀でありながら周りに馬鹿にされ、鑑識仲間からも距離をとられて食堂で一人でいる彼に、なぜだか青天目は惹かれたのだ。

 同じ年齢の坂下がトントン拍子で出世していく姿と反対に、同じ位置に立ち続けなければならない自分の無力感に苛まれていたからだろうと彼は述懐している。


 才覚があっても誰にも目も向けられないどころか、距離をもたれて小馬鹿にされている宮辺の姿に自分を重ねたのである。

 けれども宮辺は宮辺でしかなかった。

 自分の前に座った青天目をちらりと見て、それから彼に嫌な言葉を放ったのである。


「君は便臭臭い。ちょっと健康診断しておいで。大腸癌だったらやばい。」


 青天目は「癌」の一言に慌てふためき病院へ走り、結局は癌ではなかったが腸に潰瘍が出来ていると検査入院をする羽目になったのである。

 つまり、宮辺は体臭までも嗅ぎ分けられる本当の意味でブラッドハウンドであり、馬鹿にされているどころか体臭を嗅がれたくない同僚達が遠巻きにしていただけなのである。


 青天目は目の前のブラッドハウンドが今の自分の体臭を嗅ぎ取れば、それは死臭なのだろうかと自嘲しながら、それ以来の友人、その後も会っても一緒に食堂で食事する程度しか親交が深まっていないから、宮辺には己が知人なのだろうと青天目は考えているが、青天目はそんな知人である宮辺の目を見返して真実を告げた。


「食べていない。変な魚卵みたいなのを飲ませられたけどね。」


「ざくろか。でもさぁ、ざくろにしては君は臭くない。臭いは生前と同じだよ。」


「えっとさ。ざくろって何?それで、臭いって何?」


「ざくろは死人が生き返る薬って聞いているけどね。俺もよく知らない。そこを知ろうとしたらね、髙さんにさぁ、俺は脅されたからよく知らないの。あの人、俺を特対課とくたいか専任の鑑識官にするつもりで俺が勝手に警察資料漁っているの見過ごしていた癖に、一番知りたい情報に辿り着く直前で時間切れ宣告だよ。その癖に色んな死人に会わせてはさ、見分けられるようになってね、なんて言うの。死人は臭いけど、特にざくろを摂取したという奴が特に臭かったのを覚えているけどね。もうさ、髙さんてやっばーいの。ほんとやばい。」


 そして彼は彼の口癖の「やばい」を彼にしては珍しくようやく口にすると、彼は急にはっとした顔つきになり、そのままなんと泣き出したのである。

 顔をぐしゃっと歪め、子供みたいに激しく泣き出した宮辺の姿に、青天目はかなり慌ててしまっていた。


「おい、どうした。泣く前に俺の臭いが変わって無い事へのお前の見解を教えてくれよ。」


「俺は医者じゃないから知らないよ。君はそのまんま以前と同じってだけだ。それよりも聞いてよ。クロちゃんと俺は引き離されたの。俺は彼の家庭教師を解任されたの。それに、あの、山口。あいつめ、クロちゃんの恋人に納まるなんて!あいつは同性愛者じゃなかったのか!あの、女性化という天使か妖精になったクロちゃんは奴の守備範囲じゃ無いだろうに。無節操なあの男め!」


「お前、あの玄人君と交流があったの?彼はどんな子なの?」


 青天目は本部の警備課の連中が、我もと相模原東署に移動願いを出した事を思い出していた。

 発端は山口巡査への銃撃事件が横浜市の繁華街で起き、坂下の班が玄人の保護と事件の収束に動いた事によるが、玄人の後ろ盾の人間達による警察への労いを受けた事と玄人本人の人柄に惚れたと大騒ぎであったのだ。


 青天目は旨い汁を吸わせてくれる要人を専任警護していた為に、同僚達の喧騒を遠目で見ていただけであったが、最近は双眼鏡で覗くだけの美しい彼の真実を知りたい気持ちでもあった。


 幻滅すれば長谷に惑わされずに決別できる。


 青天目が守っていた平坂が、青天目の妻子を殺した犯人であり、玄人を狙った黒幕であった。

 平坂に復讐を果たした今でも玄人を守れるならば守りたいと、それが妻子への手向けである気がして、彼は長谷から離れられないのである。


「クロちゃんはね、殆んどどころか臭いが全然無い子なの。俺は他人の臭いが辛くって人に近づけないからね。だからあの子が慕ってくれてうれしくてさぁ。それが、あの楊の野郎。家庭教師はお終いだって、さわやかに俺に終了を告知しやがって。」


 このままでは宮辺は楊を刺すかもしれないと確信するほどの殺気をたぎらせたが、彼の激情を押しとどめようとするが如く、宮辺の手の中のスマートフォンが数度振動した。

 画面を確認した宮辺の顔は、さながら聖杯を見つけた狂信者の顔である。


 青天目は首を伸ばしてどころか宮辺の隣に移動して、彼の持つスマートフォンの画面を覗いた。


 なんと、そこには人嫌いの宮辺とツーショットで笑う玄人の姿があった。

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