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青天目は旧友と会う

 青天目は目的となる一戸建ての前で足を止めて、天候を見る振りをしてそれを仰ぎ見た。

 ピンク色に近い外壁は、刷毛でクリームを塗ったような質感で、その柔らかく明るい外観から、そこで一人の少年が閉じ込められて虐待されているとは誰も信じられないだろうと考えた彼は、暗澹たる気持ちになった胸のうちで呟いた。


 あの十六歳の少年がこの世に存在していることさえ、この世から消えるその時にだって、きっと誰も知らないのだ、と。


 青天目は家の前から再び歩き出した。家の前にじっと立ち止まったことで、自分こそが近所の人間に見咎められたら終いだからだ。

 そして彼は歩きながら、この場所を探り出す手伝いをしてくれた元同僚との邂逅を思い出していた。


 三日前に久々に顔を合わせた宮辺みやべ壮大そうたは、呼び出した青天目自身が後悔するほど腑抜けて使い物にならない男となっていた。


 宮辺は中肉中背のどこにでもいる外見の男でもあるが、中身がどこにでもいない男である。

 本部にいた時も宮辺は変人で有名な男であったが、決して何事も見逃さないどころか、見逃した事件の物証でさえ見つけ出す男として有名だったのだ。


 警察官を揶揄する「犬」ではその嗅覚を現すに足りないと、「鑑識のブラッドハウンド」とまで宮辺は本部内で呼ばれていたのである。


 ちなみに、ブラッドハウンドという犬種名の由来は、一滴の血液しかなくとも獲物を追える猟犬だからという事である。その名の通りにブラッドハウンドは他の犬種と比べて臭覚がずば抜けて高く、追跡犬として活躍している。


 けれど、県警本部のブラッドハウンドは、失墜していた。

 宮辺は青天目に顔を向けるどころか、手元のスマートフォンの画像を見てはしくしくと涙を流しという風に、酷く落ち込んでいるだけなのである。


「あのさ、指名手配犯になってさ、一応冤罪は晴れたといっても警察組織から追い払われるように去った元同僚にさ、最近どう?も、大丈夫なの?もなくさ、自分の世界に入ったきりってどうなの?君は本部からあの相模原東署に移動してから、俺に冷たくない?」


 宮辺は青天目をちらりと見て、再びスマートフォンに目を落とした。


「ねぇ。」


 声をかけても反応のない元同僚に、青天目は大きく溜息をついた。手を抜かずに自分で写真に写る家を探すべきだったのかと、青天目は自分を責めただけでなく、久しぶりの友人の態度に傷ついた自分をも認めるしかなかったのである。


 彼の心の中は、いまやあの長谷への罵倒で一杯だ。


 窓から覗いた室内の写真を撮れるのならば、家屋の全体像の写真こそ撮ってこいと青天目は叫び出したかった。あの長谷は青天目をからかい遊んでいるだけでは無いのかと、彼は最近は思うようになってまでいるのだ。

 家族もおらずに一人で延々と生き続ける魔物は、こうやって自分の永い時間を紛らわしているのではないのだろうか、と。


 助けてもらった恩がありながら、青天目は別の人間を的にして欲しいと、苦々しくいつも考えている。思考を別に働かせても、結局は、長谷に苦々しく感じている自分自身が、道化じみ過ぎていると感じるだけなのだ。

 思考が煮詰まった青天目は、実際的な逃避行動として目の前のハーブティーを口にした。


 けれども彼は、腐った葉の青臭みと味のする、こんな飲み物など大嫌いである。


 死人から蘇生されて生者に変わったといえども、彼はいつ死人に戻るかわからない体である。そこを一分一秒でも永く保ちたいと青天目は考え、体に悪い物を避ける生活を送るようになった結果のこの選択なのだ。


 宮辺の前に置かれている手付かずのソーダ水を、彼は羨ましそうな目で眺めた。

 彼は甘ったるいソーダ水などは飲みたくなどないが、グラスの中で弾ける炭酸で連想する、夏場にはこれだという麦から出来たアルコールが毎日飲みたくて仕方がないのだ。


「畜生。それを知ってるからか、最高級ブランデーやらバハマの巻きタバコやら、高級店のチョコレートに高級豆のコーヒーを尚更に俺の前で嗜みやがって。あの化け物。何がキリマンジャロは最高の豆なのに、だ。敢えてハーブティーの俺に気を使えよ。」


「どうしてハーブティなのさ。」


 青天目の独り言を聞いていたのか、宮辺が初めて口を開いた。

 その嬉しさよりも、ようやくかと、青天目はかっとなったその気持ちのまま自分の現状を宮辺に言い放っていた。


「俺は死んで蘇生されたからだよ。細胞を傷つける食物を遠ざけてさ、一分一秒でもこの状態を保てたらって、くだらない足掻きだよ。」


誰が信じるというのだろうというやけっぱちな気持ちであったが、ところが流石の宮辺というべきか、彼は「納得。」と短く答えた。


「納得って?」


「坂下さんがさ、俺に頭を下げたんだよ。警備部のあの人と鑑識の俺は一切交流が無いどころか、本部でのあの人は、俺と比べれば雲の上の人でしょう。それがかわさんに連れられて俺の前に出たと思ったらさ、ぴしっとした動作で俺に頭を下げたの。」


 青天目は奢っていると思っていた宮辺が、警察組織内での己の認識が正確だと驚きながら、彼に話の先を促した。

 しかし何時ものことながら、宮辺は青天目が聞きたい場所をはしょって先を語り出したのである。

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