青天目は現状に沈む
宮辺のスマートフォンの画像は、最近の玄人の姿ではなかった。青天目が玄人を初めて見つめた時の姿だった。美しい顔は今と変わらず美しく、玄人は無邪気に微笑んでいる。隣に映る宮辺は微笑みどころか、まるで世界を征服した王者の顔つきだ。
「クロちゃんが俺にメールをしてきた。」
普段だったら「近すぎ。」と牽制する宮辺が、くっつくように隣に座った青天目に何の感慨もなく、震える手でスマートフォンを操作しはじめた。
「ヤバイヤッバーイ。あぁ、かわさん。俺はあんたにどこまでも付き従います。」
ぱっとメール画面に変わったそこには、玄人の少しどころかかなり頭が悪そうな文章があったのである。
「かわちゃんが壮ちゃんが僕を心配してるっていってた。」
「壮ちゃんが変わらずにいてくれて、ヤバイヤバイです。まるごとリンゴのパイはヤバイけど壮ちゃんは好きかな?」
「クロちゃんて、とても残念な子だったんだ。」
ぎっと宮辺は青天目を睨んだだけでなく、殺気までも彼に飛ばした。
確実に殺すという意志が見える凄まじい殺気だ。
「臭いんだけど。俺の隣から退いてくれ。」
青天目が再び宮辺の前に座ると、なんと宮辺が帰り支度を始めていた。
「おい、俺の頼みを聞いてからにしてくれ。」
「えぇ?俺は特対課をサボって来ちゃったからね。今ストライキ中だったの。懸念は消えたから早く仲間の所に行ってあげないとでしょう。ヤバイヤバイ。」
青天目は、人が良い間抜けと有名なあの楊が、実は凄く有能な人でなしだったのだと思い知った。
楊は宮辺の仕事放棄を知って、玄人を操ったに違いない。
そんなろくでなしから友人を切り離さねばと、青天目は慌てながら懐から写真を取り出した。
「頼むよ。俺は君に頼みがあって来たんだ。俺を助けた奴の素性は話せないが、俺を匿ってクロちゃんを守るように俺を動かした人なんだよ。そいつの頼みを聞くことがクロちゃんを守ることかなって。頼むよ。俺を助けてこの写真に写る家の住所を見つける手がかりを探してくれないかな。」
帰る寸前の宮辺は青天目が差し出した写真をすっと受け取ると、「馬鹿」と青天目に伝えた。胸ポケットから出したボールペンで写真の一部を嫌味たらしい動作で囲んで、青天目に追撃も与えたのである。
「望遠レンズで歪んで写っているけれど、ここに敢えて電柱番号が写っているよね。その電柱がある近くがこの写真を撮った場所って事。そこからこの家を探せばいいでしょう。君は本当に刑事?」
彼は歪んでいるがなんとなく見慣れた数字に記憶が甦った。
「俺は警察官でも刑事じゃなかったの。あぁ、畜生。あの場所か。」
青天目は宮辺と別れると長谷と玄人を覗き見た雑居ビルに登り、今回は屋上ではなく見慣れた電柱が見える二階の窓から長谷から貰った双眼鏡の倍率を変えながら周囲を眺めたのである。
そこは青天目の事務所がある部屋でもある。
そしてその屈辱的な作業は数分で報われ、その報われた時間の短さに青天目は打ちひしがれ、耳の奥では長谷の笑い声が聞こえていた。
そして今度こそはとその家の聞き込みと現状を調べた彼は、あの家をどう襲うべきか考えているのである。
的の名前は城嶋秀樹。
城嶋家の三男にして障害児だ。
彼は体が大男並みなのであるが、知能がおそらく幼児程度であるだろうと青天目は考えている。
障害があるために、秀樹が家族によって家の奥に囚われて閉じ込められているらしい事を青天目は掴んだのだ。
その調査結果を公的の機関に出して彼の保護を募る方が現実的であるが、青天目は自分で彼を助け出す事を選んだ。
公的機関に丸投げで良ければ、あの長谷が青天目を動かす必要がないではないか、と。
また、渡されたデザートイーグルは何の為に使うのか、という疑問もある。
デザートイーグルに込められた弾は木片が詰まっている散弾的なものだった。
至近距離でないと威力はなく、あの大口径でなければそのような弾は発射できないだろう。
青天目はいつの間にか自分の車の前に戻って来ていた。
運転席に戻ると彼はスマートフォンを取り出した。スマートフォンでイラストの書けるアプリを呼び出すと、外から眺めながら想定していた家の間取りをそこに描いた。
「どこから入るか。」
急に青天目は気が付いた。
今の自分は何をしているのか、と。
空気を吸うように城嶋家に侵入する道筋を考えているが、これは、要人を守るために得た知識と技能を使っているのでは無いのかと、気が付いて彼はぞっとした。
しかしすぐに青天目は考え直した。
自分が要人の邸宅を訪れる度に、その邸宅に攻め入るにはどうするべきかと、自分が何度も考えていただろうと囁く自分がいたからだ。
田所政務官の邸宅は?
御子柴県警本部長の自宅は?
エトセトラ、エトセトラ。
「本当にあの男は俺をどうするつもりなのかな。」
青天目は長谷に飼われて玩ばれるだけでもいいと思い始めていた。
実際彼が乗っている車は警察官時代には乗れない外車であり、Gクラスと呼ばれている一千万以上はするだろう大型で憧れだった車だ。
与えられた住居も雑居ビルの一室だが、私立探偵として看板もある一昔前のドラマのような誂えの事務所兼なのである。
「俺は汚職に落ちた警官だものね。この生活を逃したくなければって、逃したいどころかこの生活を続けたいって、俺はいつでもあの男の言いなりになりますよって。正義は最近じゃあ有料ですもの。仕方が無い。」
彼は目を瞑って車の中で一眠りをする事にした。
実行までには数時間ある。
真っ暗闇の深いところで見る夢は、妻と子供が彼に助けを求めて泣き叫ぶだけのものでしかない。
彼は明るく騒々しい街中で、それも喧騒の中でしか眠れなくなっているのだ。
あの魔物はそれを知っているのか。
だからこそネオンに囲まれた騒々しい場所に立つ雑居ビルに彼を押し込めたのか。
青天目は長谷がなんと思いやりがあって腹立たしい男なのだと、長谷を憎々しく思いながら目を瞑ったのである。
明るいところで目を瞑れば、ロバの人形に跨った幼子の笑顔に会える。




