エピローグ②勇者に追放されても魔王討伐を諦められなかった俺は、魔王少女を連れて旅立ちし直すことにしました!
目が覚めると、窓の外は既に夕暮れの朱に染まっていた。意識を失う直前のことは朧気にしか覚えていないが、腕や膝に残るすっかり骨ばってしまったリースの肩や腰の感触が、あの戦いが夢ではなかったということを訴えていた。
「……リース?」
一緒にいたはずのリースの名前を呼ぶが、返事はない。辺りを見回しても、全く見覚えがない部屋だ。ここはどこだ?
果たして何日寝ていたのか分からないが、未だに身体はあの極限の消耗から立ち直っていないらしい。全身が鉛のように重い。こんな時、きっと【勇者】のスキルがあれば起きた瞬間からすぐに心身共に戦闘モードに切り替わるだろうということを思うと、やはり不平の1つくらいは言いたくなるってものだ。
「…………リース」
もう一度彼女の名前を呼ぶ。誰かに掛けられた厚い掛物はぺしゃんこで、そこにリースはいない。毎回のように寝ている俺に被さっていたのに、こんな時だけいないなんて。
少なくとも声の届く範囲にはいない以上、こちらから探しに行くしかあるまい。寝台から身体をもたげると、ぐらりと身体が揺らいだ。こんなことになるなんて相当だな。歯噛みしたくなるほど動きの悪い身体を引き摺り、出立の用意をする。
幸い誰かが荷物を一纏めにしておいてくれたらしい。半身が血で汚れ、もはや襤褸切れに成り果てた外套を纏い、立て掛けてあった闇色の槍を担ぎ挙げる。何の気なしに平然と振り回せた槍が重く感じるあたり、本調子には程遠いな。仮に今諍いに巻き込まれた場合どうするか――そんなことを考えていたら部屋の扉が開いた。
「やっと起きたかフォン。大変な目にあったな――なんでお前既に臨戦態勢なんだ?」
「いきなり知らないところに放り込まれて目が覚めればこうもなる。……それに遭わせてくれたのはほとんどお前だけどな、クージス」
まあそれでもこいつらが勝手にビビってリースを追い出したから、俺はリースと一緒に旅が出来たのだ。あまり陰湿に攻め続けるのもやめておこう。コイツ相手に皮肉を言っても何の解決にもならないしな。
「重ね重ねだがそれについては申し訳ない」
「それはもういい。それよりここはどこだ?」
「ああ、ここはソーラライの俺の家だ。大丈夫、お前の加護のことは誰にも見られないよう運んだ」
一瞬背筋がぞっとしたが、一応その言葉を信じよう。仮に闇の精霊の加護全開の状態の俺がこの国の領内を歩いていたら、即座に武装聖職者に囲まれて処刑台送りにされるだろう。
「あれから何日経った?」
「今日で4日だ。リースは一昨日に起きて今はもうミトラード王国の方に護送されたらしい。王も大臣もアイツをとんでもない危険物だと判断し、魔力を封印するよう超強力な炎蛇印を首に刻んで送ったらしい。あれではおそらくもう戦うことは出来ないだろう」
「……クージス、お前それが何を意味してるか分からない訳じゃないよな?」
脳裏に浮かぶのはヒト浚いに自衛の術すらなく浚われ、魔族への憎悪や悪意を叩きつけられるリースの姿だ。ミトラードだって全く安心できる国でないことは、リースと再会した日のことを思えば明らかだ。
「……俺も、知識としてない訳ではない。だが、決定したのは王や大臣、教会のトップ達だ。罪状が付いて、ソーラライとミトラードの外交問題にもなった今、俺では口を挟めるような立場にない」
「勇者ってのは弱者に強く、強者に尻尾を振る仕事なんだな」
「……」
俺の皮肉に対してクージスは返答もなく黙り込むが、俺の言葉もただ苛立ちをぶつけただけの一面的な価値観でしかない。国のトップが決めたことに、一介の冒険者が口を出すことが途方もない越権行為であることくらい理解はしている。
だがそれと、今のリースが晒されている現状はおいそれと『仕方ない』で諦めていい問題ではない。
「情報と、俺を匿ってくれたことは感謝する。でも、やっぱり俺はお前らを許すことは出来ない。さよならだ。俺はリースのところに帰る」
色々と言いたいことはある。俺が追い出されたのは実力不足だったから諦めもつくが、大義名分を持ってリースを切るためにこいつらがリースにしたということを、俺は許せない。それが例えデーモンによって仕組まれたことであったとしても、それを許せない俺が狭量なのだとしても。
「俺たちもミトラに護送されていったことは知ってるけど、それ以降のことは知らないぞ。今からすぐに追うって目星は付いてるのかよ?」
「ああ」
確証はないが、その朧げな可能性を確固たる可能にし得る力が今の俺にはある。【勇者】には出来なくても、俺になら出来る――俺にしか出来ないことが。
部屋を出て行こうとする俺に、背後からクージスが声を掛けてくる。
「じゃあまたな。多分お前が魔王討伐を志して戦い続けていれば、また会うこともあるだろ」
「いや、俺は出来ればもうお前たちに逢いたくないんだけどな。リースも怯えるし……」
クージスは良い笑顔でそう言ってくれたが、逢いたくないのは俺の――おそらくリースも――偽らざる本音だ。お前らと関わるとろくなことがない。
「……本当に面倒くさい性格してるよなアイツ。強さだけなら俺たちを束にしても敵わないくらいなのに、変にびくびくしてさ」
「……逢いたくないのはほとんどお前らのせいだけどな。それに、人間なんだから仕方ないだろ。リースが魔族みたいに力こそが全てなんて思想をしてたら、魔王なんかよりずっと多くの屍を重ねてただろうに」
「……そうだな。本当にアイツがヒト殺しを何とも思っていなかったら俺も今ここにはいないか」
そう言ってかつてリースに一党丸ごと埋められた勇者は項垂れた。
その身に宿っているのは普通の感性と、それに見合わない絶大な力だ。クージスの思う『面倒くさい性格』でなければ、おそらくリースはそのまま人類の敵になっていただろう。
「それに幾ら戦うことだけが強くたって、食べなきゃ餓えるし休まなきゃ倒れる。1人ではそれを得られないと判断したからあいつは俺やお前たちと一緒にいたんだからな」
リースは俺に生活を求めた。その対価として俺は彼女に力を求めた――つもりだった。いや、確かに短期的な視野で見たら彼女の力を求めたということは間違いではないのだが、どうしようもないくらいに、俺が彼女に求めた本当のことはその【先】だ。
「じゃあな」
簡潔な別れの言葉を述べ、闇潜りでクージスの面前を後にする。クージスが隠匿してくれたとはいえ、俺にとっては生まれながらの敵地であるこの国の往来を歩く気にはならない。鏡を見てはいないが、おそらく今の俺は闇の精霊の加護に順応しきっているから髪も目も隠し切れないくらいに真っ黒になっているだろうな。
瞬く間よりも早く、人の流れも城門も俺を阻むことなく大地に足が着いた――途端に膝にガクンと重い衝撃が来た。
「……っ。まだこんな調子か」
歯噛みする程に回復が遅い。そもそも肉体的な負傷も未だ痛々しいくらい瘡蓋を連ね、失血で死に掛けた身体はあの後から寝ていただけで栄養を摂れていない。考えてみれば寝ている間に衰弱死しなかっただけでも儲けものと取るべきか。
「リース……。多分腹を空かせてるよな……」
腕には未だにリースを横抱きに抱えた時の薄いお尻や骨ばった肩の感触が残っている。会えたら、まずは飯だな。円卓を囲んでちゃんとこれからのことを話そう。
身勝手なままに己を鍛え、身勝手なままに魔王に挑み、奴への復讐で己が生の幕を引く。この十年それだけを思って剣を振り回していた俺に、その【先】を齎してくれたのはリースだ。それが彼女の意図であれ、意図しなかった副産物であれ、俺は彼女の生活を支え、力を貸してもらう契約の中で、俺は確実に力以外でも彼女に救われていた。
「さて、行くか」
街中を抜け出すレベルとは桁が1つ違う移動距離を賄うために、俺は再度魔力を練り直す。実感する疲労感はそれほどではないが、やはり消耗した身体が術に着いてこられない。
「チッ、忌々しい」
舌打ちをしつつも、もう一度力を込める。その瞬間、突然自分を押さえつけていた蓋が外れたかのように息苦しさがなくなった。
「なんだこの感覚……?」
明らかに今、練り上げた魔力の質が変わった。確かに力は込めていたが、俺がイメージしていたよりも出力が明らかに跳ね上がったぞ。
『ぱんぱかぱーん! おめでとう。スキルの発現だよ』
なんか話しかけてきて早々にテンション高いな、精霊さま……。こっちは困惑と陰鬱で膝が挫けそうだというのに。
『貴方に【代理英雄】のスキルを授けるわ。これで貴方は名実共に神が認めた英雄よ』
「【代理……英雄】?」
精霊さまは説明もそこそこに俺のことを褒めてくれるが、このスキルはスキル関連の文献を漁った俺も見たことがないスキルだ。当然効果も分からない。
『勇者ではない。人の心を照らす力はないけど勇者の代わりに災いを断ち、ヒトを守り、仲間を守り、女の子を助ける勇者たちの影にしてもう1つの形。私は闇の精霊だから純粋な勇者のスキルを与えることは出来ない。でも今のフォン――私の勇者には最もそれに近いスキルを与えられると判断したわ』
つまりどういうこと? 勇者には近いけど勇者じゃないってことしか分からないです。
『貴方のお母様が言っていた、誰かを守る時に人は強くなれるお話のスキル的具象よ――要するに勇者の代役よ!』
簡潔な説明をありがとうございました。今の余裕のない俺にはそれくらい簡潔な説明がありがたかった。
『リースを助けるために1人で勇者のパーティーも勇者も魔王の使いも全部倒した功績を持って、貴方をイレギュラーながら世界の守護者に任じるわ。私の期待に応えて見せなさい』
精霊さまはそう言ってくれるが、俺は別に世界の守護者とか興味ないんだけどなあ。
「……俺は目当ての魔王さえ倒せたら、後は何もしたくないですけど」
『だからあくまで【代理英雄】なのよ。純正の勇者に救済出来ない時のためのバックアップが貴方。勇者に救済されない存在なんて、心当たりがあるでしょ?』
勿論ある。決して邪悪ではないのに、誰にも助けられない少女を俺は知っている。優しいのにヒトの輪には入れず、いつも無表情か、泣きそうな表情ばかりしている女の子が、ずっと俺の傍にいた。
「リース……」
『察しが良くて何より』
つまり勇者に救済されない人々と勇者に敵視されるような女の子を守るために与えられたスキルってことか。もはや実質リースを守る専用スキルじゃないか? しかもリースは本来俺より強いんだぞ?
『勿論リースちゃんだけじゃないわよ。ノトスでのあの光の精霊の加護を受けたたゆんたゆん娘やその従者、父親、あの国全体とか。これまで女の子や仲間を、身を挺して守り続けて来た行動を評価しての発現よ』
「……ありがとうございます」
『精霊は基本的に本人の努力したものを世界――神の爺に認可させることしかしない。先天性の特異スキルである『勇者』を覗けばほとんどはヒトの努力に依存しているわ。つまりそれは貴方の努力の結実ってこと』
「……俺の、努力か」
正直、あまり実感はないな。確かにリースと旅立ち直して強大な敵とは何度も相見えた。それでもそんなスキルを授けられる程の変化があっただろうか?
『疑り深いわね。こういうのは『あーげる』『ありがとう』で済ませておけばいいのよ。神の爺だって2つ返事で認めたというのに』
仮にも世界の守護者を称しておきながらその扱いでいいの!?
『仕方ないなあ……。決定的だったのはフォン、貴方の心よ。復讐に凝り固まっていた執着を捨て、この先の世界に根を下ろして見守っていこうとする貴方だからこそ、このスキルを授けたわ。巧くやりなさい』
精霊さまの言葉には、少しだけ誤りがある。復讐への執着はそれとして、俺の中にまだ燻っている。ただそれよりも欲しいものが出来ただけだ。
とはいえ、与えられたスキルがありがたいものであることには変わりない。そしてその復讐よりも欲しいモノの、最初のピースを取り返しに行こう。
見上げた先には欠けた月が夜空に陣取り、頼りなげな光を落としていた。
この夜の中にリースが居る。どうせあいつのことだから今頃沈んだ顔をしているか、泣いているかのどちらかだろう。たったの数日のことだというのに、随分と長いことあいつの顔をちゃんと見られていない気がする。
「やっぱり俺もかなりあいつに気触れてるよな……」
『うんうん、私好みに重い想いね』
すかさず人の心情に突っ込みを入れてくる精霊さまの存在が、今は少し疎ましい。少し落ち着いて考えさせて欲しいんだけど。
「精霊様今はちょっと離れててくださってよかったんですけど」
『なあに? ちょっと意中のあの子の妄想するので忙しいから離れてろってこと?』
「そこまでは言ってねえよ!?」
『そこまでってことは考えてるのは結局似たようなことじゃない。それにしてもリースの不機嫌面だけは妄想の中でもほぼ完ぺきに再現されているのね』
「はは……。見慣れちゃってるんで」
目に焼き付くほどに見て来たリースのほとんど変わらない表情。その中で小さく喜ぶ姿や、しょうもないことにかなり本気で腹を立てる表情ばかりが鮮やかに心に焼き付いている。……胸の奥が疼く。あいつに逢いたいと心が叫ぶ。
『この夜の中にいる限り、全てが貴方の領域よ。さあ、行きましょう』
「……リース」
リースのことを思うと、叱りつけてやりたいような、今すぐに抱きしめたいような複雑な感情が渦を巻く。それらは全て俺の想いだ。闇の精霊さまはきっとこんな風にあいつのことを考えて感情が処理し切れていない俺を笑うだろう。
「逢えば分かることか。今行くからな」
リースのことを思い浮かべながら影を踏み影に手を伸ばす。真っ暗で自分の手足さえ認識出来ない濃密な闇の中へ飛び込む。極端に魔力を隠匿しているのか具体的な場所は分からないが、これだけリースのことを考えているんだ。きっと近くまで行けるだろう。
静謐な闇の向こうに、ミトラードの町が見えた。
☆☆
当直スタッフと緊急の依頼に対応するためにギルドに寝泊まりしていたパーティーが2組、それらと距離を取るように“彼女”は座っていた。
小さな背丈と人目を避けるように深く被られた三角帽子、下に鎖帷子すら着こんでいないせいで嫌でも強調される頼りなげな細い身体。帽子で隠していても一房背に流れ落ちた艶やかな長い黒髪と微かに覗く深い憂いを湛えた黒い眼。リースは只1人、行き場もなさそうにギルドの隅に佇んでいた。
「なんで泣いてるんですか? パーティーから追い出されたりしたんですか?」
勿論、そんな事実はない。彼女は俺にとって何者にも代え難い存在だ。
「……それは、貴方には関係ありません」
そしてリースはやっぱり頑なだな。本当に、不器用だ。
「よろしければ、俺と一緒に魔王を討伐してくれませんか?」
おそらくだが、精霊さまの話を聴く限り、スキルさえ発動している状況にあるなら今の俺が単身で乗り込んだとしても魔王の一柱くらい打倒出来るだろう。だが、それでは今の俺の望みは叶わない。俺の願いは大事な相棒なしには叶えられないからだ。
「……私は、もう戦えない身体なので、他を当たった方がいいと思います」
「その辺のことは全て勇者に聴いたよ」
尤も、アイツは俺の今の2つ名のことを知らないみたいだったけどさ。
そしてリースもリースで俺がクージスと組めば魔王なんて楽に倒せると思っている見たいだが、答えはNOだ。そもそも俺はアイツが嫌いだしな。元から好きではなかったが、リースの一件で更に嫌いになった。
「俺がパーティーを組むなら、アイツよりももっといい人と組みたくてな」
少なくとも力だけを信奉する奴と、俺は一緒にいきたくない。
「……私で、いいの?」
「愚問だな」
そもそも、リースでなければ駄目だ。
「……もう、フォンの方が強いし、ルドみたいに女の子らしい魅力もないし、家事も何も出来ないし、フォンも知っている通りの性格だよ……?」
全部知ってるよ。でも、そんなもの何の障害にもなりはしない。
「強さだけじゃないよ。もっとリースにはいいところがいっぱいある。優しいところや笑うと可愛いところ、一緒にいると心が安らぐところ、復讐以外何も指針のなかった俺に生きる道導をくれたこと――強さなんてあってもなくても、俺はお前と一緒にいきたいんだよ」
「……本当に、それでいいの?」
本当に愚問が好きだな。リースは。そもそもこんな俺と一緒に来てくれるような物好きが他にいる訳ないだろ?
「魔王を倒して、幸せに暮らせるようになるまで、一緒に来てくれないか」
戦って、戦って、それで人生が終わる訳ではない。リースが俺に生活を求め、俺は彼女に人生を求めた。復讐の袋小路で完結しない人生を。
「…………うん。私も行きたいです」
「それならほら、乾杯だ」
そう言いつつ道すがらで買っておいたお茶を渡す。喉がカラカラの状態でもやっぱりミトラの水は不味かったからな。ギルドの飯屋もやっていない以上、今はこれくらいで妥協してもらおう。
「「……」」
言葉もなく杯を打ち合わせる。それだけで十分伝わる。これでパーティーの契約は出来た。
後やらなくてはならないことは――
「リース、その首の印、壊した方がいいか?」
リースの首筋に赤々とその姿を残す特大の炎蛇印。ソーラライの術師を贅沢に使ったという面倒くさい一品が問題だ。
「……うん。契約云々は置いておいても、やっぱり私はフォンの力になりたい」
「了承した」
「……それで、どうやって外すの?」
「契約術のやり方をそのまま踏襲するらしい。俺も文献見ただけだから完璧に出来るかどうかは分からないけど」
「……契約術って、もしかして」
うん。リースの今考えていることで間違いないな。頬や耳まで真っ赤にして頭の中でずっと同じ単語を繰り返しているみたいだ。ちゅうって言うとなんか可愛らしいが、実際のところ印に直接経粘膜で魔力を送り込んで力ずくで引き剥がすだけだ。
「さて、やるか」
気力は十分。魔力も発現したスキルのおかげか身体の消耗とは無縁のように漲っている。契約の触媒は幾つかあるが、この世界において未だ経粘膜以上の効率を持つ触媒はない。そして今の俺の魔力。これが揃えば只人を束ねて凡庸な触媒で刻んだ契約術など大した問題になりはしない。
炎に対して相性の良い水の魔力と闇属性の魔力を並行して練り上げ、舌を噛んで流した血にそれらを混ぜ合わせる。さあ、ことで準備万端だ。
「……え? 本当に? ちょっと待って、せめて人のいないところで……」
「みんな寝てるから平気だって」
「……ま、まおうは逃げないけどこれはちょっと……!
「いいから、ちょっと静かにしてろ」
どのみち自衛力すらない状態ではリースだって外を歩くことすら怖いだろう。
リースの白い首筋にそっと唇を触れさせ、魔力を送り込む。ゆっくりだが確実に魔力を送り込んで俺の相棒を縛る迷惑な術を破壊していく。こそばゆいのか少しだけ身を固く震わせるリースの反応が面白くて、ペロっとしてみたら頭をはたかれた。
どれくらい経ったか、おそらく完璧にやり終えリースの首にうっすらと黒い痕が残るだけになった頃、顔を離すとリースが真っ赤な顔でこっちを見ていた。
「……はずかしかった。せきにんとって」
「ああ、これから幾らでも取るさ」
なんせこれからずっとパーティーなんだ。幾らでも責任を取る機会なんてあるさ。
さて、これからどうするかと思っていたら、唐突にギルドの一角から罵声が飛んできた。
「さっきから見てればいちゃいちゃしやがって! 出ていけや!」
「俺たち男しかいないパーティーへの嫌がらせか! 弾け飛べや!」
どうやら緊急クエストの待機組を起こしてしまったらしいな。これは申し訳ないことをした。起きた人の怒声でまた別の人が起きる悪循環になり掛けている以上、これは引くが正解か。
リースを横抱きに抱えて、影外殻を脚に掛けてギルドの出口まで疾走する。
「受付さん! ちょっと魔王倒して来るんで、もしも勇者の一団が来たら他所に行くように言ってください!」
リースを抱えて走り出しながらも、一応勇者と標的がWブッキングする事態は避けるよう布石を打っておく。なんせクージス以外にもまだ勇者は6人もいる訳だしな。
ただ――
「……今、受付嬢さんに笑った」
――それだけのやり取りも、うちの魔王さまにはお気に召さなかったらしい。頬をぷくーっと膨らませて、すごく露骨な不機嫌アピールをしてくる。なにこのかわいい生き物。
月の見えない満天の星空の下、俺たちは歩き出す。勇者パーティーを追い出された俺は勇者パーティーを追い出された魔女を連れて今この時より旅立ち直す。
これは日陰者と日陰者の道中記であり冒険譚。世界に居場所のなかった2人が自分の居場所を見つける物語である。
<了>
完結です。お付き合いいただいた方々ありがとうございました。
2人の冒険は続きますが、勇者と魔王が手を組んだに匹敵するレベルの戦力なので後は消化試合です。




