エピローグ① Finding my life in……
……何度見ても思うが、何故王侯というのは誰もかれも話が長いのだろうか。あの勇者について色々な国の王から依頼を受けたこともあったが、彼らの話が愉快だった試しはない。今だってそうだ。
「リース――かつての勇者の仲間よ。今回の一件については勇者の不手際ということで、領内における傷害行為に関しては不問と致そう」
ソーラライの王は重々しくそう言ったが、元はと言えば勇者と結託してこちらを的に掛けて追い回してきたそちらの都合ではないか。何で自分たちがただの被害者のような口ぶりなんだろう。
「……どの口でそんなこと」
「何か、申し開きがあるか?」
王の傍に立つずる賢いキツネを思わせる大臣が、明らかにイラっとした口ぶりでそう言ってくる。居並ぶ衛兵も揃って槍穂をギラつかせてこっちを見ているし、最悪暴力で事態を揉み消すつもりらしい。
「……ない」
ここで何か口にしても無駄か。国是として闇の精霊に与する者を片っ端から捕えて殲滅してきたこの国で、王前に引き立てられて生きていられるだけまだ幸運か――幸運なのかな、これは……?
少なくとも今『私』は最悪な気分だ。まともに力さえ使えればここに居並ぶ連中ごとき、瞬きするよりも早く覚めない悪夢に叩き落せるだろう。だがそれが出来ない――出来ない状態にされてしまった。
「それなら結構。ただしやはり危険物にはそれなりの枷が必要だということがはっきり分かったよ『常闇の魔女』さん。教会所属の光の術者120人を投入し光術で縛ったにも関わらず、君はその術者のほとんどを再起不能寸前のところまで追いつめた。覚えていないかもしれないけどね」
「……大丈夫、そこまで記憶は飛んでない」
処刑台に縛り付けられてなお、一切の手を抜かない光術による闇術封じで打つ手がなくなっていたのは事実だ。少なくともあの角の生えた青年が何か飲ませて来るまでは、小規模な闇術1つとして発動することが出来ないくらいにはガチガチに縛り付けられていた。
「勇者たちから『不穏分子を排除するはずが全滅の憂き目にあった』と報告を受けた時は勇者が大げさなことを言っているのかと思ったが、まさかあれほどとは思わなかったよ。伝説にある大魔王のようだった」
「……そんな大した存在ではない」
「大した存在だよ。あわや君1人のために軍備の大規模な再編を要するところだった」
ソーラライの戦力は実際そこまで多くはないってフォンが前に言ってたっけ。光の精霊の加護を受けている人しか武器を握らない、異色の国家だって。選民思想がどうとか言ってたような。
「だから先ほど王からも説明があった通り、君の首に枷を付けさせてもらったよ」
そう言いながら大臣は小さな手鏡を取り出して私の顔を映してくる。首元には黒々とした蛇を象った刻印が首輪のように付けられていた。
「炎蛇の印による契約術だ。この印は君が魔力を練ろうとすると、それに反応して熱を持つように術式を組み立ててある。首が落ちるような地獄の責め苦を味わいたくないなら、せいぜい静かに余生を過ごすことだ」
大臣は何かに怯えるように指先を震わせながら鏡をしまった――いや、怯えられているのは私か。自業自得とはいえ、無害であることを押し付けられてこの仕打ち。これだからヒトは嫌いだ。
「……そんなことをされたら、私は役目を果たせない」
「悪いとは思っている。ただ君が魔王さながらの力で街を破壊したことも理解して欲しい。本来その物損と大量傷害だけでも再度断頭台に歩いて行ってもらうべき案件だ」
そんなの、最初に言いがかりで私を攻撃してきた人が悪いのに、結局多数決の暴力でまた言葉を呑み込まざるを得ない。この世界はこんなことばっかりだ。私は一体あとどれだけ奪われるのだろう。
戻って来た母の形見も、術に縛り上げられ魔力を使えないのでは何にもならない。力を奪われ、居場所を奪われ、生殺与奪の権利も奪われたも同然だ。
もう話すこともない。食い下がったところで、この人達に話が通じることはないだろう。
「……みんな死ねばいいのに」
ただ一言、隠しきれなくなった恨みだけを吐き捨てて、王前を辞する。城外には、私をミトラードの王城まで送還するための地竜車が待っていた。
やっと長い王の小言が終わったと思ったのに、また着いたら長い王の小言かと思うと気分は悪くなる一方だ。
☆☆
ミトラへの馬車の中、荷物を検めてみても気分は更に凹む一方だった。
「……ギアススクロール焼けちゃった」
目が覚めた時肌身離さないよう水術と土術で防水し体積を減らした状態で、口の中に仕込んでいた契約魔法のスクロールは、強烈な光術を受けた影響か灰になっていた。これでフォンとの契約はご破算になってしまった。
更に悪いことに、再契約を迫ろうにも、今のフォンはおそらく魔王撃破を1人で成しえるだけの強さに至っているし、その一方で今の私には差し出せるようなものが何もなかった。
「魔王を打倒する力もなくて、陰気で、胸も包容力もなくて、いつもイライラして、彼が他の女の子に笑顔を見せることすら嫌がるようなのが、相手にされるわけないのにね……」
こんな時でさえ空想してしまうのは、その果たされようのない悲しい妄想をも暗い感情の触媒にする闇の加護持ちの特性か。私を抱き抱えてくれた彼の最後の優しい横顔を、意識が闇に落ちる直前の唇のアップを思い出して、無性に悲しくなった。
どれだけ後悔して、どれだけ焦がれて、地獄の火の中をのたうち回るほどに想っても、彼はもういないのだ。
「フォン……」
120人分の強烈な光術を受けた反動で加護が弱くなっているのか、こんなにも沈んだ気分なのに闇の精霊は何も言ってくれない。なんかあるとわーわー言って振り回してくれるくせに、話したい時に限って傍にいない、最低の隣人だ……。
「……フォン」
呟きはただ虚しく虚空に呑まれる。
ミトラードについた後、王に事情を説明し、大臣と王がソーラライの国王からの書面を検めた後、私は王の前から退室させられた。一体術者何人掛かりで刻まれたのか分からない炎蛇印で術を封じられた術師が、再び彼に呼ばれることはもうないだろう。
☆☆
王城を出ると、そこはまるで知らない街だった。いつも私の目の前を歩いていた背中がない。知らない世界に1人落とされたような異物感。
「……これからどうしよう」
路銀の管理はフォンに任せきりだった。今懐にある銀貨ではせいぜい1食分? そもそもいつも会計とかそんなことはフォンがやってくれていた。私がヒトの面前に出るとトラブルの元になるから。
いずれにしてもヒトの世界で働き口を見つけるか、ヒトの世界から逃げるかしか選択肢はない。今日中に決めなければ行き倒れ決定だろう。
「……ふぉ――」
自分だけではどうしていいか分からない状況に、頼りにしていた相棒に問いかけようとして自分が1人になったことを強く自覚する。人目を避けて入った路地に、只つぶやきとため息が転がった。
そもそも今の私に何が出来るだろう? 王城を出て間もなく、風の箒を使おうと魔力を練っただけで、首筋が焼けるほどに痛んだ。しかも箒はそれでもまだ呼応して真の姿にはなっていなかった以上、今の私では精霊の宝具ですら武器にはならない。もっと言えば私は剣を握ったことすらない。作る術も、商う術も知らず、戦うことすら出来なくなった。何なら出来るんだろう。
「……嫌だな」
ありったけの頭を絞って考えても、残った選択肢は母の形見を売りに出すことと、勇者がたまに行っていた『しょーかん(?)』ってところに奉公に行くくらいだ。前者は嫌だが、後者も嫌だ。あの勇者の話していた断片的な知識しかないが、『そーゆーこと』をするなら『彼』以外とはしたくない。
「……結局、こうするしかない」
色々なことを思い浮かべては否定し、結局足は冒険者のギルドに向いてしまった。途中、2人組のよく分からないヒトが後ろからつけてきていることは感知出来たし、もう頼るとしたらここしかない。ただし、掲示板に貼られた依頼は全て今の私には完遂のしようがないものばかりだ。身体能力から言っても、今の私ではゴブリン1匹にすら勝つことは出来ないだろう。それでも、ここ以外に行くところはない。ただ自分にも出来るような依頼が来るのを待つことしか出来ない。
☆☆
時間はただ無情に流れ続ける。夕方になると朝から依頼に出ていた冒険者たちが帰ってきて、ギルドの中は料理と酒の匂いに満たされる。それでも何かが欠けたように私はお腹が空かない。食べなきゃダメって闇の精霊にも言われたけど、今彼女はいないし、お腹も空いてないならしょうがないよね……?
その後も人が依頼から帰ってきては、それぞれのねぐらに帰っていく。私はまだ帰ってきて1日目。住居の手配も終わっておらずギルドの建物の一角の、椅子に座ってうつらうつらしていた。というか、家の手配なんてどうしたらいいんだろうか……? この先私はどうやって生きるんだろう。
「……さむい」
窓から吹き込む隙間風のせいか、あるいはもっと別の影響か。おそらくこの寒さは後者か。
……夜間でも緊急の依頼が入ることはあるため、ギルドの建物は夜通し開放されていて、受付嬢さんも当直制らしい。私の他にもいつでも出られるよう武器を携えた屈強な方々も建物の隅の方で椅子に横になって眠っていた。
「火球」
首の痛みに耐えながら焔のアミュレットを触媒に極々小さな炎を生み出し、手元を照らす。今の私に使えるめいっぱいの術が、この程度か。
ギルド内は受付カウンターの1つ以外明かりは全て落ちていて真っ暗だったが、これくらいは許されるだろうか?
とりあえず学院から持ってきた魔術書に目を通してみるが、初歩の初歩に位置する魔法の体系くらい、私の頭には全て入っている。基本術のおさらいももはや私には意味がないのに、肝心な大技は炎蛇印で何も出来ない。攻めることも守ることも癒すことも出来ない、完全な役立たずの出来上がりだった。
『もし今何かを望むことが許されるなら、貴女は何を望む?』
遥かに遠くから話しかけて来る声。その声に導かれるままに想起する。やっぱり真っ先に浮かんでくるのはアッシュグレーの髪に吸い込まれそうな灰色の瞳、ちょっとツンデレが入っててお願いごとに弱い彼の横顔だった。
駄目だ。思い出すな。涙が出てしまう――そう思っても思うほどに、ポロポロと零れ出してくる。きっと本調子ならこの涙を触媒にどれだけ堅牢な城壁だって切り裂くことも出来るだろうほどに、涙が止まらない。それに魔力などなく、ただ机の上に広がり惨めな染みを残すだけだった。
「なんで泣いてるんですか? パーティーから追い出されたりしたんですか?」
後ろから話し掛けてくる誰か――気配すら感じなかった程の手練れ。そして、今一番聴きたかった声の主だ。
「……それは、貴方には関係ありません」
そうだ。関係ないことだ。
そして忘れてしまわなければならないことだ。
そうしなければ、私は壊れてしまう。
それでも、この想いに留め方なんてものはあるんだろうか。
「よろしければ、俺と一緒に魔王を討伐してくれませんか?」
「……私は、もう戦えない身体なので、他を当たった方がいいと思います」
方法なんてなくても、只抑圧しなきゃいけない。ただそう伝え、舌を噛みしめて耐える。もう私は彼に何もあげられない――ギブアンドテイクが成り立たないのだ。
「その辺のことは全て勇者に聴いたよ」
感情を伺わせない声で『彼』はそう言った。それならば、彼が私なんかを探す道理はないはずだ。今の彼なら、勇者とだって肩を並べて戦うことが出来る。きっとあの2人で組めば、魔王だって討伐出来るだろう。
「俺がパーティーを組むなら、アイツよりももっといい人と組みたくてな」
……もしかして、思考を掠め取られた? どうやら『彼』の力量は相当な物になったらしい。きっと、私が全力を出せたとしても、拮抗しそうなくらいには。
「……私で、いいの?」
「愚問だな」
何が愚問なんだろう。私が力を失っていることが分かっているというのなら、はっきり言って彼の申し出は、テイクとギブのバランスが崩壊している。まともな考えとは思えない。
「……もう、フォンの方が強いし、ルドみたいに女の子らしい魅力もないし、家事も何も出来ないし、フォンも知っている通りの性格だよ……?」
自虐的だろうか。それでも私に出来ることなんて何もない。ただ力だけが全てで、暴力と引き換えに糧食を得ていたのが私の人生の全てだったと思う。そして今その力すら失って、私には正真正銘何も残っていない。
「強さだけじゃないよ。もっとリースにはいいところがいっぱいある。優しいところや笑うと可愛いところ、一緒にいると心が安らぐところ、復讐以外何も指針のなかった俺に生きる道しるべをくれたこと――強さなんてあってもなくても、俺はお前と一緒にいきたいんだよ」
「……本当に、それでいいの?」
呈した疑問符の答えは、言葉ではなく行動で示された。
腕を引かれ、軽々と抱き抱えられる。こんなタイミング、こんな自己嫌悪に陥った時、普通なら身を固めて全身で拒絶するところだが、その腕の感触に思いもしなかったほどに安堵する。ギュッと瞑っていた目を見開いた先で、私の運命が笑っていた。
「魔王を倒して、幸せに暮らせるようになるまで、一緒に来てくれないか」
ずっと強さだけが生きる支えだった私が見つけた、私の運命。
次回:最終回!




