+1 After story:one day in the home
一度完結枠に移して申し訳ありませんでした。
蛇足かもしれませんが、読み返してみて「これを書かなければフォンの物語が半端になってしまう」と思ったので+1という形で載せさせていただこうと思います。
どうか最後まで楽しんでいただければ幸いです。
――カコン――カコンと。
薄く雲を散らした寒空に薪割りの音が吸い込まれていく。辺りからは只風に揺れた葉が擦れる音だけが流れていた。最大限感知可能な範囲にヒトも魔族もいない、そんな安心感を伴った静寂がただ心地よい。
とはいえ浸っている訳にはいかないな。まだ今日の仕事は終わっていない。
「さて、と――」
小さく息を吐き、薪を割るための斧――手斧を握る手に力を込める。すっかりこの手斧も手に馴染んだな。そう実感させられるが、決して不愉快な感覚ではない。
もう少ししたら冬が来る。冬本番までに薪の蓄えと、食料の蓄えをしておかなければならないからな。今日もこれから畑仕事と、畑を荒らしに来るジャイアントボアの狩りだけはしておかないといけないだろう。
ただ日々糧食を得るために働き、実りを食らう。大変ではあるが、嫌いではない――いや、これが俺の望んだ物だ。
After story:one day in the home
リースと共に旅立ち直してあれから1年ほどの後、俺とリースはデーモンたちを束ねる王――魔王の一柱の居城を見つけ、奴らに戦いを挑んだ。
アークデーモンを何体も同時に使役し、数限りないほどのデーモンを生み出し続ける悪魔の王は確かに強かった。それはもう死力を尽くすだけの相手だった。腕の一振りで石造りの壁を破壊し、生身であれば一撃で心臓を抉り取られたであろう角の攻撃の破壊力は、その前に戦った勇者の一撃を確実に凌駕していた。それだけの身体能力を持ちながら、リースが使った『闇の衣』も使う物だからこちらの攻撃の通りも悪く、戦闘は3日も続く程に長引いた。それだけ厄介な相手であったことは否定出来ない。
最終的にはリースが魔王のデーモンたちを生むペースを上回る広域殲滅を披露し、僕を生み出し続ける奴をジリ貧に追い込んだ上で、俺が全力の闇外殻を掛けて奴が死ぬまで切り刻み続けての勝利だった。結果的にはリースに多大な力を借りる形にはなったが、俺は幼い日の誓いに基づき、悪魔の王を討伐し、奴の腹を切り裂いた。
結局のところ、俺が復讐を完遂させても、何かが変わったのかは分からず仕舞いだった。奴に喰われたあの日の俺の魂も、リィズの魂の行方も、俺には何も感じられなかった。取り返しに行けるなんてことが単なるおとぎ話なのか、月日が経ち過ぎたのか、はたまた望んだ通りになったことを俺自身が知覚出来ていないのか、それも分からないままだ。
「っと、薪はとりあえずこんなもんにしておくか」
あの日のことを思い出しながら延々薪割りをしていたが、輪切りにしておいた原木がちょうど尽きたし、今日はこの辺でいいか。薪割りだけをしていればいいわけじゃないしな。
一先ず薪棚に割った薪を収め、荷車を引いて畑を見に行く。一応半生を過ごした場所だ。身体はその道程を覚えている。
「そろそろ薬草もいい感じになったかな」
畑に生った野菜や薬草の数々に目を通して必要な物は収穫していく。冒険者になる前はずっとやっていたことだ。スキルの助けもあるがもうすっかり板についたといってもいいだろう。
「いい感じで育ってるな。リースのためにもちゃんと大きくなってくれよ」
そう野菜たちに話しかけつつ適当なサイズに育った物から今日食べる分の収穫を進めて行く。この分なら明日のギルドへの納品は問題ないだろう。一応万が一のことが起きた時のためにA級冒険者としての籍は残してあるが、それと【農家】としての信用はまた別の問題だ。その道における俺はまだまだ参入して一巡りの季節も待たない若輩者でしかない。
「街に出るついでに、リースの服も買ってやらないとな……」
十分に熟れた果実を1つ捥ぎ、籠に放り込む。これは家で1人待っているリースのために。最近のリースは全身を酷使する程の大規模な術を行使する機会がないことで、少しだけ頬に丸みを帯びて来た。喜ばしいことだ。
魔王を討伐した直後は俺もリースも2人揃って付近の魔物を手当たり次第に襲って栄養補給をしなければ死にそうな有様だったが、それを思えば今の生活は大分穏やかだ。
もう1つ、形の良い果実を選んで捥ぎ取り籠に入れる。こっちはギルドへの納品用だ。今収穫しておけば、明日ギルドの出店で調理される頃には最適の熟成具合になるだろう。
またこうして畑を耕し、大地の実りに感謝し、収穫に喜びを感じるということも、旅の空で長らく忘れていたことだ。
「さて、後は」
野菜と果実の詰まった加護を荷車の上置き、代わりに布を巻き置かれた棒――槍を取り上げる。
『今日もそれ使うの?』
夕闇の迫る冷えた風と共に耳元に少しダルそうな声が聞こえてくる。ヒトのそれではない。これでも本来常人には生涯聴くことがないだろう精霊さまの有難い宣託だ。
「ええ、勿論」
応える俺の手には一振りの槍が握られている。ノトスの街で買って来たどこにでもあるような鋳造のショートスピアは、今や薪割りの手斧と同じくらい俺の手にしっかり馴染んでいた。
『たまには使ってくれないと私もグレちゃうぞ』
「そうは言っても、精霊さまから借り受けた神器でジャイアントボアなんか討伐していたらバチが当たりますよ」
『私が良いって言うからいいの。使われないのはさみしいじゃない』
精霊さまから借り受けた槍が自宅に飾られてかなり経つか。そもそも魔王との決戦で振るったのが最後だしな。いつかまた使わざるを得ない日は来るかもしれないが、今の俺もリースも、そんな日が来ることを望んではいない。
それにしても、使ってもらえるなら相手は選ばないのかよ。精霊さまもかなり適当だな。
「俺を凌ぐ使い手が精霊さまの力を渇望した時には、問答無用で俺からあの槍を取り上げてください」
精霊さまも分かっているだろうが、一応伝えておく。あの槍だってあの時の俺に必要だったから、精霊さまが下賜してくださったものだ。借り物であって、俺の私物ではない。
『んー? 取り上げるよりも先に貴方を現地にパシらせるわよ? 貴方のスキル、忘れてないよね?』
「……勿論です」
それを言われると俺は弱い。与えられた【代理英雄】のスキルは確かに勇者の代理として魔王を討伐するに十分すぎるほどの助けをしてくれた。それには勿論感謝してもしきれないくらいだ。
ただし代償として勇者に解決不可能な事象が生じ、精霊さまが本気で俺に要請した時にはスキルによる強制力で逆らえないという弱点もあるらしい。この世界に根差す精霊という存在との直接契約というのはそれだけの意味を持っている――らしい。実際に駆り出されたことがないから分からないけど。
俺が呼ばれていないのはそれだけ勇者たちが余計なことをせずに頑張っているからだろう。そのまま光の精霊さまの馬車馬になって頑張ってくれ勇者たち。
『末永く、幸せになりなさい。健やかなる時も、病める時も、片時も離れたくないと思うほどに互いを想い、その執着を愛に昇華させなさい。その甘美な心の揺らめきが私への最高の捧げものになるんだから』
「……精霊さま、相変わらずですね」
『なに? 幸せになりたくないの?』
「いや、そう言うわけでは……」
『だったらさっさとイノシシの1匹2匹狩って、家に帰りなさい。リースちゃんが待ってるでしょ?』
なんというか、話の通じる眷属が俺とリースしかいないってことがはっきりしてから、精霊さまは更に過干渉になったな。とはいえ、発言自体はこちらも望むところだ。
「ええ、こっちもそう思ってたところですから」
畑に近付いて来る大猪が一匹。一応獣害や盗賊対策に網を撒いたりしてはあるが、そんなもの間抜けな夜盗くらいにしか効きはしない。だが俺とて目の前でリースと俺の畑の物を易々喰わせてやるつもりもない。
ショートスピアを握る右手に力を込める。精霊さまに貰った【農家】のスキルが発動し、更に力の籠った全力の投げ槍は、大猪に反応する間すら与えずにその牙ごと頭を砕き、絶命させた。
野菜と果実と、そして肉付きの良い魔物が一匹を荷台に乗せたまま、俺は帰路を急いだ。薪割りで思ったより時間が掛かったか、道は夕暮れ過ぎ、闇が迫ってきていた。まあ暗いなら暗いで、俺にとっては術の負担が軽くなって荷運びが楽になるだけだが。
そんなことを考えているうちに、結局無詠唱無意識下で発動する程度の術で帰宅出来てしまった。まあいいか。無駄な労力を使わずに済んだわけだし。
木々を組み合わせて作られた、よく言えば簡素――悪く言うなら粗末な家だが、【建築】のスキルもない俺とリースが何の資料にも頼らず作ったんだ。今も日々手直しを加えているとはいえ、風雨を凌いで生活できるだけ大したものだろう。
扉の前に立ち、ノックする。
「ただいま、リース」
お留守番しているリースに呼び掛ける。少し中からパタパタと音がした後、玄関の扉が開き、リースがひょっこりと顔を出した。健康的に色づいた桃色の頬に艶やかに濡れた真っ黒な瞳が、俺をお出迎えしてくれた。
「おかえりフォン」
「ああ、ただいま。リース」
リースが口にする「おかえり」の言葉が、何よりも豊かに俺の心を満たしてくれる。戦う意義を与えられ、戦場以外に居場所のなかったリースと、復讐だけを導にしていた俺の生きる場所。生活のある家だ。
「ご飯出来てるけど、食べる?」
「ああ、頼むよ」
竈に掛けられた鍋にはおそらく残っていた野菜と干し肉を使っただろうスープが並々としていた。リースの奴ちゃんと休んでおけって言ったのに、水汲みに行ったな。ご飯はいただくけど、それはそれとして後で少し叱ってやろう――いつもそんなことを思っていても一口食べたら忘れてしまうが、今日の今日こそは言ってやろう――ただし食べた後でな。
「はい、どうぞ」
「いただきます」
給仕されたスープを一匙掬って、口に含む。自家製の野菜の甘味と塩漬けにしておいた肉から出る塩気が混じりあい、決して華やかさはないが素朴ながらもいい味に仕上がっている。旅を終え、ノトスの北方に流れついて季節が一巡りする頃、一番変化したのはこれだろうな。
「うん。美味い!」
思わず感想も力が籠るが、リースはそれを見てにこりと柔和に笑っていた。
そもそもリースに生活力がなかったのは、誰もリースに親身になってそれを教える人がいなかったからだ。俺だって渡り鳥のように国々を渡って冒険者をやっている頃にはリースにそんなことを伝授する暇がなかった。俺自身が勇者についていくことに精一杯で、そんなことをする余裕がなかったのだ。
「リース。今日の飯も美味かったし、感謝してるけど、ちゃんと休める時は休めよ?」
「大丈夫。動いて平気な時しかやらないから」
「それならいいけど……」
今の俺とリースの術師としての力量は同じくらい――お互い明らかな油断がなければ術で思考を浚ったりは出来ないが、リースは中々俺に弱いところを見せてはくれない。結局はリースの笑顔と言葉を信じることしか出来ないもどかしさはあるが、彼女の頭の中すら全て浚ってその意に沿ってあげたいというのはそれこそ俺の傲慢か。こんなことを考えていたら、きっと精霊さまが(顔は見えないけど)ニヤニヤするだろう。
「フォンが今の生活と……。その……。わたしのことを大事にしてくれてるのはわかってるけど、わたしもフォンのことが大事だし、この生活が好きだから。出来ることはやらして?」
「……それは、分かってる」
彼女のために全部してあげたいというのは、やっぱり俺の傲慢だな。こうしてリースが真っ向からコミュニケーションを取って来るようになって、嬉しいやら気恥ずかしいやら……。どちらかと言えば前者の方が大きいか。
「……明日ギルドに野菜の納品に行くけど、帰りに塩と何か買って来るものはあるか?」
「うーん。私は今特になにもいらないかなあ?」
「じゃあ服買って来るぞ。服。そろそろ普通のローブじゃお腹がキツいだろ?」
「えへへ。分かっちゃう?」
そうはにかんだような笑顔を見せ、リースはお腹に手を当てた。俺もその手に自分の手を重ねる。小鳥のように温かく、小さな鼓動。ただ愛おしいと思える存在。復讐と虚無の終わりを望んでいた俺が、リースにみせられた【先】にあった大切な物だ。
「毎日見てるんだ。気付かない訳がないだろ。一番可愛いのを買ってきてやる」
「むぅ……。フォンしか見る人はいないからいいけど……」
俺から視線を下に逸らして少し朱の差した頬を膨らませながら首肯するリースを見つつ、俺は内心で勝鬨を挙げた。俺の嫁最高! ガラじゃねえって? そんなこと今のリースの可愛さの前では些末なことだ。闇の精霊さま? 笑いに来たいならドンとこいよ!
「ありがとう、リース」
万感の想いと、明日の帰宅後のリースの反応を予想した少しの下心を交えて、そう伝える。
ヒトと距離を取り、魔族に与せず、この世界の片隅でこうして俺たちは一緒に生きて行く。
勇者に追放されても魔王討伐を諦められなかった俺は、魔王少女を連れて旅立ちし直すことにしました!<完>
これにて完全完結です。お付き合いいただきありがとうございました。
また別の作品でお会いできるのを心待ちにしております。




